第五章

その後


 皆森の起こした一連の出来事は、岐阜高集団虐め事件としてニュースで報道された。事件に関係した人数の多さ、残虐性、それなのにも関わらず周囲が全く気付かなかったと、犯罪史上異例の事件だと大騒ぎになった。

特徴的なのが皆森の犯行の手法だった。

 まず相手を虐めるきっかけを作り、人々に役割を与える。初め方は躊躇するものの、役割だから仕方ないと行動が正当化されている為に感覚が麻痺し、段々と虐めがエスカレートしていく。次にその虐めている場面を動画や録音で保存し、誰か皆森に反発する者が居れば、持っている動画をばらまくと脅す。そうして誰にも気づかれぬまま、凶行を増やしていく。皆森は実際に、メグ達に虐められていた。しかし、その虐めのきっかけをあえて作り、酷い物にするよう煽ったのも、皆森自身だった。わざと虐めを受け、虐めっ子を成敗すると言う理由を、皆森は作ったのだ。

 多数決も大切なポイントだった。僕達は何かを決めるごとに、必ず多数決を取っていた。それは皆の意見を尊重すると言う姿勢を作り出すとともに、仲間意識を強めさせる効果があったからだ。

何かがおかしいと気づき始めても、自分が選んだ選択を、今更消す事は出来ず、気づかないままに皆森の敷いたレールを歩いている。皆森は、証拠を集め、皆を納得させ、そして皆森の希望の方向へと皆を導くだけで良かった。皆森はただそれを眺め、そして遠回しに命令をする。そうすれば、周りの人間がやってくれる。山中が多数決中に言った演説染みた台詞も全て、皆森が考えた物だった。

実際、皆森は何の犯罪も犯していなかった。皆森がしたのは、ただ命令をしただけだった。唯一皆森自身でした事と言えば、一度だけ峰音を虐めた事だ。

更に、皆森は、クラスの全ての人間関係を把握していた。悪口を本人に伝えたり、お互いの不満をぶつけさせる事で、相互不信を起す。僕は知らなかったのだが、更生候補者はメグ達だけでは無かった。全く関係の無い、他のクラスメイトも候補者に入っていたのだ。更生候補者が沢山居たのは、お互いを蹴落としあい、相互不信を深くさせる為だった。

マインド・コントロール、皆森のやり方は、ニュースではそう呼ばれていた。

 時間が経つにつれ、皆森の本質は明らかにされていった。

 皆森には罪悪感が無く恐怖も無かった。そして、人間らしい感情も殆どが欠如していた。皆森が持っている感情らしい物と言えば、人を痛めつけて得られる興奮しか無かった。皆森はただ、退屈だからと言う理由で以上の事を起こしたのだ。

皆森が言っていた実験…それはスタンフォード監獄実験と呼ばれる、実際行われた事のある実験だった。

 普通の人が特殊な肩書や地位を与えられると、その役割に合わせて行動してしまう事を証明しようとした実験だ。それを皆森は、退屈しのぎに証明して見せたのだと言う。結果は、皆森の予想した通りになった。

 初めは大騒ぎになっていた事件も、あまりの残虐性に報道規制がされ、その勢いは段々と薄まって行った。そして大抵の人は、この事件を忘れていった。





 何か月かして、僕はメグを犯した二十一人の男子達と共に、裁判にかけられた。十三人が試験観察、山中、サンチュ、ヨッシー、トレンディの四人が短期少年院送致、そして僕を含む二人が保護観察処分を受けた。

 その後、刑事裁判で山中達は懲役四年以上六年六カ月の不定期刑、皆森は二年以上四年以内の不定期刑を言い渡された。皆森の刑が軽いのは、直接犯行に手を加えていない事が大きな理由だった。

 その六か月後、保護観察処分が終わり、僕達は北海道へ引っ越した。岐阜にはもう居られなかった。

 引っ越す直前に、羽川が僕に来た。羽川は僕が虐められていた時、助けなかった事を泣いて謝った。僕は羽川を許した。本当の事を言うと、僕には羽川を許す権利なんかなかった。数か月前の僕は、羽川と同じだったからだ。

