五人目 元英雄の話

魔王が討伐された。


今朝早くにその知らせはやって来た。討伐されたという事は今回の魔王も英雄に倒されることを望んだようだった。人がまともに生きることの出来る世界。それが魔王の犠牲の上で成り立って居ると知るものはほとんど居ないのだろう。そう、魔王を殺した……英雄でもない限り。


「なあ、今代の英雄さん。お前は誰を喪ったんだい?」


ぽつりと知らせの紙に向かって一人呟く。ああ、そうだ。魔王というシステムはよくできている。人と同じ姿の魔王を人工的に作り出し、人と同じように生きさせて人と同じ場所で成長させる。魔王が成長し本格的な災厄が発生する頃には魔王は既にこの世界に愛着を持ってしまっているという訳だ。


「全く酷い話だ。魔王が優しければ優しいほど、その魔王が死ぬ事を望むなんて」


信託を受けた魔王が世界を救うため自分から殺されることを望むようにすれば人の犠牲は少なくて済む。それが英雄の心と魔王の命を犠牲にして大勢の人々を救う残酷で冷酷で優しい魔王のシステムだ。


「ほんと、英雄なんて損ばっかりだ」


ふと思い出すのは私が英雄になった時の事。それは今から数百年ほど前のある晴れた日だった。当時私には兄が居た。父に森で拾われた子で血はつながっていなかったがとても優しい兄だった。


「兄ちゃん!」


私はよくそう言って兄の後を追いかけていた。優しい兄が大好きだったから。私が転んで泣いている時には慰めながら背負って家まで連れて帰ってくれた。父が怪我をした時には代わりに猟に行ってその日の食事をとってきてくれた。母が病気で寝込んだ時は暖かく食べやすい料理を作って看病してくれた。


「全ての魂に祈りを。全ての命に感謝を」


そうやって食料となる兎や鳥にも祈りを捧げて感謝して、命の大切さをよく知っている兄だった。魔物の命を奪うことだって嫌いだったぐらいに優しい兄だった。


「だって魔物だって一つの命なんだから。殺すのはできればしたくないよ」


そんな事を言う人だった。魔王が魔物の活性化の元凶だと知っても、魔王を殺す以外の方法が無いかと調べていたのをよく覚えている。


「だって魔王も好きで魔物を活性化させてるわけじゃないだろうし共存できる道を諦めたくないんだ」


兄は笑って言っていた。その魔王が自分だなんて知らなかった頃の話だ。


「はは、皮肉だよ。共存なんてできやしなかった。兄が一番魔王に優しかったのに、世界が魔王に一番優しくなかった」


兄は魔王についてそして英雄についてたくさん調べていた。そうして様々な証言から魔王の心臓が魔物の活性化の原因だということに気がついた。だから魔王の心臓の代用になるものがないか、心臓を存在させたまま活性化を止める方法がないか、心臓を再生させる方法がないか、魔王を生み出さない方法はないか、様々な魔王を殺さなくてもいい方法を考え続けた。


「心臓さえどうにかすれば、魔王を殺さなくてもいいはずなんだ」


そうやって何度も試行錯誤を繰り返してた。けれど魔王を殺さなくても活性化を止める方法も、心臓の代用になるものも、心臓の再生方法も、魔王のシステムを変える方法も何も見つけることはできず、活性化はますます酷くなっていった。


「どうして見つけられないんだ。なんで魔王を救えないんだ」


兄は研究に没頭していたから今代の魔王はまだ見つかっていなかった。ある日、研究に疲れて少し気分転換に遠出をした兄は、魔物の被害が少なくなりますようにと教会で祈りを捧げた。そうして兄は自分が魔王であることを知った。


「俺が魔王だったんだ。だから俺を殺してくれ」


兄は私に研究結果を託し、自分を殺すように言った。私は兄を殺して英雄となった。それは眩いほどの晴天の日だった。


「ありがとう」


その言葉を最後に兄は死んだ。あれからもう何度繰り返されたのだろう。五十年程度の周期で繰り返される魔王の誕生と消滅。私が知っているだけでももう十数回は行われているこれは。


「もう、歳を数える事も忘れてしまったよ。あれから何年経ったんだろう」


この世界にこのシステムがある限り、何度でも魔王は生まれ、何度でも世界を愛し、何度でも英雄に殺される。わかっている。人を滅ぼさないためにはこのシステムは必要だ。


「でも、納得はできないよな」


誕生させられた魔王を殺さなければいけないことも、英雄が大切な人を殺すしかないことも、それをしなければ生きていけないこの世界にも納得なんてできやしないし、そんな世界が大嫌いだ。それに抗おうとしてもこのシステム以上に人を生かすことのできるシステムを考えられない自分も大嫌いだ。


「これが最善なんて信じたくないよ。だってこんな悲しい事もう繰り返させたくないよ」


不死になって何百年生きても魔王のシステムを覆せない。魔王を救うこともできない。何もできない。優しい魔王と優しい英雄に支えられた世界でのうのうと生きていくしかない。もっと私が賢ければ新しいシステムを思いつけたのだろうか。もっと私に知識があれば魔王を殺さずに活性化を止める方法を見つけられたのだろうか。


「もっと自分に力があればよかったのに」


無いものねだりをしてもどうしようもないのにどうして私に力がないのかと悔やみ続ける。きっとそれは魔王を救える時まで続くのだろう。それが数百年後なのか数千年後なのかそれともこの世界が滅ぶ時までなのかはわからない。けれど私は探し続ける。魔王も英雄も居ない幸福な世界を。










世界を単純なハッピーエンドになんてさせたくない。世界にとっての魔王の死ハッピーエンドは英雄にとって親しい人間の死バッドエンドでしかないんだから。

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