六人目 全ての元凶の話
私が生まれたこの世界は多くの魔で溢れかえっていた。大きく強い生き物達が群れを成し、轟声をあげながら自分と異なる生物を蹂躙する。そんな弱肉強食の世界では、小さく弱く魔を使う事が不得手な人という種族が生きるのはとても厳しかった。魔の力が濃いこの世界では、人は、私達はあまりにも無力だった。ただ、魔を封じる方法を見つけた事で辛うじて居場所を作る事ができているだけだった。
ある時、私は魔物が別の魔物を喰らうのを見た。喰らわれた魔物の中にあった魔とその周囲に満ちた魔が、喰らった魔物に吸収されるのを見た。それは一つの天啓を私に与えた。そうだ、たくさんの魔を集めてからそれを封じて滅せば、魔の力を大きく減らす事ができるのではないか。そうであればたくさんの魔を集めて封じる方法を考えれば、人が安心して生きれる世界を作れるのではないか。
私はそれを実現するために様々な実験を行った。強大な魔を封じる手段を、たくさんの魔を集める方法を、そして封じた魔をどう滅せば世界にある魔を減らす事ができるのかを。何度も何度も実験をして、何度も何度も失敗して、そうして一つの方法を見つけた。
強大な魔を封じるにはとある術式が必要だった。その術式を刻むには条件があった。一定量の魔を溜め込める大きさの器に刻まなければ効果を成さなかった。魔を一番溜め込む事ができるものは生きた血液だった。生きた血液を一番溜め込む場所、封じの術式を刻む場所として適していたのは、心臓だった。
たくさんの魔を集める方法を見つけた。魔は血液を好んだ。血液は魔を溜め込む器であり、魔にとっての餌にもなった。小さな魔物の死体を囮にして、少しずつ大きな魔物を誘き寄せた。大きな魔物が小さな魔物を喰らうと、小さな魔物の中の魔と周囲の魔が大きな魔物に吸収されていった。私は魔物が囮に気を取られている間に、その心臓に向けて術式を刻んだ。
封じた魔を滅するのはとても簡単な事だった。術式と共に器を破壊すればいいだけだった。それだけで封じた魔は世界に戻らずに消えていった。小さな魔物と周囲の魔を溜め込んだ大きな魔物の心臓を剣で貫けば、世界に満ちる魔を少し減らす事ができた。
だからできると思ったんだ。誘き寄せた魔物の心臓に術式を刻んで、その魔物を殺せばいいだけ。それを続ければ少しずつ世界は人が暮らせる場所になる。けれど時間は待ってくれなかった。私が魔物を屠るより早く、人の暮らせる限界がすぐそこまで来ていた。
だから私は焦った。もっと魔を早く減らさなければと。そうして私は魔を封じる術式を組み込んだ魔物をたくさん窪地に集めた。小さな魔物に引き寄せられる魔は、その体に見合ったものでしかない。だからもっと大きな魔物を、もっとたくさんの魔物を集めて多くの魔を封じれば人が生きれる世界を守れると思った。けれどその考えは甘かった。
それはとても強大な魔だった。多くの魔物が狂ったように暴れ回る窪地の中に、残酷なほど強大な魔が在った。その魔に惹かれるようにたくさんの魔物が窪地に集った。術式を施した魔物は既に全てが息絶えていた。後から来た魔物は強すぎて、近くに寄って術式を施すことすらできなかった。もう私にこれを止める術などなかった。魔物を殺す力の無い私にできることはなかった。このままこの地が強大な魔に侵され、人が生きれない地になるのを見ている事しかできなかった。
その時ふと一人の青年が私の所に近寄って来た。その青年は私の唯一の仲間と言える存在だった。魔物を殺すのも、誘き寄せるのも彼がやってくれた事だった。彼は強くて勇敢で優しい私の大切なたった一人の相棒だった。そんな仲間であり相棒であり親友でもある彼は言った。
「なあ、俺の心臓に魔を封じる術式は刻めるか?」
私は彼が何を言っているのか理解できなかった。魔を封じる術式を刻むのは体の中に爆弾を埋め込むようなものだ。体の大きさや相性、溜め込む魔の量にもよるが、どんなに少ない量を封じた場合だって寿命が数年は縮む。そんなの嫌だ。だってきっと彼はこの強大な魔を封じるつもりだ。そんな事をすれば数年どころじゃない、数十年は命が縮む。そもそも術式を壊さなければ封じた魔は再び世界に溢れ出す。だから魔を封じるならばそれは普通に寿命で死ねないという事だ。私は彼がこんな事で死ぬのは嫌だった。私にはそんな事できない。君を殺すような事はできないと叫んだ。なんとか別の方法を探そうと泣きわめいた。
「だってこのままじゃみんな死んじまう。お前だって別の方法が無いのなんてわかってるんだろ?だったら俺は自分のちっぽけな命だけで、みんなが生きていく世界を守れるならそれで満足なんだ」
だから俺を魔を封じる核にしてくれと彼は笑って言った。彼は確かに強いから、きっとあの混沌とした魔窟に残った全ての魔物を殺せるのだろう。そうして彼は全部の魔物と強大な魔を封じて死ぬつもりなのだ。私を置いて逝くつもりなのだ。ああ、けれど私に選ぶ余地など残っていなかった。私も理解していた。それ以外に方法が無いと。彼に魔を封じるしかないのだと。
私は人を救いたかった。弱い生き物でも、生きていける世界を作りたかった。私の何が悪かったのだろう。私はどうすればよかったのだろう。冷たくなった彼の前で私は自問自答する。ああ、けれどどうやったって私にはこの結末しかなかったのだ。私の能力ではこれが限界だった。私の頭ではこれよりもよい解決法など考えつかなかった。最善ではないけれど人を生かすことはできたのだから全てが間違いではなかったのだと信じたい。だってそうでなければ彼が死んだ意味が無い。彼を殺した意味が無い。
けれど世界は残酷で、魔が再び世界に満ちようとしていた。彼が作った時間は十年にも満たなかった。彼の残した世界を守るために私は装置と物語を作って、魔王と英雄を、その時代に生きる人を犠牲にする事を決めた。
魔を封じる術式を埋め込んだ器を作る装置と、魔王を殺す英雄の物語。最初に人の姿をとらせた器に魔を溜め込み封じる。その器が成長し、魔物を殺せばさらに器は魔を溜め込む。魔が器の容量を超えた時にはきっと魔物が増えるだろう。だから魔物を活性化させる魔王とそれを殺す英雄の物語を作る。その物語通りに器が死ねば封じられた魔は消える。術式が消滅したら装置はまた新たな器を生み出す作業に戻る。これを繰り返す事で、魔を減らす仕組みを保ち続ける事にした。
この世界が優しければ、魔王は自分の心臓の意味を知って死ぬだろう。この世界が残酷であれば、魔王はこの世界を怨みその力をもって人を滅ぼすだろう。滅びるならばきっとそれは仕方のない事なのだ。だって私が未来永劫全て管理なんてできるはずもない。私は未来に託すだけ。この仕組みで人が生きていける事を祈るだけ。
ああ、どうかこの世界がいつまでも優しいものでありますように。優しい彼の意志が残る世界でありますように。人が生きていける世界でありますように。
英雄も魔王も私を恨んでくれていい。呪ってくれてもいい。だってこんな装置を生み出す私は許されてはいけないのだから。
遠い遠い昔、魔王という仕組みを作った優しい青年が居た。彼は後悔しながら懺悔しながらずっと生き続ける。魔王を生み出す装置の脳として、心臓として、燃料として、核として。この世界が滅びるその時まで。永遠に。
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