第37話 口許

 カメラを向けられ笑っていたのは、小学生まで。中学に入っても、私服だと小学生扱いで悔しかった。身長は低く、声変わりも遅い。女子の中に一人だけ男子が交じるのが嫌で、合唱はいつも口(くち)パクだった。

 口許は「へ」の字に結び、不機嫌そのものの顔。そのくせ「お笑い」が好きで、目許の笑い皺が目立ってきた。目許と口許の表情が逆だったせいか、親しく話す相手は少なかった。ひとりでいるのが気楽でもあった。

 所帯を持っても、いったん身についた表情は変わらない。営業スマイルの必要な職場はともかく、家庭で笑うことはほとんどない。「お笑い」にも耐性がついた。自分が笑うのではなく、相手を笑わせる方がいい。

 笑いを誘うには、まず驚きが必要。ユーモアもエスプリもウィットも、意外な気づきから生まれている。噺家の視線や間の取り方、漫才のボケなど、例を挙げればきりがない。要は、人と違うことが大切。

 周りと違う見方や考え方に目を向けるようになった。誰かを茶化すのではなく、クソ真面目な自分がどこかズレているようなオチがいい。周りから小馬鹿にされるくらいが丁度いい。これでいいのだ。

 ここまで考えて、最近よく言われるフレーズを思い出した。「隔世遺伝」だね……。父方の祖父は、帝国陸軍の訓練をサボるのが生きがいだった。遺影の祖父は、口をへの字に結んでいる。なるほど、血は争えない。

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