第38話 目覚めの咆哮
炎と光の衝突に割って入ったのは、煌々と輝く雷だった。多重に湾曲した電撃の束が、炎を後押しするように弾け、暴れている。
「電撃野郎、お前……!」
「まだ終わってない、踏ん張れフレッド! 二人分の全力でようやく相殺だ!」
素早くフレッドの側についたヒューズが、全力で雷撃を投射する。目の前に迫る凄まじい熱量……味方として何度も見てきたマリーの異能を、心の底から恐ろしく思った。これは魔族の視点と同じだ。この力を敵に回すことの恐ろしさを、二人は身を以て実感していた。
「レインちゃん!」
「——"アドミールの剣"!」
マリー一人に集中していれば、当然もう一方がその隙を突いてくる。見知った戦法だった。
雷を放つヒューズの脳天に向けて、レインの氷剣が振り下ろされた。両手を塞がれ、異能も前方に放っている今、自力でそれを躱す方法はない。
だがこちらの手はもう一つある。光線を巧く飛び越えながら、ロシェが氷剣を側面から蹴り込んだ。
「ありがとうございます、先輩!」
「いいからマリーを止めなさい。こっちはなんとか間を保たせるから」
剣を弾かれたレインは未だ殺意を止めることなく冷気を放出し、ロシェを討とうと武器を創出した。
背後の戦いから眼を逸らし、マリーの対処に集中する。ヒューズの言葉通り、炎と雷が併さってなお拮抗している状態だ。このままマリーの体力が尽きるのを待つのが最善だが、その場合諜報科を動かしていた黒幕を倒す体力をも失いかねない。
ヒューズは仲間を信じることを決めた。
「——マリー! しっかりしろッ!」
マリーならば、これで目覚めてくれる筈だ。洗脳のメカニズムは分からないが、コレットの例を考慮すれば、「認識をすり替えられる」だけで「人形のように操られる」という訳ではない。つまり、何か刺激が加われば自力で洗脳を解除する可能性も十分にある。
マリーは四人の中でも抜きん出て温厚だ。それでいて精神力も申し分ない。彼女に命運を託し、ヒューズは叫び続けた。
「マリーっ!」
「早く眼ェ覚ませこのポケポケ頭! さもなきゃ死ぬぞ! お前の異能で! 俺らが死ぬぞ!」
意図を汲み取り、フレッドも叫ぶ。二人の声が一際強く共鳴した時、光の熱量がほんの少し弱まった。
「うー……!」
光の奥で、マリーの表情が曇っていた。違和感に気付き始めているのだ。徐々に弱まっていく光に合わせて、二人も異能の出力を調整した。元に戻しても吹き飛ばしてしまっては本末転倒だ。
そして数秒に渡った更なる呼び掛けで、光は完全に収束した。開けた視界の奥で、マリーが両手を構えたままパチパチとまじろいでいるのが見えた。
「あ……あれ? なんで二人に攻撃してたんだろ」
「よっしゃ、戻りやがった! これで——うお!」
マリーの復活に喜んだのも束の間、ロシェと交戦していたレインが、間髪入れずに氷の矢を飛ばしてきた。洗脳中であっても視野の広さは健在だ。
「何してるんだマリー、魔族はまだ倒れてない!」
「魔族? ……あっ、あああ思い出した! レインちゃん誤解だよ、おかしいの! ここには魔族なんていない!」
マリーが慌てふためきながら説得すると、レインも顔をしかめ、しばらく動きを止めてからはっと眼を見開いた。右手から滑り落ちた氷の剣が、目覚めを表すような高音を鳴らしていた。
「……やられた、僕はなんてことを……」
レインはそう言うと、深刻な表情で頭を下げた。洗脳が解けたのだろう。それに続くようにマリーも「ごめんなさい!」と謝罪した。今はそれどころではない、と特に咎めることもせず、ヒューズは手短に現状の説明をした。
* * *
「——で、同じように洗脳された諜報科が俺たちを狙ってる」
「諜報科か……あの催眠ガスも諜報科の仕業ってことだね」
「催眠ガス?」
