館の恋愛攻防戦

「相変わらず——」

「でっかいなぁ……」


 ノルノンドの街。美しい赤レンガの建物群の中、一際高い場所にそびえる館——マリーの生家、アイオライト家に到着した一行は、それを見上げながらしみじみと口にした。


「この家……城? これっていつ頃造られたものなんだ?」

「うーん、どうなんだろう? 家の始まりが七百年前くらいらしいから、もしかしたらその辺りかも。何回も改築はされてたみたいだけどね」

「七百年!? 全然想像付かないな……」


 そういった時間感覚に疎いヒューズも、これが凄まじい歴史だということは分かる。下手をすれば公的な教科書に載っていそうな程だ。ごく身近にそういった名家の末裔がいるとなれば、歴史について学んでみるのも悪くない。旅行中に書物を拝借するのも一考の価値ありだろう。


 そんなことを考えながら門をくぐりエントランスに入ると、使用人が出迎えるより先に白髪の少女が飛び出してきた。フェリシアだ。モノクロを基調としたメイド服を可憐に纏っている。フェリシアは服に着られているようなぎこちない足取りで、ヒューズの目前まで進んでいた。


「兄ちゃん!」

「フェリシア! 元気だったか?」

「うん。みんないい人ばっかりで毎日が楽しくて」


 フェリシアとはおよそ一ヶ月ぶりの再会だ。七年に比べればなんでもない時間なのだが、気の逸りは止められない。フェリシアもそれは同じだったようで、ヒューズが頭に手をやると、心底嬉しそうに体を揺らしていた。


「久しぶり、フェリシアちゃん!」

「やあ。変わりなさそうで何よりだよ」

「マリーさん、レインさん。お久しぶりです」


 二人とも笑顔で挨拶を済ませ、軽い世間話を交わす。内気なフェリシアも、アステリアでの生活を経てすっかりマリーたちと打ち解けていた。


 ——そんな微笑ましい空気の中、一人だけ岩石のように硬直している人物がいた。


「……む……むぐ……」

「……? フレッド、さん?」


 フレッドはフェリシアを睨みつけ、筋肉に凄まじい力を込めて身を固めている。しきりに口をもごもごと動かすのだが一向に言葉は出ない。フェリシアが怯えるように表情を曇らせていくのを見て、レインは「見てられない」とフレッドの首筋をつねった。


「痛えッ、何すんだよ!」

「シャキッとしなよフレッドくん! ここ一番で固まってどうするのさ!」

「ぐ……う……!」


 小声で話し込む二人の姿は不審者そのものだ。マリーはちっとも気にしていないようだったが、ヒューズは違う。近頃二人の様子がおかしいことに不信感を募らせているのだ。訝しげに声をかけると、凄まじい速度でレインに阻まれた。


「どうしたんだ二人と——」

「ああいや! なんでもないよヒューズくん!」

「なんでもないってことはないだろ。フレッドの顔色も変だしさ。なんだか真っ青なのか真っ赤なのか分からなくなってるぞ」


 その言葉を聞いて、レインの目線が一瞬泳いだのをヒューズは見逃さなかった。


 何かがおかしい。そうは思いつつも、肝心の理由は全く思い当たらなかった。二人が何かを企んでいるというよりも、フレッドの異変をレインが必死に取り繕っているように見える。なぜレインが庇うのか? 何を庇っているのか? ノルノンド旅行と関係があるのか? そう考えを巡らせても答えは出ない。まさか妹に告白しようとしているなど、微塵たりとも考えついていなかった。


「具合が悪いなら使用人さんを呼んできましょうか? わたしの異能だと病気は治せないので……」

「本当になんでもないんだ。フレッドくんが変になることなんて日常茶飯事さ。ね、ヒューズくん」

「そ、そうか? 確かにいつも変っちゃ変だけど」


 妙に納得する理屈で丸め込まれ、その場は流された。レインも必死だ。使い物にならないフレッドを巧く誘導し、ヒューズの洞察力を掻い潜らなければならないのだ。幸いヒューズの恋愛に対する勘が絶望的に鈍いことでことなきを得ているが、怪しまれていることには変わりない。


 そんな攻防に全く気付かず、マリーが思い出したようにポーチから小包を取り出した。他の追随を許さない無干渉っぷりに、レインは感謝しながらも「この娘に気付かれた時が最後だね」と警戒していた。


