第20話 第一試合

 時間が進み、日が落ち始める頃合い。有志バンドのライブも最高潮の盛り上がりを見せ、アステリアの学園祭は終わりに向かおうとしていた。

 だが、対魔科の生徒たちにとってはここからが本番だ。天井が開き、周囲に観客席がずらりと並び……巨大な競技場と言って差し支えない構造と化した第三訓練場には、一足先に彼らの姿があった。


「うわ〜……なんか緊張してきたよ」

「観客に囲まれるなんて初めてだからな。ヤジとか飛ばされたらへこむかも」


 緊張しながらも楽しげな面持ちの二年生に加え、一年のルークに三年のセルヴィン。そしてカトレアが審査員席の近くで顔を合わせている。フェリシアは現在「特別医療補助員」として医療科とともに待機中らしい。

 ヒューズが話しながらちらりとセルヴィンを見やると、彼は心ここに在らずといった具合にどこか遠くを見つめて黙りこくっていた。他のメンバーはセルヴィンと初めて顔を合わせるのだが、その独特な雰囲気に圧されて話しかけられずにいる。マリーでさえ躊躇ためらっているのだから相当だ。


「皆、学園祭を楽しんだようで何よりだ。では、この紙を」


 カトレアの一声と共に、小さな紙が手渡される。そこには試合進行やルールについての説明と対戦の順番、そしてそれぞれの対戦相手が記入されていた。

 ヒューズの出番は第一試合——相手はルークだった。


「いきなりか……ルーク、よろしくな」

「…………」

「ルーク?」

「あ、ハイ! お、お手柔らかに……」


 露骨に視線を逸らすルークは、やはりどこか気乗りではなさそうだ。ヒューズと戦うのが嫌と言うよりは、戦うこと自体に忌避感があるのだろう。

 だからといって、手を抜くわけには行かない。誰が相手だろうと全力でぶつかるのが礼儀だとレインに教わっている。むしろ、異能も戦闘スタイルも謎に包まれた彼の本気をどこまで引き出せるのか……そういった面に楽しみを見出していた。


「二試合目は……フレッドとセルヴィン先輩か」


 これもまた異色の組み合わせだ。ふとフレッドの方を見ると、ちょうどセルヴィンに詰め寄っている途中だった。


「おいコラ、ロン毛センパイよ」

「……ロン毛センパイ? 悪口か?」

「俺は相手が年上だろうが初対面だろうが容赦しねえからな。本気でかかってこいよ」

「なんて口の悪い後輩だ。おれの代にそんな奴はいなかった。これがジェネレーションギャップというやつか……それともおれが単に舐められているのか……」


 毛ほども噛み合わない会話から目を逸らし、紙の確認に戻る。第三試合は残る二人、レインとマリーという組み合わせだった。


「レインちゃん、よろしくね!」

「うん、よろしく。手加減しないからね」

「私だって! へっへー、今回は秘密兵器をたくさん用意してきたもんね!」


 この組は和やかに言葉を交わしているようだ。訓練を共にする同級生だが、レインとマリーが全力でやりあうところは見たことがない。これも観戦が楽しみになる。異能不明のルークとセルヴィンもそうだが、どの試合も非常に興味深いものになりそうだった。


「これはあくまで学園祭の出し物だ。難しいことは考えず、試合を楽しむつもりでいい。勿論本気で望むべきだが、熱くなりすぎるのも考えものだからな」


 そう語るカトレアの表情は柔らかい。ヒューズは何度かほかの教員と共に出し物を見回るカトレアを目撃したが、彼女も純粋にイベントを楽しんでいたようだった。生徒に対しても、羽を伸ばすつもりで楽しんで欲しいのだろう。


 続いて注意事項などの説明が入り——時間が過ぎていった。


 * * *


 対魔科の準備が完了し、会場はすでに満席となった。観客のほとんどが学園の生徒だが、医療科はともかく総合科は対魔科と接する機会がほとんどない。故に、戦闘特化と評される彼らの異能に興味津々なのだ。会場の温まり具合は最良と言える。その他には教員や研究者、そして組織の上層部が揃っていた。