「うん。部屋に居る時に眠らされたの。多分あのまま放って置いたら……あれ? そういえば、フェリシアちゃんは?」
「……! そうだよ、あいつ連れてかれたんだ! あの変態野郎に!」
情報を確認し合う中で、フレッドが叫んだ。本来真っ先に共有しなければならない事象だ。フレッドは自分の要領の悪さを呪い、憤りと共に熱を滾らせた。
方向は違えど、憤ったのはヒューズも同じだ。妹を連れ去られて黙っていられるはずもない。男が走り去ったのは、そのまま諜報棟に向かう道だ。
何を言うでもなく、ヒューズは修羅のような形相で廊下を駆け出した。
「あっ、ヒューズ!」
「俺が追いかける! 連れてかれたまま放っておけるかよ!」
後を追ってフレッドも走り出す。彼の胸中に渦巻く想いは、極めて複雑なものだった。男をみすみす取り逃がした責任、ヒューズ一人に任せておけないという意地、そして——自分でも理解できない、フェリシアの身を案ずる強い心。未経験の意思に突き動かされ、まさしく燃えるような勢いで追走した。
「マリー、僕らも……!」
「待って。私たちは私たちでやることがある。あっちは任せましょう」
「ロシェ先輩。……やることって?」
「撃退よ」
平坦な声に場の警戒心が強まる。それが幸いし、レインは空気の流れが微かに変わったことを察知した。部屋で眠らされた時と同じだ。咄嗟に「息を止めて」と指示を飛ばすと、二人もそれに倣って口に手をやった。
「むぐ……ん?」
口を閉じたマリーの足元に、ぬるりとした人肌の感覚が訪れた。妙に研ぎ澄まされた感覚だった。柔らかくもない、
その男が左手で脚を抑え、右で鋭利な短刀をマリーに突き刺そうとしているのだ。
「わああああッ!」
マリーがじたじたと足を動かす……よりも先に、ロシェが無表情で懐から拳銃を取り出し、男に向けて銃撃を放った。しかしその弾が男に当たることはなく、男は床もろとも物体をすり抜けて消えてしまった。
「あ、あれは……?」
「諜報科がまた襲ってきたの。透過の異能力者よ。対処法が掴めてないから気を付けてね」
「生徒に対して銃を使うのはマズいんじゃ……」
「散々迷惑被ってるんだから一、二発撃っても許容範囲内でしょう」
辺りに感じる気配は二つどころではない。ガスの発生源と透過の異能力者以外にも、諜報科の刺客が多く迫っているのだ。完全に囲まれていたが、姿が見えている分前よりは格段に戦いやすい。マリーとレインはこれまで役に立てていなかった分、ここで名誉を取り戻そうと気合を入れ直した。
「さ、頑張って眼を覚まさせましょう」
ロシェが黄金の瞳を輝かせ、ゆっくりと構えを取る。その思考の中で、背後を駆けて諜報棟に入っていく二人をずっと気に掛けていた。
(……その先にいるのが彼なら、きっと苦戦を強いられる)
あの先に騒動の黒幕がいることはほぼ確実と言っていい。そこにヒューズとフレッドを行かせるのは、その処理を二人に一任することに他ならない。本来上級生であるロシェが行くべきなのかもしれないが、ロシェは彼らの将来性に大きな期待を抱いていた。
『ノエルさんが死んだから、次は私が"ジン・ブレンハイムの後釜"って? 冗談はよして。私は彼ほど強くない。ましてあなたを超える度量もない』
『謙虚だなァ。ま、俺もそう易々と超えられるつもりはないけどよ。……いずれにせよ終わりは来る。後釜とは言わないが、誰かが新時代の担い手になる必要があるんだよ』
『……私はやらないわ』
『そうか。——じゃあ、育てる役に回るか? 今度入ってくる対魔科候補なんだが、これが中々粒揃いでな——』
(可愛い一年生。あなたたちがその担い手かもね)
いつかジンと交わした言葉を思い出しながら、ロシェは静かに笑った。
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