二人目 魔王の話

「お主が魔王の器か」


脳内へと声が流れ込んでくる。周囲を見渡しても僕と親友しかここには居ない。神殿で祈ってみたからってまさか神様の声が聞こえたとかそんな馬鹿なことがあるはずないよね。幻聴、幻聴。最近魔物と戦う事が多かったから疲れたのかなー。


「今代魔王はなかなか現実的な人物だな。まあ信じようが信じまいが私にはどうでも良いことなのだが。」


いややっぱり幻聴じゃないや。すっごい脳内に響いてくる。祈ったからってほいほい神様?出てきていいんだろうか。


「失礼な童だ。魔王や英雄などが祈った時くらいにしか出てくることも無いというのにほいほい出てくると思われては心外であるな。」


うん。完全に思考を読まれてる。喋ってないのに通じてるとか怖いなぁ……というか魔王……?


「ああ、そうだ。今代の魔王はお主のようだな。」


魔王ってえーっと魔物の王の事だよね………………え?


「ふむ……まあ知らぬのも仕方あるまい。平凡に暮らしていれば魔王だと気づかぬのも道理だ。」


気付くとか気付かないとか何の事!?というか魔王って何なの!?僕が何だっていうのさ!?


「魔王は魔の王。魔を統べる者。それがお主の本来の姿だ」


はは……魔王……?そんなはずないでしょ…………だって……だって僕は人間だ……魔王なんかじゃない。


「……お主は魔王の癖に人を…そして世界を愛してしまったのだな。」


僕が魔王だとは信じてない……でも人が、この世界が僕は好きだよ。それだけは言えるんだ。


「そうか……」


………………ねえ神様。魔王はなぜ生まれるの?


「…………昔々の話だ。この世界には多くの魔が溢れていた。生まれたばかりの人という種族が生きてゆけぬほどに」


うん……


「けれど人には知恵があった。自らの存在を滅ぼす魔を一つのモノに集め、封じ、滅することを思いついた。……そうだな…お主は蠱毒という呪法を知っているか?」


前に本で見たことがあるよ。器の中に虫を入れて殺し合いをさせる。残った最後の一匹が蠱毒になるんでしょ?


「ああ…それだ。魔王もそれと同じ。魔物を窪地に追い詰め殺し合いをさせた。最後に残ったモノは周囲の魔を集め、それを自らの身体へと吸収し封じることになった。」


っ……まさか…………


「そう……その魔を封じた物が後に初代魔王と呼ばれたモノだ」


それが魔王……


「そうだ。魔を封じるとは魔を多量に溜めこむ器となることと同義。また、魔物を殺しつくし誕生したモノだ。魔王という呼び名は至極妥当なものであろうな。」


じ……じゃあそれ以降の魔王はどうやって……?


「初代魔王を滅した後、当時の人間は魔王を作り出す装置を生み出した。周囲の魔を集め、新たな魔王を生み出す装置を。」


その装置が……


「お主の親であろうな」


………………そう……


「ふむ……お主も自分が魔王だと認めたのか?」


いいや……まだ認めてはないよ。でも……納得できる所もあるんだ……。僕は拾われた子で本当の親を知らないし、魔力の貯蔵量も他の人と比べて桁外れの多さだ。魔法もどうしてだか使い方を知っていたし、不自然な事はいくつもあるんだ。


「ほう……」


僕が魔王だとは認めたくないけど、その可能性も考えなきゃいけないのはわかった。でも僕は諦めない。僕が魔王だとしたらこの現象は僕が死ななきゃ終わらない。そんな事認めたくない。きっと何とかする方法があるはずなんだ。だから僕はそれを探すよ。


「そうか…………まあ頑張るがよい」


ああ、そうだね。僕は、そんな事認めない。









かつり、かつりと二つの靴音が響く、薄暗い石造りの廃墟。今から数百年以上前に造られたというこの場所へ、入る人などほとんどいない。その一番突き当たりの部屋。ボロボロになった鉄の扉を開いた先にあったものは……ただの古びた部屋だ。


「む……?ここに元凶が居るはずではなかったか?」


拍子抜けするほどに物がほとんど無い部屋を見ながら親友は僕へと問いかける。今、世界を襲っている魔物の活性化現象。その元凶が居るという情報を頼りにここまでやってきたのに無駄足だったのか?そんなことを思っているんだろうなと簡単に想像がつく。部屋の中をきょろきょろと見渡す後ろ姿に僕は少し震える声で声をかける。


「何言ってるのさ。居るじゃないか。」


できるだけ普段喋っているように。できるだけ平然とした様子で。僕は親友へと言葉を返す。


「ほら、ここに……ね?」


僕は自分を指差しながらそう言った。きちんと僕は笑えているだろうか。顔は歪んでいないだろうか。そんなことを考えながら親友を見つめる。


「は…………?」


僕の言葉に驚いたのか親友はとぼけたような声を零し、そのまま無言でこちらを見てくる。彼の瞳は困惑したように揺らめいていた。


「あはは……実は僕が元凶だったみたい」


頬を指で掻きながらここまで黙っていたことを口にする。ぽかりと口を開けたまま呆然としたように親友はこちらを凝視してくる。


「いや……待て……冗談を言ってる場合じゃ無いだろう」


おろおろと少し焦ったような声色で、目線をきょろきょろと泳がせながら親友はこちらへと声をかける。顔に表情が出にくい親友だけど目と声はとても感情がわかりやすいのが特徴だ。こんなにわかりやすいのに僕と彼の妹以外はどうもあまりわからないみたいだ。


