第19話 学園祭開幕

 三週間という時間は短いようで長く、長いようで短い。何かを成すには少なく、成さないには多すぎる。そんな「おあつらえ向き」な時間だ。

 学園祭は、まさに結実の場である。


 ヒューズたち二年生にフェリシアを加えた五人は、アステリアの中庭に集まり、歓声の渦に巻き込まれている最中だった。


「お祭りだあーッ! わああああー!」


 ちょうど血の槍が落ちて来た中庭だが、その痕跡はどこにもない。色とりどりの飾りや看板、そして生徒たち自身の浮かれた格好に熱されたそこは、彼らの知る異能学園とはかけ離れている。

 呆気に取られる面々の中で、マリーだけは即座に順応していた。今誰よりも大声を上げているのは他でもない彼女なのだ。


「はい、レインちゃん! わーッ!」

「えぇ……わ、わあー?」

「フェリシアちゃん! カモン!」

「うわー! あー!」


 ぎこちなく、そして必死に声を上げるフェリシアに満面の笑みを向け、引き気味のレインをさらに煽動しようとする。そもそもこの歓声はオープニングトークの終わり……その掛け声に合わせたもので、こうも必死に叫ぶものではない。当然マリーの声は浮いていたが、楽しげな彼女の顔を見て、ヒューズは止めるのも野暮だと思った。


「オラァッ! だァッ!」


 何かを勘違いしたようなフレッドの叫びも、あえて見て見ぬフリをした。



 さておき、開会式を終えた学園祭。次は自由時間だ。ほとぼりの冷めた生徒たちは各自中庭を離れ、出し物の準備や見回りに移って行った。


「ふー、のどが渇いた!」


 汗を拭うマリーは、早くも祭りの雰囲気を満喫しているようである。


「俺たちの試合は一番最後だし、ここからは出し物を見て回るってことでいいよな?」

「そうだね。……でも、五人でぞろぞろ移動するっていうのも不便だよ。バラバラに行かない?」

「バラバラに? ——だったら!」


 レインの提案に、フレッドがぴくりと反応する。恐らくフェリシアを誘おうとしたのだろう。そうして口を開いたタイミングで、快活な声がその場に響き渡った。


「じゃあさ! 女子三人で回らない?」

「僕は構わないよ。君は?」

「あ、ハイ! えへへ、楽しみです……!」


 いつもなら「二人で回ったら?」と空気を読むところだ。しかし、マリーは誰よりも浮かれている。基本的に無干渉なレインはともかく、フェリシア本人も同意してしまえば取りつく島はない。


「…………」

「……同情する」

「うるせえな! 微妙に笑ってんじゃねえ!」


 含み笑いをするヒューズに一言怒鳴って、フレッドはそっぽを向く。ともかく組み分けは決まった訳だ。マリーは「あとで合流しようね」と元気に言った後、女子二人を引き連れて去っていった。


 残されたのは男子の二人。

 ヒューズは微妙な表情を浮かべると、一応気遣うように声音を抑えて語り掛けた。


「一人で行くか……?」

「ああ!? 変に気ィつかってんじゃねえよ!」


 フレッドは活火山のように紅潮すると、自分は平気だとアピールするために体をバタバタと動かしてから歩き始めた。大股の歩幅から、彼の強がりが過剰なほどに伝わってくる。


「まどろっこしいヤツだな、祭りなんざ誰と回っても変わらねえんだ! 行くぞ、チンタラすんな!」


 こうして、二人は学園祭を楽しむべく行動を開始するのだった。




 ひとまず、総合科と医療科のブースがずらりと並ぶ通りにやって来た二人だが、特に目当てのものを意識しているわけではない。

 試しに、と一番端のブースを覗いてみると、そこにはボタニカルな飾り付けと共に、球体とも四角とも言い難く、色さえも一目で判別できない、極めて奇妙な「物体」が陳列されていた。


「なんだこりゃ?」

「パニックフルーツって書いてあるな」


 その名前とブース内の雰囲気から察するに、どうやら食べ物を売っているようだが——ヒューズには、どうしても目の前の物体が食べ物、無論果物だとも思えない。明らかに歪で、この世のものとは思えない外見をしているのだ。


 警戒心を強める二人に対し、陳列棚の前で接客をしていた男子生徒が話しかけてくる。このブースの販売員だろう。彼はその反応を待っていた、と言わんばかりにニヤリと笑って物体の説明を始めた。


