第40話 薄闇の謎を追え

 教室でカトレアが語ったのは、彼女が見たノエルという男の英雄譚だった。未曾有の脅威に立ち向かい、一人でそれを正したもの。その語り口は誇らしげながらどこか自虐的だ。時折右の袖に触れるさまに、彼女の後ろ暗い感情が見てとれた。


「ジンさんも酷く落ち込んでいたよ。師弟でありながら、まるでライバルのように高め合っていた。二人の模擬戦を見たことがあるが、あれほど楽しそうな姿は見たことがなかった」


 ジンだけではない。ロシェを始め、彼と関わった人々は皆一様にノエルの死を悼んだ。それほどに人望のある存在だった。


「その後の話もしておこうか。……ノエルの死は、退魔師に大きな影響を与えた。特に第二世代で、戦意を失う者が急増したんだ」


 自分たちの上位互換のように持て囃された第三世代——それも、最強に肉薄するほどの有望株が死んだのだ。「俺には無理だ」「私では着いていけない」と、自信を失った退魔師が戦いを離れることは容易に想像できた。


「その結果が今の人材不足。まあ……私もその一人だが」


 そう言って視線を逸らすカトレアだったが、ヒューズには彼女が恐れや諦めで退魔師を辞めたとは思えなかった。竜と交戦し、右腕を奪われたこと。助けに来たノエルが死んだこと。全て結果論でしかないが、それでもカトレアは「自分のせい」と感じているのだろう。


 ふと、ルークに目をやる。話の途中から明らかだったが、顔色が悪い。唇から赤みが消えていた。


「僕の力……竜の姿は、それと同じなんですよね」


 質問に、カトレアが静かに肯定する。ばつが悪そうに眼を泳がせるルークだったが、カトレアはそれを穏やかな口調でたしなめた。


「確かに、その異能は竜と瓜二つだ。だが君は竜じゃない。なにか縁があるとしても、竜そのものではないんだ」


 その言葉に、ルークが目を丸くする。隣の席でずっと腕を組んでいたレインも、平坦な口振りでそれに続けた。


「ルークくんが恐れているのは、竜と同一視されることだよね。疎まれたり、殺されることを」

「それは……」

「大丈夫だよ。もう済んだことなんだ。僕は竜を恨んだりしないし、まして君と竜を重ねたりしない。カトレアさんも同じでしょう?」


 自分は既に、兄の死を乗り越えている……そんな宣言とも取れる言葉だった。レインの人生は、竜を発端とした事件によって狂わされたと言えるだろう。それでも、闇雲な恨みには囚われない。レインの態度に、カトレアは目を瞑って頷いた。


