第18話 もう一人の上級生

「学園祭って……学校でやる、あの?」


 ヒューズが懐疑と期待の入り混じる微妙な顔で問う。もちろん言葉自体は知っているが、まさかこの学園で聞くとは思わなかった。そんな驚きを見透かしたようにくつくつと笑うと、カトレアは頷いて、


「その認識で間違いない。多少趣は違うかもしれないが」


 と、優しい声音で言った。

 アステリアにおける学園祭は、総合科と医療科を対象とした催しとされている。この二つは異能に関する教育が中心とはいえ、形式は通常の学校となんら変わらないのである。逆に、対魔科と諜報科は「通常の学校」とは似ても似つかない。その暗部としての在り方とスケジュールの不安定さから、学園祭へは参加できないのが通例だったが、時々の理由で許されることもあった。

 今回に限って言えば、生徒の成長を促す思惑が強い。


 そんなことはつゆ知らず、マリーは小さく跳ねながら無邪気に喜んだ。明るいことが大好きの彼女にはうってつけのイベントだろう。フェリシアも参加できることが伝わると、彼女も咲くように笑った。


「やったあ! 出店とかがあるんですよね!」

「うん、自由に見回ってくれて構わない」

「対魔科も何か出し物を?」

「出し物と言うべきかは微妙なところだが……伝統のものが一つ」


 レインの問い掛けに対し、少し言い含んでから「生徒同士の交流試合だ」と返すと、その場の空気がガラリと変わった。特にフレッドは先程まで興味を示していなかったのが一転、眼をぎらぎらと輝かせ、鼻息を荒くしていた。


「交流試合! 本気で戦り合っていいのか!?」

「フレッドくん、試合だよ。喧嘩じゃないんだから、魔族にやるような力は出しちゃダメでしょ」

「そうだな。殺しや残虐行為は当然禁止だ。しかし競い合う以上全力を尽くすべし。危険があれば私が止めるし、医療科の協力もある。フフ、存分に高め合うといい」


 諭しながらもフレッドの後押しをするカトレアは、どこか普段より楽しげだ。実は派手好きの一面があるのだろうか。なんにせよ、真新しいイベントを楽しもうとする一体感は、開催前だというのに心地良いものだった。


「参加者は君たち四人にルーク、そして三年生が一人の計六人の予定だ。三組に分けて試合を行い、勝者側三人で総当たり戦をするらしい」


 三年生。その言葉に、ヒューズがそれとなく反応する。以前カトレアが何か含みのある言い方をしていた、その上級生だろう。他の面々は自分たちにロシェ以外の先輩がいるのかどうかも意識していなかったようで、顔合わせに期待を募らせていた。


「というわけで、出し物といっても事前準備は不要だ。君たちはいつも通り訓練と任務に集中していればいい」

「日取りは決まってるんですか?」

「ちょうど三週間後だ」


 そうしてカトレアが話に区切りを付ける。三週間もあれば後遺症の具合も少しは改善するだろう。交流試合も実践の機会として最適だ。


 連絡はここまで、と踵を返そうとしたカトレアに、マリーが思い出したように「そうだ、お願いがあったんです!」と声を挙げる。続けて自分たちが強くなりたいこと、そのためにカトレアにも協力して欲しいこと……仲間内の会議内容を情熱的な身振り手振りで伝えた。


「——で、ビシバシ鍛えて欲しいんです!」

「なるほど。……うん、勿論手を貸すとも。そのために呼ばれたんだ、精一杯の指導をしよう」


 パッと顔を明るくするマリーに「ただ」と前置きをし、続ける。


「形態としては個別指導が望ましい。朝、昼、晩のブロックに分けて面倒を見よう。私の他にロシェにも指導してもらう。余った側は自主練習か休息に努める……これでどうだろう?」

「あっ、はい! じゃあ今晩は私でいいですか?」

「分かった。準備ができたら声をかけてくれ」


 かつてジンも言っていたが、異能は個人によって性質も応用法もバラバラだ。故に集団の指導では身体操術や戦いでの心得を教えるのが中心になる。今最も伸ばすべき「異能」の分野なら、一人一人緻密な分析をかけるのが一番だろう。

 そういえば、カトレアの指導をまだ本格的に受けていない。彼女が教師としてどのような方針を取るのか、ヒューズは少し楽しみに思った。


 こうしてひとまず解散となり、ヒューズたちはそれぞれ訓練場を去って行くのだった。



 * * *


 医療科の検診を正式に終え、あっという間に日が沈んだ。大事をとって、ヒューズの寝床は三日ほど病室だそうだ。病室のベッドは快適だが、独特の匂いと雰囲気がどうにも落ち着かない。日を回る数十分前に、気晴らしに部屋を出た。


