ハッピーエンドになった世界の話

閑古鳥

一人目 英雄の話

かつり、かつりと二つの靴音が響く、薄暗い石造りの廃墟。今から数百年以上前に造られたというこの場所へ、入る人などほとんどいない。その一番突き当たりの部屋。ボロボロになった鉄の扉を開いた先にあったものは……ただの古びた部屋だった。


「む……?ここに元凶が居るはずではなかったか?」


拍子抜けするほどに物がほとんど無い部屋を見ながら俺は隣の親友へと問いかける。今、世界を襲っている魔物の活性化現象。その元凶が居るという情報を頼りにここまでやってきたのに無駄足だったのか?まあ、こんな所に居るとも思えずに話半分で聞いてはいたが、居ないとわかるとやはり落胆するな……。


「何言ってるのさ。居るじゃないか。」


落胆している俺のことを気にせず、きょとりとした表情で親友は言った。その言葉を不思議に思い周囲を何度も見渡してみる。ボロボロになった小さな石の机と壊れた木の椅子にガラクタのような布や木の塊。俺達以外に生きているものの気配はない。どう見たってここには俺と親友しか居ない。それなのにここに居るだと……?わけがわからずどういうことだと後ろを振り返ろうとした俺の耳に、親友の言葉が飛び込んできた。


「ほら、ここに……ね?」


親友は自分を指差してそう言った。少し首を傾げながらこちらに話しかけるこいつの仕草は、村の女性達に人気があったなと見当違いの事が頭をよぎる。その言葉の意味がわからず理解を放棄した俺の口からはとぼけたような声が零れ落ちただけだった。


「あはは……実は僕が元凶だったみたい」


冗談としか思えないような発言をあっさりと親友は口にした。少し照れたような苦笑いをしながら頬を指で掻く。言いにくいことを言った時のこいつの癖だ。いたずらをした時や失敗した時はいつもこんな仕草で俺に伝えに来ていた。ああ、現実逃避をしている場合ではない。


「いや……待て……冗談を言ってる場合じゃ無いだろう」


俺はそう言うことしかできない。だってこんなことは冗談だとしか思えない。嘘も冗談も苦手なお前だけれど今回ばかりは冗談だと嘘なんだと思いたい。お前が元凶だなんて、そんな馬鹿げたことがあってたまるか。


「冗談だったらよかったんだけど……どうもそうじゃないんだよねぇ……」


へにょりと眉を少し下げた表情で親友は続けた。ああ、そういう顔も人気だったな。そうやって思考をどこかへ飛ばしながら、親友の言葉を噛み砕く。冗談ではない。とそう言ったのか。言われたことは理解出来たものの、その言葉に対する返答を俺は持ち合わせていなかった。口を引き結び、告げるための言葉も見つけられず、ただ、そこで立ち尽くすしかできなかった。


「…………」


「あー……えっと……ほら、この前神託?だっけ。それ受けたじゃない?」


俺が黙ったままなのが少し居心地が悪かったのか、少し焦りつつも親友は再び喋り出す。普段通りの表情で、いつも会話しているのと同じ調子で、そう、まるで世間話をするかのように平然とした様子で親友は話を続けた。いつものような喋り方に、ようやく俺のこわばりも解けたようで、口から言葉が出た。


「……ああ」


そうだな。神殿とかいう所に行った時、祈りの間とかいう所に連れていかれたな。冗談半分で祈ってみたらなぜだか声が聴こえたんだ。神殿のやつらは神託?だって騒いでたな。お互い内容は言わなかったが、何か告げられた事だけはわかっていた。俺はそれに興味が湧かず、記憶の底に追いやった。俺は何を告げられた……?ああ、そうだ、俺は英雄になると言われたんだ。この状況を打ち砕く英雄になるんだと。


「その時にさぁ……僕が魔王だって言われたんだ」


「魔……王……」


魔王。俺の親友が魔王?


「そう。魔王。魔物の王。僕がこの世に生まれたせいで魔物がこんなに活性化してるんだって。魔王が居るから魔物がこんなに生まれてるんだって。ほんと冗談みたいな話だよね。」


そこまでずっと笑顔だった親友は一瞬黙ったと思うとふっと泣きそうな顔になった。


「ほんと……冗談だったらよかったのに」


ああ、そうか。平気なわけがなかった。魔物が嫌いで、皆が死ぬのが嫌で、皆を助けたくて、そんな理由で旅に出た。自分が魔物を倒したら村が少しでも楽になるかなって、この原因を突き止めたら、元凶を倒したら、そうすれば村に平和が戻るよなって、そんな願いを言い合った。元凶を一緒に倒して、そうしたら平和な村でまた皆で暮らせるねと、村を出てった人も帰ってくるかなって。それを……普通の……平凡で……幸せな日常を一番願ってたのはこいつだ。それなのに……


「そう……だな……」


ああ、本当に冗談だったらよかった。


「で……さ……。僕が死んだら、この現象は終わるみたい……なんだ……」


泣きそうな顔で不器用に笑う。嘘がへたなこいつの精一杯の強がり。ああ、もう目から涙が溢れそうだ。感情を出すのが得意な分、感情を殺すのはへただったんだな。綺麗な顔がぐしゃぐしゃだ。


「だからさ……ね……僕を殺して!お願いだ!それで全部終わるんだ!」


滅多に言わない願い事。今までに片手で足りるくらいしか言っていないのに。それをこんな所で使うなんて卑怯にもほどがあるだろう。


「当然……他に方法は無いんだな……」


念のため最後に確認をする。殺す以外の方法は無いのかと。きっとそれが思いつかない親友ではないのだろうけど。


「残念ながら。魔王の力は強大で、殺すしか方法は無いんだよね。」


ああ、やっぱりそうだった。お前は俺より頭がいいのだから思いつかないはずがない。これで、縋れるものも無くなった。お前が辿り着けなかった方法に、俺が辿り着ける事は無い。他の方法を探す事はできない。終える方法はただ一つ。


「そう……だな……お前がそれを考えないはずが無いからな。……それが……殺すことが……お前の願い……なんだな……」


こんなにも叶えたくない願いは初めてだ。ああ、視界が少し滲んできた。


「そうだよ!これで全部終わるんだ!!だからね……さよなら。」


「ああ……そうだな……さよならだ。」


ぐぷりと一突きで心臓を貫く。その感触は否応無くお前が殺したのだと告げてくる。その瞬間に俺は気づく。



「そうか、これで俺は英雄か。」



元凶を断てば……魔王を殺せば英雄だ。はっ……神託とやらの通りになったな。お前を殺してなる英雄に……意味など無かったというのにな。ああ、そうだ。一緒に帰る約束も果たせなかったな。お前は約束を破らないことで有名だったのにな。約束を破ったら拳骨。それすらできなくなったんだな。きっと村の皆は泣くんだろう。お前は結構慕われてたからな。妹は絶対泣くに違いない。実はなあいつお前の事が好きだったんだ。お前もあいつが好きだったな。お互い好きなのになぜあそこまで付き合えないのか意味がわからなかった。間に挟まれて俺はとても迷惑だった。でもそれが幸せだった。他愛のない会話をして、色々な遊びをして、時には仕事を手伝って………………どうしてお前だったんだ。どうしてお前が魔王だったんだ。俺の幸せにはお前が居ないといけないのにな。英雄になる代償だったんだろうか。ああ、もう、俺にはわからない。












なあ……今だけは……泣いてもいいだろう?

















親友の最期は笑顔だった。

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