第41話 記憶への応援コメント
こんにちは。コメント失礼します。
記憶。ほとんど意識と同義のように思っています。
短期記憶がなければ数秒前の言葉すら記憶されない。
当然、思考は凡そできなくなる。
空想すると怖いです。
西さんの言われる。
〝余計なことは忘れたままのほうがいいのかもしれない〟
という過去に寛容な姿勢でいるほうが楽しく生きられそうですね。
ではまた。
作者からの返信
コメントありがとうございます。最近は、大切なことまで忘れることがあって焦ることもしばしばです。自分の記憶への「寛容」の度合いは、なかなかに難しいようで……。逆にどうでもいいことを覚えていたりもして、ままならない思いをしています。とりあえず、自分のペースで書いていくつもりです。今後とも、よろしくお願いします。
第35話 マンガの読解力への応援コメント
こんにちはコメント失礼します。
特定の少女漫画は素晴らしい作品に溢れてますね。
私見ですが。
萩尾望都さんを、はじめとして〝花の24年組〟の作品群はいま読んでも物語としてスゴいと思えます。
日本特有の優れた文化と文化遺産ですね。
作者からの返信
コメントありがとうございます。萩尾望都さんといえば、光瀬龍さんのSF「百億の昼と千億の夜」のマンガ版を思い出します。画力に圧倒されました。実は萩尾望都さんを意識して書いた文章だったので、嬉しく感じました。ありがとうございます。
第32話 書くへの応援コメント
こんにちは。コメント失礼します。
私は人差し指の他の指との使用頻度の差異は。
対向指を除きもっと外側にあり、ほかの指の干渉を受けにくい。
かつ、対向指である親指に最も近いために物を掴んだ時には最も外側にあって固定される。
故に他の指の挙動に影響を与えない。
発生学上、身体構造上のデザインに則り、対向指との兼ね合いから派生した事柄。
とか習ったような気がします。
事ひとつとっても、解釈は様々ですね。
おもしろいです。
ではまた。
作者からの返信
コメントありがとうございます。今回の文章は、全国書写書道教育学会の講演をもとに書きました。確かに、立場が変われば考え方も変わりますね。興味深いです。ありがとうございました。
第22話 決定への応援コメント
おはようございます。コメント失礼します。
この話、私も好きです。
〝人間に自由意志はない〟
と敷衍した意見もあったようです。
私としては思考と運動の際の精神活動の差異の話だと、思いました。
人間は状況とセットで行動するらしいです。
場にふさわしい振る舞いをする。
その際に思考は略され行動は概ね既知の動作を自動的になぞります。
脳の省力化傾向の所以らしいです。
〝今は茶椀と箸を持っている。なにをする?〟
〝今は散歩。なにをする?〟
〝今はトイレ。なにをする?〟
自然発生的な行動も後付けに意味ある何かの行動に組み込まれ続けたのでしょうね。
多くのスポーツ、武道は状況とセットした行動の精度と速度、種類を増すように心身に覚えさせます。
バッティング、ディフェンシング等々
そう言えば、拳法には
〝内家の拳は意よりも速い〟
等と言った表現があったような。
私としては日常生活の返答までを状況とセットな行動にして、無意識にしたいものです。
どうでもいい事は全部無意識でやれたら楽ですからね。
今回は私的にとても興味深い話題でした。
ではまた。
作者からの返信
丁寧なコメント、ありがとうございます。この問題については、考え出すとキリがない部分があります。ただ、SFじみた物語の背景に使えそうな気もして、覚え書きのつもりで残した次第です。「内家の拳」のお話には、なるほどと思いました。どこかで文章のネタにしたいと思います。
編集済
第21話 記憶への応援コメント
おはようございます。コメント失礼します。
記憶が人格を作る。
同感です。
ただ記憶。
これはまた考えるとキリがない。
まず前提だけで膨大。
記憶は身体性に縛られるだけに、視力、聴力などの感覚機能の有無、強度に依存します。
以前全盲者の記憶のインタビューを読んで、とても驚いた覚えがあります。
そして、記憶の形態────
いやいや。ここで語る話でもないですね。
ともかく、御作は考える焦点になります。
時折拝読しては〝なるほど〟〝こういうことなら、これは?〟等と普段寝ているような私の頭も少しは働きます。
これからも、楽しみに読んでゆきます。
ではまた。
作者からの返信
丁寧なコメント、ありがとうございます。記憶の中の読書体験も、いつしか自分自身と交じり合うことがあるような気もします。記憶の中の作者という他者も、自我を形作っているのかもしれません。それこそキリがないような……。ともあれ、これからも、のんびり書いていこうと思います。
第14話 恩師への応援コメント
こんばんは。コメント失礼します。
人生に師と呼べる方がいるのは幸いですね。
私は誰も師と出来なかったので単純に羨ましいです。
ただ、先達が亡くなる事は経験していて死を知らずに数年した後に唖然とした経験はあります。
芸事と寿命はよく考えさせられます。
思案しつつ拝読させていただきました。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
筆をとっていると、師ならどう書くのだろうと今でも気になります。
師と違い、県の展覧会での特選もまだ一回。
才能のなさを痛感しているところです。
師のような練習量でなかったせいで、還暦過ぎまで生きてこれたのかもしれません。
芸事と寿命とのご指摘、大変嬉しく感じました。
本当に、ありがとうございました。
第8話 妖(あやかし)への応援コメント
面白いです!勉強になります!
作者からの返信
書き続けて100話を超え、終わりが見えないままの状態です。初めてコメントをいただきました。ありがとうございます。知りたいことや考えたいことがある限り、今後も書こうと思います。よろしくお願いします。
第67話 「遊び」への応援コメント
おはようございます。コメント失礼します。
〝人間の体は、精密な動きができない。心の動きも同様で、常に論理的に考えられるわけではない〟
ここが、納得し考えさせられました。
精密な動きも、論理的思考も。
人間が人間社会において作ったもの。
なのに、それができない者も多い。
ある種、強制したりもする。
あらゆる行為規範、手順。
すべては、自然にほぼ存在しない。
なのに人間とその社会には必要。
変わった生態の生き物と言える。
そんなことを、思っていました。
作者からの返信
いつも丁寧なコメント、ありがとうございます。規範や手順は、言い換えれば「きまり」です。第1話でも触れましたが、個として弱すぎるヒトが、やむなく生み出したのかもしれません。ではまた……