白色兄妹の得意技
「昼食を自分たちで作ろう」というレインの提案のもと、ヒューズたちは屋敷の厨房にやって来た。
きちんと料理服を着た上で、衛生面に気を遣うように、と料理長に言い付けられた五人は、皆慣れない服装に苦戦しつつもそれを楽しんでいる。何より、眼に飛び込んできた一流レストランさながらの光景に目を輝かせていた。
「おお……広い!」
「流石というか、規格外だね。出てくる料理が美味しいわけだ」
「アイオライト家自慢の厨房だからね! 食材もたくさんあるから好きに使っていいと思うよ」
巨大な冷蔵庫を開けてみると、ありとあらゆる肉に野菜、魚、果物に至るまでの食材が几帳面に区分けされて入っている。これだけあれば大抵の料理は作れてしまうだろう。ヒューズは思わず胸を高鳴らせた。
「さて、なにを作ろうかな?」
「メインとデザートで二手に分かれた方が良いんじゃないか? 五人だとやりづらいし」
「……! ナイスアイデアだね、ヒューズくん」
ヒューズの提案に、レインは即座に同意した。「二手に分かれる」というのはフレッドとフェリシアを近付かせ、逆にヒューズを遠ざけるまたとないチャンスだ。
「俺はメインに回ろうかな。デザートはフェリシアに任せておけば間違いないだろうし」
「フェリシアちゃん、お料理得意なの?」
「得意かはわからないけれど、好きです。お休みの日はよくお菓子を作ったりしてて」
目論見通り、ヒューズとフェリシアが分断された。レインがフレッドの方に目をやると、流石のフレッドも状況を察していたようで、少し強張った面持ちでずい、と身を乗り出した。
「……俺はデザート作りに回るぜ」
「フレッドが?」
「なんだよ、悪いか?」
ヒューズが訝しげに問う。そのまましばらく両者とも険しい顔で固まっていたが、何を考えたのかヒューズは「別に悪かないよ」と口にしてレインに向き直った。
「……レイン、フェリシアに付いてあげてくれ。二人きりだと色々心配になるからさ……」
「メインが二人だけになるけど大丈夫かい?」
「ああ。俺も多少料理はできるし、マリーも割と料理はするらしいし。何かあったらまた頼るよ」
後ろでマリーが「任せといて!」と笑う。ドジな面に心配は残るものの、名家の娘ともなれば料理の心得もあるだろう。そうして組分けは完了した。
(……フェリシアにアプローチするつもりならここで動くはずだ。俺は自分の眼で見極めるぞ……!)
その裏に、フェリシアの兄としての慎重な思惑があったことは言うまでもない。
それはそれとして、ヒューズは料理が好きだった。学園に来てからは一切する機会がなかったが、こうして上等な設備を見ると身が震えてくる。勿論期待と喜びでだ。
マリーと共に、早速準備にかかることにした。
「よーし! なに作ろうか?」
「シチューはどうだろう。失敗しづらいし」
「シチューかあ、賛成! 変わった食材を入れてもある程度安定しそうだしね!」
冷蔵庫を覗き、二人で相談しながら食材を選んでいく。手に取るものがことごとく最高級品で使うのを躊躇ってしまうが、マリーが「気にしなくていいよ〜」とのんびりした顔で言うので、ヒューズは意を決して好きなものを選び取った。
肉や野菜を並べ、手分けしながら順序良く切っていく。握るナイフも手に馴染む上切れ味が良く、作業を進めるうちに思わず鼻唄が漏れてしまっていた。
「ヒューズ、手際いいね……切り方が丁寧なのに素早いし、全部均等になってる……」
「均等じゃない方が良い時もあるけどな。料理は小さい頃母さんにみっちり仕込まれてさ、おかげで結構自信あるんだ」
ヒューズの母親は故郷では一番の料理上手で、その料理が毎日の楽しみだった。医者の父と同様に母に憧れ、将来は医者か料理人か、と幼心に思い描いていたのを覚えている。
(それよりも……)
手を動かしつつ、フェリシアの方に目をやる。
「わたしたちはプリンを作りましょうか」
「ぷ……ぷりん?」
「え?」
「ぷりんってなんだ?」
「ええと……プリンっていうのは……」
フェリシアとフレッドがなにやら珍妙な会話をし、それをレインが暖かな眼差しで見つめている。今のところ恋愛がどうという素振りはない。
「…………」
「ちょちょちょ、ヒューズ! 切りすぎ! 微塵切りみたいになっちゃってるよ!」
「——はっ!? うわっ、ごめん!」
