第90話 有用感

 戦後まもなくの大学と違い、進学率が高くなった今、大学も「生き残り」の戦略が大切になってきた。保護者と連絡を密に取る大学もあれば、企業と連携して社会での即戦力となる人材育成をアピールする大学もある。

 保護者との連絡をアピールする大学は、中途退学者を出さないために保護者と協力し合うのだという。戦後まもなくの大学生と違い、今の学生は一人前の大人として認められていないようだ。

 企業と連携する大学は、「役に立つ学問」を喧伝する。単純に古典文学が好きなだけの学生は、古典文学を扱う企業(があるかどうかは疑問だが)に勤めるために勉強するのだろうか。

 何かの役に立つ、何かのためになるという感覚を「有用感」というらしい。かつて学校が荒れていたとき、「この勉強は何の役に立つのか」と問い詰める生徒や学生が多かった。「役に立つ」ことがそんなに大切なのか。

 ある学問体系が「役に立つ」と判断できるのは、その学問についての理解が進んだ後である。「役に立つ」かどうか判断できる(と勘違いしている)者には、そもそもその学問に取り組む必要がない。

 学問は、「役に立つかどうか分からない」からこそ取り組む必要がある。人間も同じだ。中途退学者が「役に立たない」かどうかは、本人が死ぬまで判断できない。性急に有用感を求めると、大学は大学でなくなる。

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