第6話 雷雨の冠

 ヒューズとレインの戦いは、依然としてレイン優勢のままだった。ヒューズの攻撃は鋭く、疾い。しかし、強固な盾と自在に飛び交う氷の刃の前では、その俊足でさえも隙を作るきっかけにはなり得ないのだ。


「く……!」

「息切れかい? まだまだここからだよ!」


 頭を回し、脚を回し、刃の雨を潜りながら時間を稼ぐ。今ヒューズが目指すのは「勝利」だ。そのためには、レインを打ち崩す策が要る。


 そんな二人を、息も凍るような空気の中でジンとフレッドが見つめている。フレッドは真剣に戦局を見定めながら、ジンに質問を振った。


「あの雪女。あいつはなんなんだ」

「ん?」

「身体能力なら白髪野郎のが上だ。異能の規模は張ってる。けど俺らとはなんか違うだろ」


 ジンはその問いにしばらく黙り込むと、そっけなく答えを返した。


「そりゃ経験だろ。たった一ヶ月の差だけどな。レインは一月前から、既に基礎訓練を受けてる」

「あぁ? たった一月で何が変わるってんだよ」

「変わるさ。それに、お前やヒューズと違って、あいつは。スラムの喧嘩殺法なんざ忘れた方がトクだぜ?」


 小馬鹿にするような言葉にフレッドは苦虫を噛み潰したような顔をすると、どっかりとその場で足を崩し、「くだらねェ」と吐き捨てた。


「……そろそろ飽きてきたよ。君に時間を与えるのも不味い気がするしね」


 レインが盾を小突くと、かつん、という音と共に氷が霧消し、白い靄へと姿を変えた。そして、その靄はさらに——


「"コーウィルの槍"」


 先端に美しく透き通った刀身を据えた、氷の長槍へと変貌した。


(……防御を解いた!)


 槍を見るなり、ヒューズは一気に身を翻し、レインに向けて突撃した。速度で上回る以上、相手に攻撃を当てるよりも相手の攻撃を躱す方が幾分か優位だ。接近戦ならやりようがある。


「上々ッ!」


 飛蝗のように、凄まじい勢いで跳躍する。それを見たレインは槍を構え、突き出すことなく、引いた。


「飛べ、咎人コーウィルの槍」


 冷華の一閃が光を屈げる。正面からの、氷槍の投擲であった。


「投げ……!」


 突槍と投槍では、根本的に間合いが違う。ヒューズの腹部に向けて、冷鋭な切先が迫っていた。


 一瞬のうちに、電気信号を介して思考が巡る。全力で神経に雷を滾らせれば、なんとか避け切れるだろうか? いや、戦闘不能にはならずとも、それなりの傷は負ってしまうだろう。かといって、正面から打ち破るほどの技の備えもない。

