第一話 哀れなテロリズム

「てめぇら!! 動くんじゃねぇぞ!!」


 覆面を被った男が天井に向け、散弾を放つ。

 ここは、どこにでもあるスーパー。

 そこをテロリスト三人が占拠し、買い物に来ていた客を人質に取っている。

 テロリストはただ身代金を要求するだけでなく、警察に身柄を拘束された仲間一人と『初原ういはら有人あると』という人物も一緒に連れていくように指示を出していた。

 人質は手を拘束させられた上で一か所に座らされている。


「パパ……怖いよぉ…………!」


 幼い少女が小声で、涙目を浮かべながら父親に縋る。


「大丈夫。もうすぐ助けが来るから――――」



「――依頼主は、あなたですね」



「!?」


 男の声に父親が驚く。

 すぐ隣に、腕を組んで座っている大我の姿があった。


「も、もしやあなたが――!?」

「おいそこ!!」


 話し声に気づいたテロリストの一人が、大我たちの方に散弾銃を向ける。


「誰が喋っていいと――おい貴様、何で拘束されてねぇんだ?」


 テロリストの男が、大我の異様さに警戒を始める。

 それに合わせて、他のテロリストも大我に銃を向ける。


「……俺の相棒に、用があるのか?」


 大我は恐れを抱くことなく、立ち上がる――




 ――ドンッ!!!




 同時に、鈍い銃声が店内に響き渡る。


「きゃあああああああああああああああああああああああああああ!!」


 人質の悲鳴も湧き上がってきた。


 ――大我が撃たれたからだ。


 彼の胴体に無数の穴が開き、そこから血が流れ出ている。


「…………」


 大我は無言だった。

 死んだわけでもなければ、激痛に悶絶の言葉が出てこないからでもない。

 何も感じていないからだ。彼は痛みを感じておらず、平然と立っていた。

 それを見た人質は恐怖から困惑へと変わり、ざわざわし始める。

 テロリストの一人が再び天井に向かって銃を撃ち、人質を黙らせるも、その顔は焦りを見せていた。


「き、貴様!! 【ヌスター】か!?」

「……確かにそうだが、これが能力――というわけではない」


 【ヌスター】

 簡単に言えば、超能力者のことである。

 十年前、人間が超能力に目覚め始めた。その原因は未だわかっておらず、国は調査を進めているとのこと。

 超能力単体の呼称は【ヌス】である。


「ところで、オレの相棒に用があると聞いているが、何だ? あいつの代わりにオレが聞こう」

「……貴様、まさか紗桐大我か?」

「あぁ、その通りだが」


 大我がすんなりと認めると、テロリストだけでなく、人質たちも驚愕し息を呑む。


「大我って……?」

「知らないのかよ……かつてこの街を救った英雄の一人って言われてんだぞ……」


 他のテロリスト二人が、弱気にコソコソと話し出す。

 大我の正面に立っている男は、二人を無視して話を進める。


「貴様に言っても無駄だと思うが、全く話を聞かない国の犬どもよりはマシだと考えて告げる。お前の相方が俺の仲間を拘束し、警察に突き出した」

「……それだけか?」




 ――ドンッ!!!




 再び散弾が放たれる。

 大我は腰に付けていた、手のひらサイズの機械的な箱を展開。中から、収納できるとは到底思えない、刃にレーザーを帯びている腰ぐらいの高さまである剣が出現し、それで弾丸を弾き防いだ。


「っ!?」


 しかし、防いだのはあくまでも人質に向かった弾丸のみ。

 自身は被弾することを選んだ。

 その様子を、弾丸から身を守られた少女が見て驚く。

 ふと後ろを向くと、彼の背後にも大勢の人質がいた。


 大我は、人質を守るために一番リスクのない選択をしていた。

 そしてそのリスクの中に、『自分の命』が含まれていなかったのだ。


「それだけか……だと……ふざけんな!!」


 大我の言葉を聞いた男が怒り狂う。


「この国の政府が、人質をどうするのかは貴様が一番わかっているはずだ!! より強力な【ヌス】、【ヌスター】を生み出すための実験道具にすることを!!」

「…………」

「それだけでこんなことをしているわけではない!! 連中は俺達庶民を、金を巻き上げるための道具にしか思っていない!! そのためなら人として当たり前の自由を奪っていく!!だから俺は!! 俺達はこうして抗っている!! たとえテロリストに成り下がろうと――」


