第41話 狂気の智慧を求めて
吸血鬼が持ち去った資料のほとんどがオリオンの書いたもの……その事実を前に、ヒューズは顔をしかめて項垂れた。
オリオンはヒューズにとって、深い因縁の相手だ。幼少期に両親を殺し、妹と離別する原因を作り、そして一年前の戦いでは旧校舎崩壊を引き起こした張本人。フレッドに燃やされたことで全てに決着がつき、もう二度と関わることはないと思っていたが、そうもいかないらしい。
「参ったな、だとすると事情が変わってくるぞ」
「えっ、どうして?」
「"竜の情報を求めていた"じゃなく、"オリオンのメッセージを求めていた"可能性が出てくるからだよ。悪辣なオリオンのことだ、何か地雷を残していても不思議じゃないだろ?」
一年前の魔族たちと吸血鬼が繋がっているなら、この可能性も十分考えられる。少し考えてから、ヒューズは司書に声を掛けた。
「オリオン……リオ・デオラが残したものってまだ残ってませんか? 論文でもなんでも構いません」
「そうですね……彼の関係品はある程度纏められていますよ。アステリアの研究事業には、ほとんど彼が絡んでいましたから……」
そう言って、司書は複雑そうに書庫の奥を指した。オリオンが優秀な科学者だったことは疑うべくもないが、正体が正体だったせいで、関係品を処分するかどうか、まだ揉めているそうだ。
案内された一画には、ファイルや小箱が雑多に積まれていた。これら全てがオリオンの所持品や執筆物らしい。
「よし……手当たり次第に探してみよう。手掛かりがあれば良し、なくても無駄にはならないハズだ」
そう言って地べたに腰を下ろすと、マリーも「わかった」と元気よく続いた。がちゃがちゃと音を立てながら山を漁り、出てきたものに眼を通す。その繰り返しだ。
「論文……内容はサッパリだ。これは実験器具、この機械も……実験用具だろうな。使い方はサッパリだけど」
マリーと共にぶつぶつと言葉を漏らしながら、物品を漁り続ける。しかし出てくるのは実験に使うものばかりで、手掛かりになりそうなものは見つからない。そのまま数十分が経ち、あらかた漁り終わる……そんな頃だった。
「ね、これなんだと思う?」
マリーの声に振り向く。その先には、横長の木箱から取り出された黄ばんだ紙が二枚と、赤い粉末が詰められた小瓶があった。
「紙と粉? 紙の方には何も書いてないな。その粉は……薬品か?」
「薬なのかな。塗料にも見えるんだけど——」
何気なく小瓶を振った、その瞬間。
瓶のコルク栓はポロリと抜け落ち、粉がぶわりと宙に舞う。驚いたマリーは小瓶を落とし、あろうことか中身を全て溢してしまった。
「うわあーっ!」
「ま、マリー!?」
落ちた先は例の紙だ。無地の紙は無惨にも真っ赤に染まり、見る影もない。
「ごごごごめんなさい! 掃除するから……!」
マリーは慌てふためきながら紙を持ち上げ、粉を払い落とそうとする。しかし、手が触れるたびに粉が吸着し、ますます落ちにくくなっていった。これは潔く弁償するしかない……そう思った矢先、あることに気付く。
「わー、全然落ちない! やっぱり塗料だった!」
「あーあー……あ? ちょっと待った、これって」
払うのを辞めさせ、塗料まみれになった紙を広げる。そこには薄っすらとではあったが、確かに図表が描かれていた。区画分けされた表に、矢印と丸が記入されている。ヒューズは確信した。
「地図……だよな」
それも「目的地」を示した地図だ。しかも、描かれた土地に見覚えがある。恐らくアステリアの旧校舎を中心としたオフィス街だろう。新校舎からもそう遠くない。
「もう一枚にも試してみよう!」
「う、うん……!」
言われるがままに、マリーが粉を擦り付ける。すると、またも図表が浮かび上がってきた。今度は地図というより路線図のようで、細い道が多く入り組んでいる。ヒューズは二枚の紙をじっくりと見比べて、それが何を示しているのかに気付いた。
「一枚目の丸……これ、たぶん地下水道の点検口だ。そして二枚目に出る」
「じゃあ、二枚目は地下水道の見取り図?」