 しかし。千載一遇のチャンスなのだ。逃すわけにはいかない。出した答えは、非常にシンプルなものだった。


「っ、だああああッ!」


 ヒューズの体が、一瞬にして白雷に包まれる。鋒が肌を捉える前に、間一髪で身を捩り——そのまま、飛翔する槍を掴み取った。


「な……!」

「この槍! 借りるぞ!」


 掴んだ勢いで回転し、力任せに槍を振るう。その刃ではなく、持ち手に近い「柄」の部分。堅牢な氷の塊が、生みの主人の横腹を殴打した。


「うあっ……」


 弱々しい声を漏らしながら、レインが地面に転がる。予想外の一撃に目を張りながら、レインはヒューズの行動に賞賛の笑みを浮かべていた。


「っく、……無茶苦茶だな、ヒューズくん!」

「これでようやくおあいこだ。いい得物も手に入れたし……ここからは押して行くぞ!」


 氷槍を握り込むと、刺すような冷たさが掌に染み渡った。氷の盾に蹴り込んだ瞬間凍結されたのだから、槍も同等の冷気を秘めているのは当然だろう。

 しかし、どういうわけかヒューズは、痛みよりも槍に対する「手の馴染み」を感じていた。


 刀身に電気を走らせ、レインに向けて振りかぶる。レインもすかさず氷を造形し、槍を作って打ち合った。

 競り合う中、レインの身が僅かに震えた。氷を通じて伝わる電流が、微弱ではあるものの、着実に力を奪っているのだ。


「……厄介な、能力だね……!」


 レインは瞬時に間合いを図ると、ヒューズの持つ槍を最低限の接触で払い、足元へと押し退けた。武器は同じ、そして付加される異能の後押しがあるとはいえ、槍の技量には歴然とした差が存在する。ただ振り回すだけのヒューズの技では到底追い付かなかった。


「武器を取ったのはいいけど、槍を持ったことあるの?」

「いいや、一度もない!」


 払われた槍を、再び力任せに突き抜かんとする。当然、通じるはずもない。雷の付加も完全に対応され、形勢は二転、再びレインの元にあった。


「身体能力には目を見張るものがある。けど! 異能の使い方がおざなりだ!」


 立ち回るヒューズの足が唐突に止まる。氷の異能は、何も武器を作るだけのものではない。足を氷塊で繋ぎ止めるような、巧みな状況操作こそが真骨頂だ。

 そして、振り抜かれた氷の塊にヒューズは殴りつけられた。


「ぐあ……」


 刃を用いない、単純な質量による打撃。ヒューズの視界が暗転しかけるが、どうにか持ち堪えて足元の氷を砕き割った。結晶が反射する光が、レインの瞳に麗しく映り込んでいた。


「——反復、反復、反復……!」


 息も絶え絶えに、ヒューズがぶつぶつと復唱する。レインは訝しみながらも素早く槍を構え、決着を付けようと白い息を細く吐き出した。繊細な、それでいて鋭利な一撃がヒューズを仕留める……その瞬間。


「——こうか!」


 ヒューズは槍をくるりと翻し、レインの刀身へと押し当てると、これを足元へと押し払った。

 紛うことなき、数分前のであった。


「!」

「そうして、こうッ!」


 流麗な槍捌き。間隙を縫うような正確無比の一閃。

 これを切り切りで避けながら、レインはすぐに理解した。


「真似たのか、この一瞬で? 僕の技を……」

「昔からその場凌ぎは得意なんだ。……確かに、俺の技は稚拙だ。異能も、活かすんじゃなく『ただ付いてくるもの』として扱ってきた。向上させようと思ったこともなかった。だけど!」


 ヒューズの動きはますます向上していく。いや、正確にはレインに近付いているのだ。

 自分の動きを丸々沿われることへの動揺もあったのだろう、レインは一瞬の判断を誤り、槍の刀身を切り崩された。


「今、上等な手本が! 目の前にある!」


 この技術こそが、ヒューズが生来持つ発達した感覚神経、そして雷の異能による『神経加速』、愚直とも言える彼の精神性。それらが合わさって成る、ヒューズの得意技であった。


 槍を壊されたレインは、即座に氷の作製に移る。迫るヒューズに対処するために取り出したのは、不沈の氷壁であった。


「く……"ヴァーダンの盾"!」


 構えた盾を見るなりヒューズは突撃を止め、後ろへと切り返した。飛び退きながら後ろ手に引く槍に、眩い光を放つ雷霆が絡み付いてゆく。


「投槍……いや、これは……!」

「俺の雷は、流れ纏うもの! 行くぞ——!」


 持ち主の手から離れたにも関わらず、氷槍は冷気を増している。秘める力を全て引き摺り出されるように白い雷に包み込まれ、氷を核とした、新たな槍が生み出された。

 雷光の巻き付いた、荊のような光の槍。それが、渾身の力によって振り抜かれる。


「——"流槍エンテルトリア"!」


 音が飛び散り、閃光が空気を裂く。槍はまっすぐにレインの盾と衝突すると、その場全員の視界を奪って、破裂した。

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