第84話 待ちわびる

 三月。九州のツバメは、すでに巣作りを終えている。甲高く鳴きながら青空を切り返してゆくのは、おそらくオス。巣が静かなままなのは、メスが卵を抱いている最中だからではなかろうか。

 暖かな九州のことゆえ、ツバメが「渡り」なのか「越冬」なのかははっきりしない。だが、季節を感じさせてくれる鳥であることは確かだ。剣豪・佐々木小次郎の修行相手になったほど素早く飛ぶ。

 素早すぎて、鳴き声を耳にしてから探してもなかなか見つからない。わずかに空高く飛ぶ姿を目にする程度である。もちろん目にとまる高さで、鳴き声を耳にすることはできない。少々悔しくもある。

 このツバメ、巣に戻る際は実に静かに「着陸」する。あんなスピードで突っ込んでおきながら、激突することなく巣にとまるのは、いつ見ても驚かされる。弾丸が、一瞬で綿の軽さに入れ替わるようなものだ。

 ツバメは、オスとメスで交互に抱卵する。無事に孵るよう卵を抱くつがいを気遣って、巣に戻るときだけは静かなのだろう。ただ、ほどなく巣を離れたツバメに、それを尋ねることはできなかった。

 空高く飛ぶツバメ。空中で虫を補食するスピードの持ち主だ。その「速さ」で巣作りを終え、一三日から一七日でヒナが生まれる。ここで一首。きりかえすつばくらめふわり巣にもどりいつかいつかと子をまちわびて。

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