「じゃあ、暗い雰囲気は終わり。これからのことを考えよう。ルークくんが睨んだような、竜とノヴァの繋がりについて……とかね」


 ぱんぱんと手を打って、レインが話を切り替える。話の共通点を探し始めた面々は、少し考える仕草をしてから、順番に話し始めた。


「実際に戦った身からしても……凄まじい戦闘力と殺意、ぐらいしか思い当たらないな」

「あと変形能力? でもノヴァの変形とは違う感じだし……」


 いざ考えてみると、目立った共通点がない。


「俺はどっちも実際には見てねェからな……」

「殺意……ってのが重要なんじゃないか? 聞く限りだと、俺が森で会ったときの怪物と似てるように思えた」

「知性の変化も気になるんだよね。今回攻めてきたノヴァは子供みたいな振る舞いだったんでしょ?」


 皆で協力して意見を出し合うが、これといった答えは出ない。考えれば考えるほど煙に巻かれるような、すっとしない気分だ。


「ルークはどうだ?」

「うーん……ごめんなさい。自分で言い出したことなんですけど、説明しようとすると……」


 ルーク自身は竜とノヴァに関わりがあると確信しているようだが、語気ははっきりしない。竜の異能を持つ本人だからこその直感も、実際の理由付けは難しい。

 結局、現時点での共通点は見つけられなかった。


「手詰まり……ですかね?」

「いや、まだ考えるべきことはある。例えば」


 不安げに眉を下げるマリーに、カトレアが腕を組み直して口を開く。ちょうどそのタイミングで、使っていた教室のドアがノックされた。


「失礼します、アンバー女史」


 入ってきたのは、スーツ姿の男性だ。彼はカトレアに軽く会釈をすると、真っ直ぐに歩み寄って一つの封筒を手渡した。


「頼まれていたリストです。恐らくこれで全てかと」

「ありがとう。手が速くて助かる」


 恐らくアステリアの事務員か何かなのだろう。仕事を終えてニコリと微笑むと、男は素早く部屋を後にした。カトレアが取り出した資料に、ヒューズたちは興味を募らせる。


「それは?」

「襲撃事件後の紛失物リストだ。吸血鬼が何を目的に現れたのか、それを分析する必要がある」


 カトレアはそう言うと、事細かにまとめられたリストを机に広げ、皆で覗き込むような態勢を取った。


「今回の襲撃には謎が多い。セルヴィンは陽動を疑っていたし、ロシェはそもそもたった二人で攻め入ったことを疑問に思っていた」

「ああ……そういやアイツがそんなこと言ってたな。本当の目的がどうのこうのって」


 考えてみれば、不可解な点はいくつもある。アステリアを攻め崩すなら、もっと大規模な攻勢に出るはずだ。血の人形があるとは言えそこをたった二人、それも個々人とわざと当てるように襲ってきた。ノヴァについても、予め現れることを知っているような動きには見えなかった。

 そういった意味でも、セルヴィンは「何か」を奪うための陽動作戦だと踏んでいたのだ。


 実際にリストを見てみると、まず印象に残ったのは書物の多さだった。それも内容が読み取れない難解なものばかりだ。吸血鬼がなんらかの情報や知恵を求めていたことはわかるが、これでは判断がつかない。


「カトレアさん、内容が分かったりは……?」

「申し訳ないが、詳しくは分からない。そうだな……書庫にはデータコピーや要約書もあったはずだ。そこで調べよう」


 書庫は校内にいくつか種類がある。ヒューズたちはリストを区分けしてから、それぞれに対応する書庫へと向かった。


 * * *

 

 ヒューズが向かったのは第三書庫……医療科に隣接する保管庫だ。司書に許可を得て中に入ると、一面に所狭しとファイルが並んでいる。人の出入りが盛んなのだろう、埃臭さはさほど感じない。

 一緒に着いてきたのはマリーだ。まだ見ぬアステリアの一面に眼を輝かせる彼女をたしなめて、早速情報探しに取り掛かった。


「えーと……『異能体死亡時における細胞分解のメカニズム』、『異能力形成に類する諸動作の考察』、『異常草本から見る粒子移動の経路』……」


 リストアップされたタイトルを読み上げてみるが、どんな内容かはさっぱり分からない。やはり要約かコピーを見つけるしかないだろう。


「さて、どこから探すか……」

「司書さんに頼めば見つけてくれるんじゃない? その道のプロなんだしさ」

「あ、そうか。その手があった」


 マリーに正論を言われて思わず面食らいつつも、納得して司書に再度話しかける。リストを手渡すと、司書はそれをコンピュータに素早く入力し、コピーが取られた画面を映してみせた。

 迅速な仕事ぶりに感謝しつつ、その見出しを二人で確認していく。どうやら異能力者や魔族に関する研究データが大半を占めているようだ。


 簡単な見出しで要旨は掴めるとはいえ、慣れない学問に頭が痛くなる。こんな内容をなぜ吸血鬼は持ち出したのだろうか。そんな疑問を抱きつつ、次々に確認を進めると——


「あっ!」


 ある項目に、二人の目が留まった。


 三年前の事件……竜の襲撃に関するレポートだ。

 その下の項目を見てみると、タイトルだけでは分かりづらいものの、竜の力やエネルギー、関連事件などに言及した書類が次々に現れる。

 これが襲撃の際に盗まれたとするなら、


「吸血鬼は竜の情報を求めていた、ってことだ」


 ヒューズはそう結論付けると、マリーと笑顔でハイタッチを交わした。これが分かっただけで大きな収穫だ。しかし同時に、ヒューズの脳裏に大きな違和感が現れた。


「いや、ちょっと待てよ」


 怪訝な様子で画面をスクロールするヒューズに、マリーが心配したように小声で話しかける。


「どうしたの?」

「このリストにある書類……筆者がほぼ同じだ」


「本当の名前」を認識しすぎたせいで、危うく見逃すところだった。僅かな翻弄だとしても、この名前には腹が立つ。改めて筆者名を見たマリーもそれに気付き、表情を微かに引き攣らせた。


「リオ・デオラ……オリオンが書いてる」


 ヒューズの因縁が、ここにも残っていた。

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