「ああ。で、二枚目の矢印を辿って辿り着く場所。ここに何かがあるんだ。奴が隠していたものが」
秘密の実験場か、それとも基地か。地下水道の奥地に何かがある。この発見に思わず鼻息を荒くすると、マリーの肩を叩いて礼を言った。
「マリー、お手柄だな! あのうっかりがなければ気付きもしなかった。これはきっと重要な手掛かりになるはずだ」
「えへへ、ドジでよかった〜!」
気恥ずかしそうに返すマリー。この発見をいち早く伝えようと書庫を飛び出す……前に、二人はぶちまけた塗料をいそいそと掃除してから、司書に頭を下げたのだった。
* * *
「——というわけで、大きな収穫がありました」
再び教室に集まった六人が、それぞれの成果を発表する。ヒューズが提示した地図を囲む面々は、思いもよらぬ手掛かりに感嘆するばかりだ。
「こちらでも竜の資料が多いことは確認できたが……これは調べなければいけないな」
「まるで宝の地図だね。何があるのかな」
「ロクなもんじゃねえよ。だってオリオンってアイツだろ? あのひん曲がったスライム野郎」
そういって頭上にオリオンの姿を思い浮かべてから、フレッドは不快そうに頭を掻いた。二年にとっては思い出すのも嫌な相手だが、その情報が重要なものなら放って置けない。
「竜の資料もオリオンのものだし、行く価値はあると思います。竜だけじゃなく、ノヴァのことも何かわかるかも」
ヒューズの提言に、カトレアが静かに同意する。しかし「明日すぐに調査したい」と言われると、小さく逡巡するような声を漏らした。
「同行したいところだが、吸血鬼への対処について会議があってな。二年生からも一人連れてくるように言われている」
当然ながら、上層部は吸血鬼の襲撃を重く見ているらしい。一年前の校舎崩壊のような事件を再発させないためにも、早急に対策を打たねばならないのだろう。
「校内にも調べ終わってないものが沢山あるね。会議、校内、外出組で二人ずつ分けるのがいいかな」
「じゃあ、地下は俺とフレッドが——」
分担の提案に声を上げた、その途端。びし、と勢い良く手が挙がった。
「私に任せて! 地下の調査!」
そう言って手をぶんぶんと振るマリーに、ヒューズが焦ったように眉を下げる。忘れがちだが、マリーは名家の令嬢だ。戦場は今更だが、臭く汚れた下水道に連れて行くわけにはいかない。
「えっ、下水道だぞ? ならフレッドに……」
「なんでだよ! 俺といえば下水道みてーに言ってんじゃねえ!」
フレッドの怒号を背中に浴びつつも、それとなくマリーを諌める。しかし、マリーは頑として手を下ろそうとはしなかった。
「ううん、私がいくよ。着いて行きたいんだ」
マリーのまっすぐな目に、ヒューズが静かに唸る。ちらりと横に眼をやると、ルークも何か言いたげに体を揺らしていた。彼も竜の……というより、自分の秘密を解き明かしたいのだろう。しかし、そのどちらも選ぶ気はなかったのだ。
(汚い場所っていうのもあるけど、なんとなく嫌な予感がする。だからタフなフレッドを連れて行きたかったんだけど……)
しばらく悩んでから、ヒューズは顔を上げた。
「わかった。でも後悔しても知らないからな」
「ありがとう! 私、がんばるよ!」
マリーの言葉には、どこか意地を張るような頑なさがあった。何か思うところがあるのだろう。森から学園祭まで不運続きの彼女だ、ここは素直に聞き入れることにした。ルークには、見つけたものを伝えればそれで十分のはずだ。
結局、地下水道の調査はヒューズとフレッド、カトレアと会議に出る二年代表はレイン、ルークとフレッドが校内調査の続きをすることに決まった。
「あの街の地下水道はかなり深く入り組んでいる。魔族の住処にはもってこいだ。引き際を大事にな」
カトレアの助言に元気よく返事をし、互いに一瞥を送る。少しでも手掛かりがあるように——無事と成功を祈るのみだった。
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