第40話 ペンネーム 

 昔から、自己紹介が苦手だった。名前を漢字で書くと、読みを必ず間違えられる。説明が面倒になって間違いを放置すると、次に会ったとき余計な質問をされる。仕方なく説明すると、それがくどいと言われる。

 高校で書道部に入ったとき、作品の署名に「雅号」が使えると聞いて嬉しかった。大した作品を書くわけでもないくせに、本名以外の名である雅号を使った。読み間違いようのない雅号にしたのは言うまでもない。

 大人になって、趣味でエッセイを書き始めた。そうなると気になるのがペンネーム。「雅号」と違って、姓も名も変えられる。こちらもすぐ考えた。自己紹介のストレスから逃げたかったのかもしれない。

 たいした作品ができていないうちに考えた別の名前。別にプロを目指していたわけではない。完全に趣味の世界のためだった。趣味の世界では、読み間違いをされることもなく、気軽に自己紹介ができる。

 しばらくの間、ごく限られた範囲の人たちとの間で雅号やペンネームを使っていた。趣味の世界が広がるにつれ、本名をよく知らない人も増えてくる。そうした相手に本名を教えると、案の定読みを間違えられた。

 書作品を公募展に出し、エッセイに加えて小説も書くようになった。雅号やペンネームを使うことも増える。できあがった作品を眺めると、何だか自分のものとは思えない。別人になりたかっただけなのかもしれない。

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