観察——というよりは監視——に熱を込めすぎたせいか、マリーに声を掛けられた時には目の前の野菜は見事に粉々になっていた。
「どうするのこれ? 一緒に煮込んじゃう?」
「あー……そうそう! ペースト状にすればむしろコクが出て美味しくなると思うぞ。うん」
「へぇ〜っ、そういう狙いがあったんだね!」
なんとか誤魔化しつつ、料理と監視を両立させる。マリーのサポートもあり、料理自体はスムーズに完成させられそうだ。
「なあ。何か俺に手伝えることはねえか?」
「じゃあ、そのお鍋に火をつけてから、加減を見ててくれませんか? 湯煎をするので……」
「火をつける……こうかッ!」
「うわあっ、フレッドくん! 鍋を燃やすんじゃなくてコンロに点火するんだよ!」
あちらはあちらで大変なことになっているようだが、フェリシアは楽しそうだった。フレッドに言い寄られたり、何か危険なことをされる様子はない。「それならとりあえずはいいか」と、ヒューズは安心して料理を進めていくのだった。
* * *
「——それじゃ、食べようか!」
調理が終了し、五人は食卓に皿を並べて席に着いた。完成したシチューにバゲットを供え付け、フェリシアたちが作ったプリンが机の端で慎しげに主張している。献立自体はささやかだが、美味しそうな香りが辺りに立ち込めていた。
「んー……美味しい! すごいよヒューズ、アステリアの学食より……いや、うちで出る料理より美味しい!」
「いやあ、食材が良かったんだよ。それにほら、マリーも手伝ってくれたし」
いつかの食事のように、シチューとバゲットを一瞬で食い尽くしたマリーは、満面の笑みで感想を語り、「おかわり貰ってもいいかな?」とも口にした。作った側からすればこれ以上ない称賛の言葉だ。
「兄ちゃんの料理なんていつぶりだろう。昔よりもっと美味しくなってる気がするなあ」
フェリシアも満足そうに言う。レインも同じように称賛し、フレッドは表情こそ変えなかったものの、食べる勢いが「気に入った」と雄弁に語っていた。
そうして皆が食べ終わってから、用意されたデザートへと移る。調理過程で様々なトラブルはあったようだが、滑らかな形に仕上がっている。一口食べて、皆一斉に「美味しい」と声を上げた。
「僕らがほとんど戦力にならなかったから心配だったけど、すごく美味しいよ。フェリシアの腕は確かだったってわけだ」
「僕ら? レインも戦力にならなかったのか?」
「ああ……実は料理は苦手でね。だからこのプリンは殆どフェリシアの作品だよ」
皆の反応に照れ臭そうに頰を赤らめながら、フェリシアが頭に手をやる。そしてまだ反応を示さないフレッドの方を向くと、恐る恐る、と言った具合に声を掛けた。
「フレッドさんは、どうですか?」
「おう、めちゃくちゃうめえ! 最高!」
「えへへ、ならよかったです」
ヒューズに対してとはまるで真逆に、純粋な笑みを浮かべながら言うと、フェリシアも嬉しそうに笑った。ヒューズにとっては少し
が、その後に飛び出した言葉は話が別だった。
「マジで……その……俺に毎日作ってほしい!」
マリーが乙女の顔で瞳を輝かせ、レインは少し驚いてから頭を抱えた。そして、ヒューズは目を剥いて硬直した。「プロポーズ」の文言と良く似ていたからだ。フレッド本人としても、少ない知識で絞り出した口説き文句であった。
「あはは、毎日食べたら体に悪いですから、自分へのごほうびくらいに抑えた方がいいですよ?」
「え? あ、おう……」
しかし、当のフェリシアには届かなかった。
(それじゃ告白じゃなくてプロポーズだよフレッドくん……全然気付いてもらえてないし……)
レインは唖然とするフレッドを見つめながら「やれやれ」と息を吐いた。フェリシアの天然っぷりも今後強固な壁となってきそうだ。
「……! …………!?」
「ちょーっ、ヒューズ! 焦げてるよ! 雷でスプーンが焦げちゃってる!」
入り乱れた感情で思わず異能を解放してしまい、ばちん、と音を立ててスプーンが焼き焦げる。困惑したヒューズはかつてないほどに思考を乱されながらも、一つの結論を叩き出した。
(……間違いない! この旅行中、フレッドはフェリシアを口説こうとしてるんだ!)
全身から白雷を垂れ流しながら、ヒューズは思わず「どうしよう」と呟いていたのだった。
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