第12話 祖父

 父方の祖父は、陸軍二等兵として満州に行った。そのときの自慢といえば、決まって訓練の話。祖父は、訓練をサボるのが得意だった。話題の双璧は「行軍」と「前支え」。幼稚園児の孫にする話ではない。

 行軍つまり隊伍を組んで歩くとき、脛に巻くゲートルは緩めにするのがコツ。ほどけたゲートルを巻き直すため、隊列から離れても文句は言われない。堂々と休憩できるのだ。続けて使えないのが難点だそうだ。

 前支えは、今で言う腕立て伏せのこと。訓練では、けっこう速いテンポでさせられたらしい。最初の数回だけ真面目にやって、後は頭と尻を上下に振っていればいい。腕は伸ばしたままだ。体育の授業で重宝した。

 母方の祖父は飄々としていた。九十過ぎて亡くなったが、死んだ日の朝まで日課の散歩に出かけた。帰宅後、疲れて二度寝したら、そのまま他界。当時高校一年だった孫は、親族を代表し会葬者にお礼の挨拶をした。

 形見は水戸光圀の評伝。光圀が若いころ、領内の草相撲に乱入。そこで刀を振り回し暴れたエピソードが、祖父のお気に入りだった。「偉いだけの人間なんておらん」が口癖。偉くない部分を愛するあなたは偉かった。

 どちらも、かなり変わっていた。年を取ると何をしても許されるらしい。そうした奔放な生き方が様になるのが、上手な年の取り方なのだろう。個性は、時間と自信を糧にして培われてゆくものらしい。

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