第17話 これからの話

『次はないぞ』

『ブレンハイムさえ生きていれば』

『それを言うならハイトマンもだろう』

『つくづく期待外れな連中め』

『二年生はどうなっているのだ』

『所詮この程度ということだ』

『怒りを向けるなら第二世代の鈍間共に』

『奴らが不甲斐ないせいだぞ』

『だから私は最初から第三式の調整をしろと』

『第三が件の怪物に負けたという話をしてるんだ』

『吸血鬼はどうする』

『一年の調整はどうなっている』

『あれが役に立たんなら手詰まりだ』

『人手が足りん』

『いい加減三年の引き篭もりを引き摺り出せ』


 ——組織の裏側は、怨嗟に塗れていた。





「…………ふう」


 とある扉の前で、カトレアが物憂げに息を吐いた。生徒たちに見せていた気丈な態度とは一転、少しやつれたようにも見える。視線の先では老人を中心としたスーツ姿の人々が歩いており、彼女がそれらと距離を置いたことが窺えた。


「大丈夫ですか」

「心配ないよ。すまない、ロシェ」


 隣で控えめに声を掛けたロシェに微笑を返す。二人はちょうど上層部の会議を終えたところだった。ノルノンドでの一件、黒い怪物の存在、吸血鬼の攻撃と通信……喫緊の議題に加え、対魔科の生徒に対する議論も行われた。特に調査において被害を出したことで、カトレアはひどく非難を浴びていた。


「自分のことより、私は君の方が心配だ。戦力を大幅に失った今、君の戦力価値は益々上がる。……それに伴い、理不尽な圧も増えるだろう」

「問題ないです。"上の言葉はのんびり聞き流せ"とジンに言われているので」


 ロシェは相も変わらず無表情を貫いている。が、言葉の棘が上層部への反感を表していた。それに同調するように微笑むと、カトレアは自嘲気味に俯いてまた言った。


「フフ、確かにあの人はそんな態度だった。……しかし、この体制では退魔師の体系は錆び付いてしまうだろうな。異能力者を使い捨ての道具としか見ていない、上の思考では……」


 アステリアは国に連なる機関だ。故に、元締めは退魔師どころか能力者ですらない。ここはあくまで「異能力者を管理する」組織であり、「異能力者のための」組織ではないのだ。双方に歪みが生まれるのも必然と言えた。


「私ができるのは、彼らを導くことだけだ。ノエルのような新星が、きっと光をもたらしてくれる」


 暗い表情をぐっと抑え、口角を上げて言う。「もちろん君もその一人だ」とロシェに向けて付け加えて、カトレアは左手で彼女の背を押した。


「……上層部の思惑はともかく、今日の会議では前向きなことも決まりました」


 総括するように間を置いて、ロシェは返した。


「あの子たちは、特に。喜ぶと思いますよ」


 その言葉に、カトレアは深く頷くのだった。


 * * *


「会議?」

「そう、作戦会議!」


 一方訓練場では、マリーが意気揚々と提案を掲げていた。きょとんとする他四人に対し、マリーは語調を緩めながら続ける。


「私ね、あの怪物に何もできなかったのが悔しい。ジン先生に誓ったことを失いかけたのが悔しい。だから、もっと強くなりたい」


 森の作戦は、黒い果実を光の異能で撃ち落とせば問題なく終了するはずだった。考えようのないイレギュラーだったとはいえ、マリーとしては負い目を感じる部分もあるのだろう。


「そこで! これから私たちが強くなる方法、そしてあの怪物に勝つ方法をみんなで考えたいの!」


 高らかな宣言に、ヒューズたちは当然といった具合に頷いた。特段否定する理由もない。しかし、唯一控えめに異議を立てるものがあった。

 フェリシアが、青い瞳を物憂げに揺らしながら手を挙げているのだ。


「あ、あの……マリーさんの気持ちはとてもよく分かります。でも、療養もしっかりして欲しいんです。ロシェさんも心配してましたし」

「むむ……」

「兄ちゃんもマリーさんも、無茶だけは……」


 病室で言われていたこともあり、フェリシアの主張自体はもっともだ。心配する理由も痛いほど分かる。マリーは一瞬悩んでからふと顔を上げると、「ヒューズも療養が必要なの?」と聞いた。そういえば、体のことをまだ話していなかった。マリーの状態も気になるところだ。


