第8話 アリジゴクと石ころ

 雲ひとつない青空。


 水色に塗装された金網のフェンス。


 年季の入った遊具たち。


 足元に広がる白くきめの細かい砂。


 いつの間にか、私は家の近所にある公園の砂場に立っていた。

 おかしいな、家の洗面所で赤い沼に沈んだはずだったのに。

 しかも、心なしか、視界がいつもより地面よりになっている気がする。

 これは一体、どういうことなのだろうか……


「こんにちは!」


 混乱していると、背後からほがらかな声が聞こえた。

 その声には、どこか、懐かしさを感じる。

 これは……まさか……


「わたし、神野ミナ! きのう、おひっこししてきたの!」


 恐る恐る振り返ると、半袖のパーカーを着てキュロットスカートをはいた女の子……幼い頃のミナが、屈託のない笑顔を浮かべていた。

 

 これは、間違い無く、私たちがはじめて出会った日の光景だ。


「キミのおなまえは?」


 戸惑っていると、ミナは笑顔のまま首を傾げた。


「……山本スバルだ」


「スバルだね! ねえ、いっしょにあそぼうよ!」


「でも……私、アリジゴクの観察とか、しなきゃいけないから」


 私は記憶しているとおりの言葉で、ミナの誘いを断った。

 我ながら、私は一体何をしていたのだろうか……

 友達がいなかったとはいえ、もっと他にすることがあったのではないだろうか?


「アリジゴクのかんさつ!? なにそれ、おもしろそう! わたしもいっしょにしていい!?」

 

 ……そして、ミナはミナで、なぜこんなにもアリジゴクの観察に食いついたのだろうか?


「……じゃあ、いっしょにしようか。まず、アリジゴクがどこにいるかさがそう」


「うん!」


 色々と脱力感が満載だが、ひとまず記憶のとおりミナと二人でアリジゴクを探しに行くことにした。

 きっと、もう、こんなふうにミナと一緒にいることは、できないのだから。

 せめて、思い出の中くらいは楽しむことにしよう。


 それから、私たちは公園の中を探し回り、ベンチの下にアリジゴクを見つけた。

 しゃがみ込んで覗くと、ちょうどアリがかかったところだった。

 アリは吸い込まれるように砂の窪みを滑り落ち、飛び出したアリジゴクに捕まって姿を消した。 


「ねー、スバル。このアリさんはどんな悪いことをしたの?」


 不意に、ミナがこちらに顔を向けて首を傾げた。


「悪いことをしたわけじゃなくて、ぐうぜん通りかかっただけだと思う」


「そっかー、そうなんだー」


 私が答えると、ミナは感心したようにコクコクと頷いた。


「ジゴクっていうから、悪いことをしたしたアリさんをこらしめてるのかと思ってたよー」


 ミナはそう言うと、視線をアリジゴクに戻した。


「幼稚園のせんせーも、こわいめにあうのは、わるい子だけだっていってたし」


 そう呟いたミナの顔は、どこか悲しそうだった。


「……べつに、悪いことをしてないのに、こわいめにあうことだって、あるだろ」


「……そっか! そうだよね!」


 私の答えに、ミナは少し間を置いてから屈託のない笑顔を浮かべた。

 私は、急に悲しそうに目を伏せたり、急に嬉しそうに笑ったりするミナに戸惑った。

 そうしていると……


「うわー! こんなところに、バケモノがいるー!」

「あっちに行け! バケモノ!」

「この町から出て行け! バケモノ!」

「バケモノがヒラヒラした服きて、きもちわりー!」


 ……罵声とともに、小石が飛んでくる。

 立ち上がって振り返ると、同い年くらいの男の子たちが、小石を片手にニヤニヤと笑っていた。

 あまり親しくはなかったが、何度か同じように罵声や小石を投げられた記憶がある。

 だから、多分、この近所に住んでいた子たちだったのだろう。


「え……バケモノ?」

 