「冗談だったらよかったんだけど……どうもそうじゃないんだよねぇ……」


ちょっと言ってて悲しくなってきた。親友は僕の言葉を理解しようと空に視線を漂わせながら考えているみたいだ。ぐっと口を引き結び、目線を足元に向け、ただ、そこで立ち尽くす親友の姿は迷子の子供みたいにも見える。


「…………」


「あー……えっと……ほら、この前神託?だっけ。それ受けたじゃない?」


親友はずっと黙ったままでこのままじゃ話が続けられないと、少し焦りつつも僕は再び喋り出す。普段通りの表情で、いつも会話しているのと同じ調子で、そう、まるで世間話をするかのように平然とした様子でそう見えるように取り繕って僕は話を続けた。いつものような喋り方に、ようやく彼のこわばりも解けたようで、少し顔も上を向いてきた。


「……ああ」


神殿に行ってみたら、なぜか祈りの間に連れていかれたね。冗談半分で祈ってみたら声が聴こえたね。神殿のやつらは神託?だって騒いでたよね。お互い内容は言わなかったけど、何か聞こえた事だけはわかってた。あの神様が言う通りなら君はきっと英雄なんだろう。だから僕は強ばる口を必死で開けて、君に言うよ。


「その時にさぁ……僕が魔王だって言われたんだ」


「魔……王……」


親友はぱちぱちと目を瞬かせ僕の言葉を復唱する。


「そう。魔王。魔物の王。僕がこの世に生まれたせいで魔物がこんなに活性化してるんだって。魔王が居るから魔物がこんなに生まれてるんだって。ほんと冗談みたいな話だよね。」


そこまでずっと笑顔を作れていたのに思わず顔が歪む。泣かないように最期まで笑顔を見せようと思っていたのに、失敗しちゃったみたいだ。


「ほんと……冗談だったらよかったのに」


魔物が嫌いで、皆が死ぬのが嫌で、皆を助けたくて、そんな理由で旅に出た。2人で力を合わせて魔物を倒したら村が少しでも楽になるかなって、この原因を突き止めたら、元凶を倒したら、そうすれば村に平和が戻るよねって、そんな願いを言い合った。元凶を一緒に倒して、そうしたら平和な村でまた皆で暮らせるねと、村を出てった人も帰ってくるかなって。そんな……普通の……平凡で……幸せな日常を願ってた……でも……叶わない。


「そう……だな……」


ああ、君もすごく辛いだろう。眉間に皺を寄せて、唇を噛み締めて、耐えるようにこっちを見てる。でもそんな君に僕は……まだ……辛いことを伝えなくちゃいけないんだ……


「で……さ……。僕が死んだら、この現象は終わるみたい……なんだ……」


涙を堪えて笑顔を作る。嘘がへたな僕だけど精一杯、強がって笑う。ああ、もう目から涙が溢れそうになってきた。ぼやける視界の中で君が哀しそうに俯くのが見えた。


「だからさ……ね……僕を殺して!お願いだ!それで全部終わるんだ!」


滅多に言わない願い事。今まで殆ど言わなかったけど、君がお願いに弱いって知ってるんだ。お願いを断れないくらい、君は優しいから。だからあんまり使わなかったけど……今回ばかりは使わせてもらうね。


「当然……他に方法は無いんだな……」


殺す以外の方法は無いのかと確認される。僕の心臓が魔の塊だから心臓を潰す以外の方法は無い。何度も何度も調べたけれど、これ以外の方法は見つからなかった。


「残念ながら。魔王の力は強大で、殺すしか方法は無いんだよね。」


神様に英雄だって決められたからじゃない。親友の君なら僕を苦しませないように一撃で心臓を潰してくれるってわかるから。中途半端に終わらせないって知ってるから。だから君に頼むんだ。


「そう……だな……お前がそれを考えないはずが無いからな。……それが……殺すことが……お前の願い……なんだな……」


「そうだよ!これで全部終わるんだ!!」


じわりじわりと彼の瞳に涙が滲む。辛いことを頼んでるのはわかってる。でもこれで終わりだから。


「だからね……さよなら。」


「ああ……そうだな……さよならだ。」


一突きで心臓が貫かれる。これが僕の最期だ。最期は笑顔で、笑って逝こう。笑顔の僕を覚えていてほしいから。














ありがとう……僕の大事な親友……













そして……こんな事をさせてごめんね……















「そうか、これで俺は英雄か。」


最期に見た親友の顔は今にも泣きそうな顔だった。


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