「フェリシアちゃん、これ!私たちからのプレゼントだよ! 色々助けてもらったお礼ってことで!」

「そ、そんなお礼だなんて。……でも、嬉しいです。あの、開けてみてもいいですか?」


 四人で用意したプレゼントを受け取ると、フェリシアはちらちらとこちらの様子を伺いながら包みを開け、中身を取り出した。


「わぁ、かわいい……!」


 パステルカラーに花の装飾をあしらったエプロンを手に、フェリシアは穏やかに笑った。ヒューズの知る好みを元に、マリーが主導となって選んだものだ。レインとフレッドも熱心に関わったのは言うまでもない。


「ありがとうございます。大切にしますね」

「うん、喜んでもらえてよかった!」


 フェリシアはエプロンを抱えながらぺこぺことお辞儀をすると、何度も「ありがとうございます」と口にして微笑んだ。四人も釣られて笑みを返し、和やかな雰囲気のまま話に区切りがついた。




 時刻は丁度正午を回り、それぞれに用意された部屋に荷物を下ろして再びエントランスに戻ったところで、フェリシアが時計を見ながら口を開いた。


「そうだ、兄ちゃん。お昼は外で食べてくるの? ちょうど料理のお手伝いがあるんだけど……」

「あー、決めてなかったな。どうする?」

「……! 折角なら、僕たちでご飯を作らないかい? 厨房を借りて、皆で楽しくさ」


 レインが上げた刹那的な提案に対し、その場の全員が好意的に賛成した。今まで料理を楽しむ機会など一度もなかったのだ。旅行としてノルノンドの名産品を食べ歩くのもいいが、こうした取り組みも十分魅力的だった。


「いいね、許可も貰えると思うよ! ……でも意外だなあ、レインちゃんがそんな提案するなんて」

「あー……いや、僕も皆との時間を楽しみたいからね。キャンプみたいで楽しそうだし」


 マリーの純粋な疑問をかわすと、レインはフレッドに密かに目配せした。フレッドの口数が異様に少ないのは緊張のせいだ。このままでは何の進展もなく、を贈ることもなく旅行が終わってしまう。これは咄嗟のフォローでもあった。


「機会は作ったからね。君ががんばらなきゃ、僕のお膳立ても全部水の泡になるんだから」

「口が思ったように動いてくれねえんだよ……前はここまで緊張しなかってのに、情けねえ……」

「メイド服に見惚れてるからそうなるんだよ。ほら、意地を見せるんだ!」


 こそこそと背を向けて話す二人を、ヒューズはまた訝しげに見つめている。聞き耳を立てても断片的な内容しか聞き取れず、肝心の目的がわからない。むず痒そうに顔をしかめていると、マリーが楽しげに顔を覗かせた。


「どうかした?」

「いや、レインとフレッドの様子がおかしいんだ。二人してこそこそ、何か企んでるみたいでさ……」

「んー、言われてみればそうかも?」

「マリーは何か心当たりないか?」


 長期間魔族との戦いに関わらなくなったことで、マリーの穏やかな少女らしい気性には更に磨きがかかったように思える。観察眼には期待できないと思っていたが、「そうだなあ」とマリーが口にした言葉は想像だにしないものだった。


「フレッドの恋愛相談をレインちゃんが受けてあげてる、とかじゃない? レインちゃんって意外と面倒見がいいところあるからさ」

「恋愛相談? フレッドが? 誰について?」

「そりゃあフェリシアちゃんでしょ?」

「はぇ?」


 鋭い考察に、ヒューズは間の抜けた声を漏らした。


 フレッドがフェリシアのことを好いている。

 好意的に見ていることは以前の会話から分かっていたが、あれはあくまで冗談のうちだったはずだ。人としての魅力の話であって、恋愛がどう、という段階とは思えない。しかし、告白のために動いていると考えれば二人の怪しさにも納得がいく。しかしそうとは思えない。しかし——


「…………」

「ヒューズ? おーい?」


 ヒューズは硬直したのち、考えるのをやめた。


「……いや、まさかな! あのフレッドに限ってそんな! ないない! ありえないって!」

「ひゅ、ヒューズ? 壊れちゃった?」

「冗談キツイよマリー! さ、厨房に行こう!」


 ヒューズは明らかに無理をした笑い声を上げ、マリーを連れて歩き出した。フレッドたちも後に続く。渦中の人であるフェリシアは、兄たちの思惑に全く気付いていない様子だった。


(……冗談の……はずだ、きっと……)


 決着が付くのは、まだ先の話だ。

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