第40話 変幻を見ゆる

「意外だよ、ヒューズ・シックザール。君のことは"復讐鬼"という風に認識していたからな。てっきり激昂して襲いかかってくると思っていたのだが」


 姿を変えながら、セントールは嘲るような口振りで語り掛けた。一言一言に付随した手の動きが、神経を効果的に逆撫でしている。人心掌握ならお手の物、ということだろうか。ヒューズは不快そうに眉間にしわを寄せていたが、挑発には乗らなかった。


「対魔科、退魔師と言えど所詮は塵払い。人を殺すどころか向き合う度胸もないとは。それともなんだ、魔族殺し以外に生きる道は無かったかね?」

「…………」


 反論をすれば、更に効果的な反論を重ねてくるだけだろう。諜報科主任……情報戦のエキスパートに付き合うだけ無駄だ。ヒューズにできるのは、相手の変身先を静かに見定めることだけだった。


「うだうだ言ってねえで早くかかってこいよ。いつまで体ウネウネさせてんだ気持ち悪い」

「これは辛辣だな。では、こういうのはどうだ」


 不定形に蠢いていた身体が、ようやく人の姿へと変貌する。それは、二人のよく知った人物だった。長い黒髪を一つに束ねた、制服姿の少女——レインの姿だ。凛とした眼には本来ある正義ではなく、明け透けな邪心が宿っていた。


「レインに……!」

「私の力は何も姿を真似るだけではない。レイン・ハイトマン。氷の異能力者。夕立の妹。——からな。こんなこともできる」


 セントールが、その姿のまま冷気をたなびかせる。徒手を下段に構えて走り出すのを見て、二人も迎撃の備えを取った。


「——"構成変質メタ・タラマウ・氷晶"」


 形成された原型通りの氷剣が、肌先を凍り付かせながら振り抜かれた。左右に分かれて躱した二人は、焦りの色を浮かべつつ異能を解放し、両側面から攻撃を放つ……と、その寸前。ヒューズの肌に両極を成すような熱が射した。


「"構成変質メタ・タラマウ・火炎"」


 既に冷気はない。目の前にあったのは、滾る炎だ。あの悠々とした速度から一転、セントールは一瞬でフレッドの姿に変貌を遂げていた。

 突如として変わった攻撃パターンに、ヒューズの切り替えは追い付かなかった。薙ぎの炎に煽られ、されるがままに床と衝突した。


「ぐっ、……! フレッド、避けろッ!」

「"構成変質メタ・タラマウ・雷電"」


 フレッドの炎がセントールの皮膚を焼くが、まるで堪えていない。考えてみれば当然だろう、「自分の異能」で傷を負っていては戦闘にならないのだから。

 炎を吸い取るように掻き消し、残り火の中でセントールが嗤い、変わる。ヒューズの碧眼で嘲りながら、雷を纏った拳が腹部に突き刺さった。


「うお、ぉ……!」

「仲間の異能を浴びる気分はどうだ? ……ああ、君は経験したばかりか。驚きも半減だな?」


 稲妻がフレッドを刺し、途端に全身の力が抜ける。フレッドには経験があった。雷による筋肉の弛緩だ。緩んだ体を無理やりに動かそうとしたが、当然そこには隙が生じる。セントールは迷わず止めを刺しにかかった。


「"構成変質メタ・タラマウ・陽光"」


 マリーに変身し、素早く右手を引く。柔らかな手のひらに焦熱の光球が浮かび、そのままフレッドの頭部に向けて迫った。

 同時に、ヒューズが床で翻り、亀裂を生むほどの勢いで駆けた。音に届くかという速度で攻撃を止めにかかる。雷の乱線が軌跡として描かれていた。


「落ちろ、"嵐結アルゲス"!」

「"陽華ソーリエ"」


 光の掌底が落雷に阻まれ、一帯が凄まじい衝撃と眩みに包まれる。マリーの異能と対峙するのは今日だけでも二度目になるが、今回は明確な「敵」だ。力の入り方が違う。止めるための雷ではなく、敵を討つための全力の雷で迎え撃った。

