第100話 言霊

 幼い頃、「めったなことを言うもんじゃない」と叱られたことがある。「そんなことを言うと、いらないところで疑われるよ」だとか、「言ってしまうと、ほんとにそうなるかもしれないよ」だとか言われるのだ。

 古代の日本で、言葉に宿っているとされた不思議な力が「言霊(ことだま)」。言葉には、発した通りの結果を現す力があるとされた。英語では「The spirit which is present in words」。日本独自の考え方である。

 言葉が現実になると考えれば、気軽に話すことができなくなる。「めったなことが言えない」日本人に、遠慮なく議論ができるはずがない。教育現場でディベートを学ぶまで、国際社会で日本人は口下手だった。

 ディベートで鍛えられた世代は、古い世代より口が達者になった。だがその技術は、人を幸せにしただろうか。相手を論破する技術を身につけた日本人は、論破の結果生み出した敵と折り合いをつけてきただろうか。

 自分の言葉を自分の耳で聞くのが自己暗示の基本。言霊(ことだま)は自己暗示に似ている。ディベートで論破するための厳しい言い方は、相手に届くだけではない。その厳しさは、自らの心にも影響があろう。

 幼い頃、「めったなことを言うもんじゃない」と叱られた。大人になった今、叱ってくれる人はいない。論破するための言葉ではなく、相手との共通点を探すための言葉を探したい。それが現代の「言霊」である。

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