「これはね、あらゆる果物の種を組み合わせた果樹からできた、摩訶不思議なフルーツなんです」


 植物の成長、物体の合成、阻害物の除去……総合科の誇る無数の異能力を結集して作られた、好奇心の原石。それがこの「パニックフルーツ」なのだ。


 そう説明を受け、ヒューズは改めて認識した。考えてみれば当然だ。異能力者の出し物が普通なはずがない。外界では考えられないスケールの出し物が集まるのがアステリアの学園祭である。


「いかがですか?」

「……二つお願いします」

「二つ!? 俺の分もかよ!」

「まあまあ、食べてみよう。二人なら怖くない」

「ナチュラルに巻き込むんじゃねえ!」


 中を割ってみると、食欲の失せるビビットな色が無造作に混ぜられたような、パニックの名に違わぬ果肉が現れる。意を決して口に入れると——


「——美味い!?」

「でしょ? もちろん、味の方もまとまるように調整してありますからね!」


 そう言って嬉しそうに笑う男子生徒としばし語り合ってから、ヒューズはブースを離れていった。フレッドはよほどフルーツが気に入ったのだろう、追加で五つほど購入し、歩きながら頬張っていた。


 そうしてすっかり学園祭の雰囲気に染まり、ブースを順番に回っていく。

 飲むと全身が光りだすジュース、正確すぎる占い、一ヶ月分の疲れが吹き飛ぶ整体、8Dムービー上映会、燃え盛るアイスクリーム……どれも異能仕掛けのエキセントリックな出し物ばかりだ。夢中で楽しんでいると、時間が飛ぶように過ぎていった。


 それでもブースは残っている。また次へ、と足を進めようとした時、二人は見覚えのある人物と鉢合わせた。


「あ、先輩……」


 そこには、両手いっぱいに何かしらの景品や食べ物を抱えたルークの姿があった。持っている量では行く先々で商品を買い漁るフレッドと良い勝負だ。

 ルークの表情は、先輩に対して畏まってはいるものの、以前よりずっと楽しげで安らかだった。


「おお、ルーク! 楽しんでるか?」

「は、はい。さっきも『宇宙空間射的』って出し物にチャレンジしてきたばっかりで……」


 せっせと荷物を持ち替えながら続ける。


「宙に浮かされながら的を撃つんです。飛来する隕石やら宇宙ゴミやらの障害物を避けて……」

「ほー、楽しそうじゃねえか!」

「もうほとんど訓練の域だけどな……」


 ルークの説明によると、浮遊の能力を中心とした出し物らしく、的に命中すれば相応の景品……これも異能由来の特異物質が手に入るとのことだった。

 ヒューズはその言葉より、発言主であるルークの表情に注目していた。今まで彼の怯えた様子しか見ていなかった分、「こいつも笑えるんだな」と感じていたのだ。当たり前と言えばそうなのだが。


 そうして会話を続けた後、ルークは少し視線を落としてから、意を決したように目を合わせた。


「その、先輩方……」

「うん?」

「これから中庭で有志バンドのライブがあるらしいんですけど……よかったら一緒に行きませんか?」


 ヒューズは驚いた。

 自分から誘う気はあったが、ルークからはむしろ避けられているように感じていた。それがまさか、あちらから誘ってもらえるとは思ってもいなかったのだ。後輩との距離感を測りかねていたヒューズにとっては、願ってもない申し出だった。


「——もちろん! フレッドも行くよな?」

「別にいいぜ。んで、ユーシバンドって誰だ?」


 フレッドは相変わらずだったが、こうして男子二人の一行は三人に増えることになった。

 後輩に声を掛けられたことを嬉しく思い、半ば浮かれるような心地になりながら、ヒューズは中庭へと歩き出すのだった。


(ロシェ先輩も……こんな気持ちだったのかな?)


 時間は過ぎ、試合の時も近付いてくる。

 本番はこれからなのだ。








 * * *


「——むむ。ベガ、聞こえましたか?」

「はい、姫様。人間の歓声です」

「祭事でも行なっているのでしょうか。……まあ、関係ありませんね。むしろ好都合でしょう」


 学園を取り囲む厚い壁、その向こう。

 まばらに木の生えた敷地外の影で、二つの声が交差していた。白と黒のローブに、小柄と大柄、女と男、高い声と低い声。何もかも真逆な二体の吸血鬼ヴァンパイアが、学園のそばで佇んでいる。


「日が隠れたら始めましょう。……迅速に」


 一つの思惑を胸に秘め、鮮血の姫君は呟いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る