 爆裂と共に双方が押し戻され、再び間合いが開く。フレッドも強引に弛緩を解き、不機嫌そうに地面を踏み鳴らしながら立ち上がった。


「なんだよこの異能ッ、無茶苦茶じゃねえか! 他人の異能まで使い放題だと!?」

「落ち着け、強力だけど手も足も出ないわけじゃない。一度に使える異能は多分一つだけだ」

「なんで分かんだよ?」

「全身の変化と一セットなんだ。だから変身途中で異能を出さないし、部分的な変身も試さない。あくまで相手が一人なら、手数の分こっちが有利だ!」


 むしろ、異能の同時使用が可能なら勝ち目がない。何も使えるのが一年生四人のものだけということはないだろう。知識のない異能もあるはずだ。無限の力が無限の組み合わせで襲って来たら、それこそ対応不可能だ。しかしあくまで「一つずつ」ならば、いくらでも戦いようはある。

 問題は切り替えの速さだ。変身の隙を突ければいいが、あの速さだとそれも難しい。どう倒すべきか、ヒューズは冷静に頭を回した。


「よく見ている。やたらと思考を巡らされるのも厄介かもしれないな」


 セントールが姿を崩し、再びレインに変身する。しかし向かってくることはせず、氷の槍を創り出したかと思うとすぐに別の人物へと切り替えた。ヒューズの姿だ。残留した槍に電流を走らせ、白く発光する雷の槍を完成させていた。


「情報を統べてこその「諜報」。貴様らの浅知恵など全て把握している。せいぜい自身の技を味わい尽くすといい」


 本物と寸分違わぬエネルギー、膨大な雷と冷気を秘めたそれが、投擲の態勢に移される。空気が揺れていた。神経細胞の一つ一つが危険だと指し示している。しかし、それを見て二人は少しだけ笑っていた。

 これならば勝機はある。そう思った。


「フレッド」

「おう」


 ヒューズが走り出し、フレッドがその真後ろに着いて追いかける。その視線は槍の先に向き、闘気と確信の篭った光を帯びていた。


「正面から挑むか? それもいいだろう。砕けろ」

「砕け散るのは……お前の方だ!」


 セントールが脚を踏み切り、ヒューズの「流槍」を殺意を込めて投げ飛ばした。自分の技をこうして見るのは初めてだ。「自分の異能で傷付かない」というのはこの場合は訳が違う。レインの力を最大限まで引き出し、それに沿って放たれるのがこの技だ。このまま受ければ致命傷となる。

 ヒューズは飛来する槍に喰らいつくように跳び上がり——それを、側面から掴み取った。


「なに……!?」

「リサーチ不足だ、セントール! 俺たちがどういう戦いをしてきたか、お前は全く分かってない!」


 槍の勢力に押され、右手の皮が痛々しく剥けた。だが、それすらも好ましかった。勢いを殺すように空中で回れば、もう主導権はこちらのものだ。改めて自分の雷撃を上乗せし、大きく身体をしならせた。

 走っていたフレッドもヒューズの位置が整うと共に火炎を備え、豪快に肩を引いた。


「——"流槍エンテルトリア"!」


 氷塊が先程とは比べ物にならないほど眩く輝き、彗星のように尾を引いて駆け抜ける。激しい雷と冷気、手に残る痛みを受けて、ヒューズはなぜだか懐かしさを覚えた。


 高速でセントールの元に届いた槍が、轟音と共に床を砕き割る。もうもうと上がった土煙の中で、よろよろと揺らめく影があった。


「トドメだ、燃え尽きろ!」


 フレッドが構えていた炎を投げ掛ける。舞い上がった無機質がその熱に次々と変質し、内様を地獄のように赤く照らした。


 崩れる瓦礫、弾ける雷撃、滾る炎熱。荒い息を落ち着かせる二人の耳に届いたのは、それらを掻き消すように響いた、硬い斬鉄の音だった。

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