「おや、ヒューズ。どうした?」


 行く宛もなく校内をウロウロとしていると、不意に声を掛けられた。カトレアだ。どうやら直前まで運動をしていたらしく、白い肌にはじっとりと汗が滲んでいる。


「先せ……カトレアさん。ひょっとしてマリーの訓練を?」

「うん、その通りだ。随分気合が入っているようで、ついこんな時間まで付き合ってしまったよ」


 マリーの情熱は、昼の話で十分に伝わってきた。あの事件を自分の力不足が原因だと捉えている節もある。元気とはいえ病み上がり、少し心配だ。


「マリー、大丈夫そうでしたか?」

「ああ……エネルギーの話なら私も聞いたよ。確かに異能の出力自体は落ちているが、操作精度はむしろ上がっているように感じた。今のところ心配はないと思う」


 莫大な出力が抑えられたことで御しやすくなっているのだろうか。話を聞いて安心しながら、不調をうまく活かしているな、と感心した。自分の怪我も何かに活かせれば、例えば傷口に通らないほどの精度で電流を纏うことができれば……


「フフ、良い顔だな」

「へっ?」

「ひたむきに努力し、常に向上を思案する。友情の中から知恵を得る。そんな顔だ。とても喜ばしい」


 どこか遠い目で、微笑みながら言う。面と向かって褒められて、また顔に出ていたことへの気恥ずかしさで、ヒューズは頭を掻きながらはにかんだ。


「そ、そういえば。気になったんですけど」

「ん?」

「三年生の先輩って、普段は何をしてるんですか? 会わない理由を聞いてなかったと思って」


 照れから、少し無理に話題を変える。カトレアは逡巡してから、声をひそめて返答した。


「何を、というか……は、ずっと人前に出ていないんだ」

「人前に? それってもしかして……」


 いわゆる「ひきこもり」というものだろうか。

 カトレアはゆっくりと頷いて、声を抑えたまま続けた。


「二年前……君たちが入学する直前か。何かの任務以来、そうなったらしい」


 ヒューズたちが一年生の頃は、自分から外部の精神病棟に入っていたそうだ。地下校舎崩壊、学園再建後はようやく病棟を出て学園に戻ってきたが、今度は自室に篭ったまま出てこない。その人物に何が起こり、何を思ったのかはカトレアもよく知らないとのことだった。


「だが、今回の学園祭で——」

「おれの話でしょうか」


 カトレアの言葉を遮り、背後から気怠げな声が届く。振り向くと、そこには長髪の男が立っていた。伸ばし放題の髪の毛は黒と金色でまばらになっており、くすんだ肌はどこか青白い。黒い眼の下には、あからさまなが浮かんでいた。


「君は……!」


 面食らったように眼を丸くすると、カトレアは男に歩み寄って声を掛けた。案の定と言うべきか、この男性が件の三年生らしい。


「初めまして、カトレアと言う。話は聞いていたよ。……もう大丈夫なのか?」

「いえ。已むを得ず、仕方なく出てきました」


 カトレアにそっけなく対応した男は、その場の二人に向けてこれまたそっけなく、無愛想に名乗った。


「対魔科三年、"セルヴィン・マイルズ"」


 男……セルヴィンは、そのままツカツカとヒューズの前に歩いて行く。いざ正面に立つと、かなり背が高い。頭一つ分は上の背丈だ。気圧されながらも、ヒューズは背筋を正して新たな先輩に向き直った。


「オマエが後輩か。……ロックな髪色だな」

「ろ、ロック? ええと、あなたこそ?」


 白髪に着目されるのは慣れっこだが、「ロック」というのは初の感想だ。髪で言えばセルヴィンの方が余程奇抜である。褒め言葉だろうか、と軽く返すと、セルヴィンは一瞬硬直して、小声で言った。


「…………ひょっとして悪口か?」

「なぜ!?」


 ヒューズは一瞬で理解した。このセルヴィンという先輩はロシェと同ベクトルの人物だ。


「名前は」

「ヒューズです。ヒューズ・シックザール」

「良い名だな。よろしく頼む、………白髪の後輩」

「名前を聞いた意味は!?」


 付け加えるならば、彼女より数段面倒な人格を持ち合わせているらしい。冷や汗をかきながら応対するヒューズを尻目に、当のセルヴィンはぼんやりと息を吐いていた。


「おれも試合に出る」

「そうなんですね。じゃあ戦うことになるかもしれない。俺も負けませんよ」

「負けない…………それは挑発か?」


 違います、と半ば呆れたように答えると、セルヴィンはまた硬直しながら口元を曲げ、無言でカトレアに向き直った。側から見ていたカトレアも、セルヴィンの言動に多少当惑しているようだった。


「しばらく第三訓練場を使います。それだけ報告しに来ました」

「わかった。入らない方がいいか?」

「ええ。感覚を取り戻したい」


 カトレアからの許可を得ると、セルヴィンは軽く頭を下げてからのそのそと歩き去って行った。まさか、もう深夜に差し掛かろうというこの時間に訓練場を使うつもりなのか、と困惑していたが、本人はそんな視線など意にも介さない。そのまま廊下の角を曲がり、見えなくなった。


「……仲良くやれそうか?」

「ううん……なんとも……」


 気まずそうに言葉を濁らせながら、二人は苦笑いを浮かべるのだった。

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