 ミナは、男の子たちの言葉に首を傾げた。

 しかし、彼らの言葉に嘘はない。

 私にはヒトではない、もっと恐ろしいモノの血が流れている。

 それでも、自分からヒトに危害を加えることはしなかった。

 むしろ、ヒトの友達が欲しいとさえ思っていた。

 それでも、いつも青白い顔をして、ヒラヒラした服を着て、公園で一人遊びをしていた私は、ヒトから見たら異様なモノにしか見えなかったのだろう。

 

 異様なモノは追い払う。

 私だって同じことをすることになるのだから、彼らを責めることはできない。

 それに、これから先も同じような目に何度も遭うのだから。


 それでも、幼い頃は、バケモノ扱いされる度に悲しかった。

 

「ひどいことする子たちだねー……あれ、スバル?」


「ごめんね、よくあることだから」


 涙を堪えて答えると、ミナが大きな目を見開いていた。


「え!? よくあるって……あの子たち、いつもこんなことしてくるの!?」


「ああ。だから、今日はもうかえってくれ、私といっしょにいるとミナにも、めいわくがかかるから……」


「……」


 私の声を聞くと、ミナは無言で凜々しい表情を浮かべた。


「……ミナ?」


 そして、戸惑う私を置いて、男の子たちの方へ足音を立てながら向かって行った。

 男の子たちの前に辿り着くと、ミナは胸を膨らませながら大きく息を吸い込んだ。


「ちょっと、キミたち! お友だちに石なんかなげたら、いけないんだよ!」


 それから、大声で男の子たちを叱りつけた。


「べ、別に、アイツとは友達じゃないし!」

「そ、そうだ、そうだ! バケモノに石をなげて、なにがわるいんだよ!」

「アイツの家は、悪いことして金儲けしてるって母さんも言ってたんだ!」

「そ、それに、いつもヒラヒラした服着て生意気なんだぞ!」


 叱られた男の子たちは、怯みながらも不服そうな声で反論をした。

 たしかに、祖父が経営する会社は、昔から黒い噂が絶えない。

 それに、母の趣味でフリルやレースがあしらわれた服をよく着せられていた。

 だからといって、親しくもない近所の子たちに石を投げられるほどではないと思うが……

 

「だからって、石をなげていいわけないでしょ!」


 私が感じた理不尽さを代弁しながら、ミナは再び男の子たちを叱りつけた。

 たじろぐ男の子たちを前に、ミナは再び大きく息を吸い込んだ。

 そして……

 

「そういうわるい子のところにはね! こわいオバケが来るんだよ! パカッてなってたり、ベチャってなってたり、ボトボトしてたり、赤かったり、黒かったり、黄色かったり、あ、あとね、ときどき白かったりするのもいて、すごくこわいんだから! でも、こわくてないちゃっても、みんなしんじてくれないんだからね!」


 ……なんともよく分からないお説教を捲し立ててくれた。


「……なんか、わけわからないこと言い出したから、帰ろうぜ」

「そうだな」

「さんせい」

「うん、そうしよう」


 男の子たちは、脱力した表情を浮かべて公園から去って行った。


「あ! こらー! ちゃんとスバルにあやまりなさいよー!」


「あ……うん、そんなにふかおいしなくても、大丈夫だ」


 男の子たちを追いかけようとするミナの腕を掴んで引き留めた。

 そうすると、ミナは不服そうに唇をとがらせた。


「えー、でも、ああいう子たちには、ガツンと言ってやらないと!」


「いや……あいつらを追っ払ってくれただけでも、たすかったよ。ありがとう、ミナ」


 その言葉に嘘はなかった。

 それまで、私が誰かに危害を加えられていても、見て見ぬふりをするヤツらばかりだった。

 それなのに、ミナは私のために、あいつらを怒ってくれた。


「おともだちがこまってたら、助けるのはとうぜんだよ!」



 そして、屈託のない笑顔を浮かべながら、私のことを友達だと言ってくれた。



「え……ともだち?」


「うん! いっしょにあそんだんだから、もうともだちでしょ!」


 戸惑う私をよそに、ミナはさも当然といった様子で頷いた。


「でも、私バケモノだし……」


「そんなことないよ! オバケっていうのはね、もっと、こう、さっきもいったけど、べちゃっとしてたり、赤かったり、黄色かったり、黒かったり、あ、そうだ! たまに、むらさきだったりするよ! むらさきのときは、すごくくさいから、でてくると、うわーってなるんだ……あ、そうそう、それで、他にはね……」


