第79話 豊かな自然

 田舎に住む人であれば、自らのふるさとのことを「自然が豊か」だと言うことが多い。はたしてそうだろうか。「自然」は本来、「人為が加わっていない、あるがままの状態や現象」を指す。

 本来の「自然」には「人為」がないのだから、人は何をしてもいけないはずだ。田んぼや畑は「人為」の結果。植林された山も、同様である。自然に親しむためのガーデニングは、むしろ人工の極致だ。

 人為が加わっていない状態ならば、人間がいない荒野も「自然」ということになる。だが、これだけ人口が増えた地球では、人間がいない場所の方が少ない。人為を否定した形での「自然」は、もはや無いに等しい。

 江戸時代の高僧・良寛は、火付けの疑いをかけられ、生き埋めにされかかった。本人は何の弁解もせず、されるがままだったという。「人為」は無きに等しい。事情を知る者の助け船がなければ、彼は殺されていた。

 また良寛は、信濃の雪深い冬を、すきま風だらけの五合庵で過ごした。墨染めの衣一枚と、煎餅布団だけの越冬である。死と隣り合わせの冬に耐え、春を迎えた喜びはいかばかりであったろう。

 大きく捉えれば、人間も「自然」の一部。一部である人間の「人為」が、自然を自然でなくしている。豊かな自然は「人為」を極力無くしたところにある。「自然」の恵みは、その厳しさに耐える覚悟の先にある。

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