第75話 木の芽時 

 散歩の途中で毎日眺めていた梅が、咲き始めた。一輪、また一輪と、白い香りが滲み出すように増えていく。立ち止まって眺めるのではなく、香りを潜り抜ける気持ちで通り過ぎる。何とも贅沢な時間。

 寒暖差のある季節。これから桜を見る頃にかけて、体調を崩すこともあるので要注意。さらに言えば、転勤や進学などの環境が変わり、ストレスがたまる季節でもある。「木の芽時」とは、言い得て妙だと思った。

 桜の便りはまだなので、「木の芽時」になっているわけではない。毎年の慌ただしさを思い出し、心の準備を始めているだけだ。春は、自分の生活に変化がなくても、周りの変化に驚かされる。流されるのは良くない。

 変わらないものなどない。変化に驚かされるなら、変化を緩やかにすればいい。緩やかに感じるように、今までと同じことを残せばいい。何時に寝て何時に起きるのか等、同じにできることはいくらでもある。

 変化を言葉にしてもいい。言葉に置き換える営みは、映像や音声のインパクトを和らげてくれる。和歌や俳句は、この国で人の心の拠り所にもなってきた。特に俳句は、季節の変化を言葉にする文芸でもある。

 思えば、散歩の習慣も変わらぬもののひとつ。どうせ変化するなら、たまには温泉もいい。少し遠出になるが湯に浸かり、湯上がりのそぞろ歩きも乙なもの。気が早いが一句詠んだ。湯の華や岩やわらかに木の芽時。

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