 男の言葉を最期まで聞くことなく、大我は素早く男に接近し、空いている左拳を男の腹に叩き込む。


「ひっ!!」


 男の体が、もう一人のテロリストの方へ飛んでいく。

 そのテロリストが怯んでいるのを確認した大我は、また別のテロリストの方へ駆ける。


「なッ――――!?」


 そのテロリストは散弾銃を構えて迎撃しようとするも、構えた時には後ろに回り込まれ、首に手刀を入れられる。

 テロリストが気絶するまでを確認せず、大我は残った一人の方へ向かう。


「ひぃ!!」


 残された一人は、飛んできた男を退かし、両手を上げて降参する。


「…………」


 それを見た大我は足を止めた。


「お願いです……命だけは…………命だけは…………!」


 一人は完全に怯えている。大我は思わずため息を吐く。


「……見てなかったのか? 誰も殺してない、殺すつもりもない」

「え? ……あぁ! 確かに! 言われてみると全員気絶――――」


 相手が油断したところを、大我は男の腹を蹴り飛ばし、気絶させた。


「…………」


 テロリスト全員が気絶したのを確認した大我は、剣を小さな箱の中に戻し、依頼主の前に歩む。


「依頼は果たせました。申し訳ありませんが、後の対処は警察に任させます」

「とんでもないです! 助けてくださってありがとうございます! 報酬は――」

「結構です。何でも屋は私情でやっているので。どうしてもお礼がしたいのであれば、直接事務所へお越しください」


 そう言って、大我はこの場を去っていった。

 それと同時に、警察が突入してくる音が聞こえてくる。


「……突入が遅すぎる。銃声に気づかなかったのか?」


 大我は独り言を呟きながら、裏口から外へ抜けていく。


「裏口にいない時点で、どの程度かは察していたがな。とはいえ、テロ事件が増え続けている今、まともに訓練を行う時間もないはずだ。仕方ないだろう……」


 大我は、事務所への道のりを歩きだす。




 【ヌスター】が出現し始めた十年前から、それと比例するようにテロ組織が生まれ出し、各地で暴動を起こすようになった。

 政府のやり過ぎた娯楽規制、働き方改革を行っただけで悪化するブラック企業の放置など、様々な理由でテロリストとなる若者が後を絶たない。

 当然、上記の理由だけで犯罪者になるのは心が弱すぎる――と、世間では非難されている。現にブラック企業だろうと家族の為に、身を粉にして働いている人はいるのだ。そのため、一部では別の企みがあるのではとされ、日々考察されている。




 ――この国の政府が、人質をどうするのかは貴様が一番わかっているはずだ!! 

――より強力な【ヌス】、【ヌスター】を生み出すための実験道具にすることを!!


「……確かにオレ達は、人生を滅茶苦茶にされた」


 男の言葉を思い出した大我。


「だが、それを理由にして……この街の人々を苦しめるのを、許せるわけがないだろ。お前もそう思うだろ……寿紀。いや、聞くまでもなかったな……すまない」



   ※



 時刻が正午を指した。


「…………」

「尚紀先輩、大丈夫ですか?」


 屋上にて、時雨と尚紀が一緒に弁当を食べていた。

 しかし、尚紀の顔色が悪く、時雨は心配だった。


「大丈夫……あと、『先輩』と敬語はなくていいのよ。私達は恋人なんだから」

「すみま――ご、ごめん……まだ、慣れなくて……でも、本当に大丈夫なの?」

「大丈夫よ……大丈――」


「そいつ、慣れないことしてるだけだぜ!」


 そう言って二人の話に入ってきたのは良太。

 隣にいる海渡とともに、弁当を食べに屋上へ来たのだ。


「慣れないこと?」

「あぁ! 期末テストが近いことは知ってるだろ」

「あっ……」


 何かを察してしまう時雨。

 あえて口に出さなかったのだが、良太がそれを言ってしまう。


「以前みたいに赤点取るわけにはいかないから、真面目に授業受けてんだぜ~! 途中でくたばりそうになってたけど――ぐはぁ!!」

「うぼぁ!!」


 尚紀が良太と海渡を殴り飛ばす。

 二人は屋上のフェンスを越え、外に投げ出される。

 しかし、海渡は見えない壁にぶつかった様に押し戻され、屋上にうつ伏せで倒れる。


「な、なぜ俺も…………」

「なぜかわからないけど、腹が立つのよね」

「なん……だと…………!」

「尚紀、海渡はこう見えていい奴だから、あまり殴らないであげて」

「……どう見えるんだ、俺は?」


 海渡は震えながらも体勢を整えた。


「時雨が言うなら……仕方ないわ」

「ヴぉい!!」


 屋上の外から、変な声が聞こえてくる。

 なんと、良太が学校の壁をよじ登り、屋上へ戻ってきたのだ。

 当然、地面に落ちたことで傷を負い、全身血だらけなのだが、見た感じ大丈夫そうではあった。大丈夫なはずがないのに。


「時雨ぇ! 俺にも殴らないように言ってくれないか!」

「あなたは無理よ。気がついたら殴っているもの」

「本能!? 恐ろしいんだけど!?」

「待て! それだと俺は理性のまま殴っていることになるぞ!」


 良太と海渡は、時雨と尚紀の前に座り、何事もなかったかのように弁当を食べ始める。


「にしてもよぉ、まさか時雨がこんな暴力女のこと好きになるとは思ってなかったぜ」

「その上、尚紀からすれば過去に助けてもらった騎士(ナイト)様……出来過ぎているな」

「あはは……確かに僕もそれには驚いてるよ……」

「出来過ぎも何も、事実よ」



 約一か月前、時雨は尚紀に一目惚れした。

 良太と海渡の協力(?)もあり、なんとか彼女と距離を縮めていき、色々とあったが無事結ばれたのだ。

 その際、尚紀は幼い頃に時雨に助けられたことがあるという話を聞かされたのだが、時雨は五年よりも前の記憶を失っており、確認することができなかった。


 二人が結ばれるまでの詳しい話は、後々語られるので、その時に――。


「……ところで、あなたたちは確か何でも屋をしているのよね?」

「ん、確かにそうだが……依頼かぁ? 時雨に頼めばなんでもしてくれるぞ」」

「確かに、『依頼』かもしれない……でも、これは三人の時に相談した方がいいと思って」


 尚紀は食べる手を止め、三人に思いもよらぬお願いをぶつける。




「私を……何でも屋に雇ってもらえないかしら?」




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