「うーん、どっちを応援すればいいんだろ。やっぱりヒューズかなあ?」

「どっちもでいいんじゃない?」


 そんな客席の最前列に、ヒューズとルーク以外の対魔科が座っている。試合を楽しみにしているのは他でもない当人たちなのだ。


「そういえばロシェさんは?」

「あー……居ないね。どうしたんだろう」


 レインが会場を見渡すが、ロシェの姿はない。彼女とは午前中に一度会っているが、姿を見たのはそれきりだ。

 と、その時。横に座っていたセルヴィンが唐突に、こちらに目を向けることなく口を開いた。


「御大なら外……正門だ。見張りをしている」

「わっ、セルヴィン先輩? 御大ってロシェさんのことですか?」

「おれにとって彼女はそう呼ぶべき人物だからな」


 マリーに声を返すセルヴィンの口調は極めて平坦だが、今までと比べると感情が篭っている。直近の先輩であるロシェに何か思い入れがあるのだろう。

 それにしても「御大」はどうなのか、とレインは思ったが、敢えて口に出すことはしなかった。


 そうこうしているうちに、場内のスピーカーからカトレアの声が響いた。


『お待たせ致しました。只今より、対魔族能力科による交流試合を開催致します。初めに、会場の皆様へ注意事項を……』


 試合の妨害はしないこと、客席から降りないことなど、基本的な要項が読み上げられる。続くルール説明では、勝敗は生徒のノックダウンか降参、審査員が続行不可能と認めること、または制限時間を超過した後の判定によって決するということが伝えられた。


『それでは第一試合、選手入場です』


 合図と共に、ヒューズとルークが場内に現れた。互いに緊張で顔が強張っているのが見て取れる。


「ヒューズ! ビビってんじゃねーぞ!」

「二人ともリラックスー!」


 客席から飛ぶフレッドとマリーの声に苦笑いしつつ、フィールドの真ん中に辿り着く。向き合ったルークの顔は、いつものように臆病な表情と、戦場に立つ退魔師の表情が入り混じっているようだった。


「ルーク。先輩として、一言だけ言うぞ」

「え……?」

「俺は本気で行く。お前も本気を出してくれ」


 その言葉への返答はない。

 しかし、ヒューズにとってその如何は重要ではなかった。


 二人の間の空気が伝播するように、会場内が一瞬静まり返る。

 そして——


『——始め!』


 カトレアの言葉で、戦いが幕を開けた。


「行くぞッ!」


 即座に雷を展開し、凄まじい速度で拳を突き出す。

 ルークは眼をカッと見開くと、その場から一歩たりとも動かずにヒューズの拳を防御した。先程までとは雰囲気がまるで違う。


「……失礼します、ヒューズ先輩!」


 接近した状態から、意趣返しとも言える正拳突きが飛んでくる。いつもなら躱すところだが、ヒューズはこれもまた同じように、両腕を交差させて受け止めた。


 防御した途端、尋常ではない衝撃がヒューズに襲いかかる。感じたことのある重み、かつての狼王、シリウスの拳と似た感覚だ。

 重い。まさしく重撃と呼ぶべき一打が、気弱で小柄な後輩から撃ち込まれた。その事実を噛み締め、ヒューズはニヤリと笑った。


「見た目によらずパワータイプ……それなら!」


 ルークの拳を払い、真横に脚を踏み込む。瞬間、雷光と共にヒューズの姿が消えた。いや、死角へと回り込んだのだ。そこから放たれるのは、腹部への鋭い蹴り。ルークは知覚する間もなく、その一撃をもらうはずだった。

 しかし、そうはならなかった。

 ルークはヒューズの位置を身体を捻り、間一髪で蹴りを回避していたのだ。初見の反応とは思えない動きに驚愕したのも束の間、ルークは周囲を薙ぐように回し蹴りを放った。


 風切り音が短く響き、靴の先端が頬を掠める。同時に飛び退くと、二人は構えを取りながら向かい合う形となった。


「速い……これが、雷の……」

「……」


 言葉を漏らすルークをよそに、ヒューズは以前レインが語ったことを思い出していた。


『純粋な体術ならフレッドくんと同等かそれ以上だ。異能は頑なに出さなかったから底も知れないね』


 フレッドと同等。確かにそうだ。型に基づいた体術ではないが、パワーもスピードも申し分ない。だが何よりも恐ろしいのは、「反応の仕方」だ。雷の速度と特殊な歩法による移動は、そう簡単に見抜けるものではない。ルークはその攻撃に即応して見せたのだ。

 予知の類いかと考えたが、すぐに否定した。それなら動きの出始めから反応するはずだろう。この反応は"勘"のそれに近い。


 異能に通じる力だとしても、本質ではない。

 つまりルークは、まだ能力を隠している。


「——でも、それじゃ届かない」


 そう呟いて、ヒューズは雷を滾らせた。

 対人格闘なら一流だろう。だが、本来の敵は魔族だ。それだけでは勝てない。生身で自分やフレッドに肉薄しても、戦場で生き残れなければ意味がない。

 武の極地に居たシリウスには、肉体を封じる雷がなければ敵わなかった。誰も寄せ付けない影を有したアルフェルグには、影を断つ剣と払う光が。不定にして無敵の体を持つオリオンには、それを焼き尽くす炎が。暴風と嵐の主であるシャウラには、それを防ぎ切る氷が。

 持つもの全てを出し切る術を知らなければ、必ず後悔することになる。それはあの一年間で学んだことだった。



 先輩として、それを教えなければならない——ヒューズはそう決意し、「技」を構えるのだった。

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