父さんは父さんの友人と一緒に、牧場を経営し始めた。二人の牧場は中々儲かっているらしい。僕は北海道の高校に入学した。精神的な問題で、一学期の半分程度しか出席しなかったが、何とか卒業でき、その後私立へ進学した。

 僕達が高校を卒業すると同時期に、皆森が少年院を出たと風の噂で聞いた。

皆森はどうやら、アメリカの大学へ六年間留学するらしかった。あんな事をしておいて、のうのうと生きている皆森に、僕は心底腹が立った。夢と同じように、殺してやりたいと心の底から思った。しかし本当の所は、もう二度と会う事は無いのだと言う安堵の方が大きかった。

 それから一年後、メグと峰音の家から、橋本が犯行に気づいて居たのにも関わらず何もしなかったとして、総額四千四百三十万の損害賠償を求める訴訟を地方裁判に起こした、と父さんから聞いた。結果がどうなったのかは、僕はまだ知らない。

 北海道へ引っ越してから、羽川と偶に連絡を取り合った。羽川は精神科医になりたいと語った。皆森が何を考えていたのか、そして皆森の本質は何だったのか知りたいと羽川は言った。皆森を理解すれば、皆森の様な人間から被害を会っている人達の役に立つだろうと。

 二年ほど連絡を続けていたが、何時の間にか羽川とは電話が繋がらなくなっていた。寂しかったが、少しだけ安心した。羽川と喋っていると、あの頃を否応も無しに思い出してしまうからだ。それは羽川にとっても同じだったのだろう。

 あの事件から、もう約五年が経っていた。







 僕はネクタイを解き、スーツを脱ぎ捨てた。友達から薦められて無理やり飲まされたビールが口の中で匂う。

「成人式どうやったぁー?」

 母さんが台所から顔を出し叫ぶ。僕は返事の代わりに大きなげっぷをして、母さんの顔を歪ませた。

「顔真っ赤やん」

 台所から出てきた母さんを手であしらい、僕はソファにダイブした。

「うわぁ、かなり飲んだんやねぇ」

 そう言いながら、母さんがテレビのチャンネルを付ける。ニュースキャスターの声が二重に聞こえる。体がふわふわとする。僕の意識が深い眠りへ落ちかけた時、僕の体が思いっきり揺れた。

 母さんが僕の名前を呼ぶ。眠りを邪魔され、僕は五月蠅いと怒鳴った。それでも母さんは止まらず、きれながら僕は起き上がった。目にテレビの光が痛い。視界が段々とはっきりしていく。

 と、テレビの画面を見て、僕の心臓が強く掴まれた。

「……山中…」

 僕は茫然と、呟いた。

 テレビの向こう、そこに山中の顔が映っていた。がりがりに痩せた山中に、昔の面影は残っていなかった。しかし何故か、僕の本能がそれは山中だと叫んでいた。画面が切り替わる。そこに映っていたのは、かつての面影を残した、皆森だった。ニュースキャスターの無機質な声が耳に入る。

「今日午前二時三十分頃、山中利光容疑者が、アメリカのカリフォルニア大学バークレー校で、その生徒である皆森明美さんと思われる遺体が発見されました。山中容疑者は犯行を認めており、現在取り調べを受けている模様です。二人は五年前の岐阜高集団虐め事件の主犯格であり、明美さんと山中容疑者の間に関係があったとして捜査を進めています。尚、明美さんの遺体はばらばらになっており、山中容疑者によると遺体の一部を食べたとの―――」

 山中の、抜け殻になった様な顔が僕を見つめる。その瞬間、僕は忘れかけていた記憶を思い出した。

 子牛。

 そうだ、僕は確かに、子牛の夢を見ていたんだ。

僕はその顔を、自分だったかもしれない顔を見つめ返した。





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