 ミナは私の言葉を遮るように、再び言葉を捲し立てた。

 内容はサッパリ頭にはいって来なかったが、私のことをバケモノではないと言いたかったのだろう。

 それと……


「えーと……つまり、ミナは、オバケを見たことがあるのか?」


 私が問いかけると、ミナはビクッと身震いをした。

 そして、あからさまに目を泳がせた。

 ミナはしばらくの間たじろいでいたが、不意に深いため息をついた。


「うん、そうなんだ。でも、みんなしんじてくれなくて」


 ミナはそう言うと、再び深いため息を吐いた。


「せんせーにも、オバケはわるい子のところにしかこないから安心しなさいっていわれた。それでも、やっぱりオバケが見えるから……わたしわるい子なのかも」


 その言葉を聞いて、アリジゴクを見ているときにミナが悲しそうにしたり、私の言葉で嬉しそうに笑ったりした理由が分かった。

 ミナは、怪奇現象に遭遇するのは自分が悪いからだと、思い込んでいたようだ。


「……そんなことないと思う。さっきも言ったが、別になにも悪いことしてなくても、大変な目にあうことだってあるだろ」


 先ほどの私のように、という言葉は言ってはいけない気がした。

 私の場合、本当にバケモノなのだから、なにもしていないミナと一緒にしてはいけないだろう。


「そうなのかなぁ……」


 私の言葉に、ミナはどこか納得していない様子だった。


「……それに、たとえ悪いヤツだとしても、ミナは、はじめてできた大切なともだちだ。だから、ミナを怖がらせるようなオバケが出るなら、私がどうにかしよう」


 言葉を続けると、ミナはパチリと瞬きをした。

 それから私の顔を見つめ、屈託のない笑顔を浮かべた。



「……うん! ありがとう!」



 太陽の光を浴びているせいもあってか、ミナの笑顔は本当に輝いているように見えた。

 その様子は、ずっと見ていたいと思うほど、綺麗だった。


「ためしに、最近出てきたヤツについて、教えてくれ」


 こんな綺麗な笑顔を曇らせるヤツらは、絶対に許せない。

 だから、ミナを怖がらせるようなヤツは、私がなんとかしようとこのときに心にきめた。

 そして……


「えーとね、おとといのまえのまえのひ、えーと、さきおととい? あれ、ちがったかな? そのひにね、おともだちとすなばであそんでたの! あ、えーとね、幼稚園のすなばね! それで、幼稚園のみんなといっしょにあそべるのは、これがさいごだから、すごくさみしいなって思ってたのね。それで、みんなすなばにあきちゃったから、こんどはジャングルジムであそぼう、ってなったの。そしたら、ジャングルジムにかみのながい、おねえさんがぶらさがってて、きゃーっていいながら、みよ子せんせーのところにいったの、でも、みよ子せんせーはね、いつもニコニコしててやさしいせんせーなんだよ! それで、みよ子せんせーをつれてきたんだけど、おねえさんはもういなくなってて、みよ子せんせーは、オバケはわるい子のところにしかこないっていってね……」


 ……自分の浅はかさに、落胆したのだった。

 なんとかしようもなにも、まず、ミナの身に何が起こったのかさえ、理解できなかったのだ。

 