「俺はその、ちょっと後遺症が残ってるらしくて。マリーはどうなんだ?」

「私は〜……よくわからないんだけど、体内のエネルギー循環が不自然になってるんだって。ロシェさんが診てくれたの」


 首を傾げるヒューズに、マリーはロシェに受けた説明を辿々たどたどしく話し始めた。


 ロシェ曰く、異能力者の体には総じて、異能の源となる特殊なエネルギーが存在するらしい。それには血液と同じように正常な拍動と流れが決まっているのだが、ロシェの天眼で観測したところ、マリーのエネルギーが途中で消失したり、急増したりとかなり不安定に映ったそうだ。"理屈の通じない異能のこと、自分の眼がおかしい可能性も十分ある"。ロシェはそう語ったが、やはり経過観察は必要だった。


「異能の調子が悪いのもそれが原因だと思う。でも体は元気だよ? 組手にも付き合えるし」


 確かに訓練場を訪れた時のフレッドとの手合わせには、目立った不調が見られなかった。今の顔も健康そのもの、強がっている様子もない。


 笑顔で健康をアピールした後、マリーは渋るフェリシアに説得を続けた。


「今、うまく異能が出ない状態であえて異能の特訓をしたらさ。調子が戻ったときにはもっとずっと強くなってるんじゃないかな!」

「うーん……」

「そのためにもフェリシアちゃんの協力が欲しいの。私たちの身体のケアをしてくれる、マネージャーさんとして!」

「ううん……ん、えっ?」


 唐突な要請に頓狂な声を上げるフェリシア。それを受けて、黙っていたフレッドも愉快そうに「そりゃいいや」と後押しを始めた。


「僕からもお願いするよ。君さえ良ければ」

「フェリシアが付いてくれれば、俺たちの無茶にも線引きができる。療養が要るかどうかの判断もフェリシアが下せる。うん、俺も賛成」


 レインとヒューズも続く。こうも突然風向きが変わるとはフェリシアも予想していなかっただろう。しばらく狼狽えていたが、呼吸を落ち着かせてから「仕方がない」といった具合にこう返答した。

 

「……わ、わかりました。お役に立てるなら」


「でも、本当に無茶はダメですからね!」と念押しするフェリシアだったが、その顔はどこかほころんでいた。兄だけではなく、心を許した仲間たちの力になれることが嬉しいのだろう。押しに弱いところも含め、良く似た兄妹だった。


「あとは、カトレア先生にも協力してほしいな。あとルークくんに、できればロシェさんも」

「ルーク? アイツもか?」


 指折り数えるマリーに対し、フレッドが怪訝そうに問い掛ける。森の一件だけでは、彼がルークに良い印象を持たないのも道理だろう。


「いや、ルークくんは多分役に立つよ」

「なんでだよ?」

「強かったから」


 間に入ったレインのあっさりとした発言に、フレッドが驚愕する。ヒューズも同様だった。


「少し無理を言って手合わせしたんだけど、純粋な体術ならフレッドくんと同等かそれ以上だ。異能は頑なに出さなかったから底も知れないね」

「ただのビビりにしか見えなかったけどなァ……」


 そうして人物の話を進め、ようやく本題である「強くなる方法」について話し始めようとした、その時。ギギ、と音を立てて、重厚な鉄扉がゆっくりと開くのが目に入った。


 そこから現れたのはカトレアだ。右の袖をはためかせ、凛とした貫禄を漂わせている。彼女はヒューズたちの姿を確認すると、こちらに早足で歩み寄ってきた。


「揃っていたか。ちょうどよかった」

「カトレア先生! 頼みたいことが……」

「先生は付けなくていい。まあ待て、まず私の話から聞いてくれ。すぐ終わる連絡だ」


 マリーの言葉を遮り、続ける。

 カトレアの口振りからはどこか楽しげな、朗報を伝えるような高揚が滲んでいるようだった。


「今年の『学園祭』。対魔科も参加できるそうだ」


 学園祭。聞き慣れない言葉に、ある者は疑問符を浮かべ、またある者は目を爛々と輝かせていた。

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