「ミナ、ちょっといいか?」


「うん! どうしたの!?」


「ごめん……どんなオバケが出てきたのか、サッパリわからなかった」


「そっかー……」


 私が正直な感想を伝えると、ミナは残念そうに肩を落とした。


「し、しかし、ミナがすごく怖かったというのは伝わったし、ウソを吐いているとはけっして思わなかったぞ!」


 慌ててフォローすると、ミナは再び笑顔を浮かべた。


「うん、しんじてくれてありがとう!」


 その笑顔は、先ほどの屈託のない笑みとは違い、微かに陰があった。


「じゃあ、アリジゴクのかんさつのつづきをしようか!」


 それでも、ミナは私と一緒にいると言ってくれた。


「……いや、さっきアリを捕まえているところもみられたから、もうじゅうぶんだよ。それより、ミナがあそびたいやつであそぼう」


「ほんとう!? じゃあ、ジャングルジムでもいい!?」


 私の言葉にミナは目を輝かせた。


「ああ、かまわないよ。ただ、私はうんどうが苦手だから、じゃまになってしまうかもしれないが」


「ううん! ぜんぜんそんなことないよ! わたしもおてつだいするから、いっしょにのぼろう!」


「ああ、わかった」


「やったー! じゃあ、ジャングルジムまできょうそう!」


「あ! まってくれよ!」


 私たちは無邪気に笑いながらジャングルジムへ急いだ。

 それから、午後五時を知らせる音楽が鳴り響くまで、私たちは夢中であそんだ。

 

 遊んでいるうちに、辺りの景色がゆがみ、いつの間にか自宅の前に立っていた。

 私は家に入ると、記憶しているとおり、一目散にじいさんのもとに向かった。


「じいさん。バケモノとオバケなら、どっちが強い?」


 そして、我ながら唐突な質問をじいさんに投げかけた。

 じいさんは私の問いかけを受けて、穏やかな表情で微笑んだ。


「スバル、何があったかは知りませんが、まずは手洗いうがいをしないといけませんよ」


 たしなめられ、私は手洗いうがいを済ませてから、改めてじいさんのもとに向かった。

 そして、友達ができたことと、その友達が怪奇現象に悩まされていることを伝えた。


「ふむ。話を聞くに、お友達を悩ませているのは、死霊のたぐいでしょうね」


「それは、私がどうにかできるものなのか?」


 問い返すと、じいさんは顎に手を当てて視線を上にずらした。


「そうですね……見ることさえできれば、どうにでもできるでしょう。ただし、死霊を見るのは中々に難しい技術ですからね」


「……むずかしいのか?」


「ええ。それに、死者をどうにかする技術を学ぶよりは、生者をどうにかする技術を学んだ方が、大人になったときに食い扶持に困りませんよ」


 じいさんの言葉から、ミナを怖がらせるモノをどうこうする方法を知っているということは伝わった。

 しかし、その方法を私に教える気がないということも分かった。


「そうか……」


 落胆していると、じいさんは困ったように笑った。


「スバル、そう気を落とさないでください。たとえ、同じモノを見ることができないとしても、側にいてお話を聞いてあげるだけでも、お友達は喜ぶと思いますよ」


「……分かった」


 はぐらかされた気はしたが、ここで駄々をこねても仕方ないと思った。

 じいさんに頼るより、しっかりと勉強をして、家にある小難しい呪術の本を読めるようになった方が得策だ。

 そう考えて、この日以降じいさんには、ミナのことについて相談することは辞めた。


 そこでまた、視界がゆがんだ。

 そして、辺りの景色は小学校の教室に変わっていた。

 目の前には、今より少し身長が低いミナの姿があった。

 多分、小学校高学年くらいの出来事を思い出しているのだろう。


 小学校に入ってからも、ミナと私は相変わらず仲良くしていた。

 ミナが越してきた先が我が家の隣だったこともあり、登校するのも下校するのもミナと一緒だった。

 ミナは私の他にも友達が沢山できたようだが、私のことも大切な友達と言ってくれていた。

 そして……


「昨日、理科室で怖い目にあったんだー……」


「またなのか……」


 ……ミナが怪奇現象によく遭遇することも、相変わらずだった。


「そうなの! 日直だったから先生のお手伝いで、アルコールランプを片付けてたんだけどね。アルコールランプのアルコールって、お酒のことだよね? なら、パパが飲んでるビールでもランプをつくれるのかな、っておもってたの。そしたら、窓の方からカシャって音がしたから、誰か写真を撮ってるのかなーって思って、外を見てみたの。あ、そうだ! 写真っていえば、今度二人で遊びに行ったときに、プリ撮ろうね! それで、外をみたら地面にクシャってなった人がいて、ビックリしたの。それで、慌てて先生を呼びに行ったの。先生、準備室でお仕事してたから。それで、先生にもみてもらおうとしたんだけど、もう一回みたらなんにもいなくて……」



「ミナ、ちょっといいか?」


「うん、どうしたの?」


「ごめん……どんなモノを見たのか、サッパリ分からなかった」


「そっかー……」


 ミナの説明は相変わらずで、私はミナが見たモノを理解することができなかった。

 当時すでに、呪術関係の本を読んで、色々と勉強をしていた。

 それでも、ミナが見たというものを、私も見ることはできなかった。

 どうやら、私の目は死霊を見ることに向いていなかったらしい……


「すまない、ミナ……」


「ううん! 話を聞いてくれるだけでも、気分がまぎれるから! いつもありがとうね、スバル!」


 ……それでも、ミナはいつも笑って、私の頭をなでてくれた。


 それから、また辺りの景色が回転した。

 そして、今度は中学校の教室の中にいた。

 教壇に立つ先生や黒板に書かれた内容から、国語の授業の時間だと言うことが分かる。

 

 それに、この日のことは、鮮明に覚えている。

 

 この日、授業で柿本人麻呂の長歌が取り上げられていた。

 韻を踏んでいて面白い歌だと思った。

 しかし、結局何が言いたいのか分かりづらいとも思いながら、先生の話を聞いていた。


「……それで、長歌の要約や補足を詠んだ歌を反歌といいます」


 一通り長歌の説明をした先生が、そう言いながら教科書を見るように指示した。

 そこには、五・七・五・七・七の形式で詠まれた歌が、二首ほど添えられていた。

 先生が要約といったとおり、長歌よりはシンプルで分かりやすかった。

 使える文字数が限られているから、本当に伝えたいことが残りやすい……

 そう考えた途端、名案が浮かんだ。


「そうか……その手があったか……!」


 思わず声を上げてしまい、先生が怪訝な表情を浮かべてこちらを見た。


「山本さん、どうしたのですか?」


「あ、いえ……なんでもありません……」


 俯きながら言葉を濁すと、先生は深く追求せずに授業に戻ってくれた。

 そこで、辺りの景色がゆがみ……


「ねえ、スバル! 聞いて聞いてー、この間なんだけど……」


 夕暮れの教室の中、涙目で遭遇した怪奇現象を捲し立てるミナの姿が目に入る。

 それから、私は……



「ミナ、ちょっといいか?」


「うん、どうしたの?」


「話の内容が全く頭に入らない。五・七・五・七・七の形でまとめろ」


「え……? それって、短歌の形式にしろってこと?」

 

「ああ、それなら、私にもミナが何を見たか伝わるかもしれない」


「そっか……うん! 分かった! やってみる!」



 そんなやり取りをはじめてしたのが、この日だった。

 その結果、ミナが何を見たのか、私も理解することができた。

 そして……




「スバル、目を覚ましなさい」




 思い出に浸っていると、祖父の声が耳に入った。

 それと同時に、体がフワリと宙に浮く感覚がして、辺りが真っ暗になった。


 恐る恐る目を開いてみると、満面の笑みを浮かべたじいさんの顔と自宅の洗面所の景色が目に入った。


「無事でよかったです。さあ、どうしてこんなこんなことになったか、説明してください」


 じいさんの声は、表情に違わず上機嫌なものだった。

 しかし、これは激怒しているときの、表情と声だということは知っている。

 ……うん。

 これは、間違い無く、長時間のお説教をくらうはめになるな。

 できることならば、あのまま赤黒い沼に沈んで、思い出に浸っていたかった……

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