解体




 事切れた牛の死体を見ながら、僕は何故か、冷静に現状を見ていた。

この子牛は、父さんが子牛から買って世話した牛が初めて産んだ、とても大切な子牛だ。こいつが居なくなったと知れば、父さんは絶対に辺りを探して回るだろう。そしてその内、フェンスの穴を見つけ、足跡を辿り、ここに行きつく。そして牛の死体を発見する。疑われるのは勿論僕しか居ない。子牛を逃がしても、まだ父さんは許してくれだろう。しかし殺したなると話は別だ。

父さんは僕を罵るだろう、僕を嫌悪して、憎悪に顔を歪めるだろう。

死体を消さなければいけない。殺したと言う証拠を消せば、子牛は逃げたと言える。失望されずに済む。

僕を支えているのは、もう父さんと母さんしか居ない。そんな二人から、軽蔑されるのが怖かった。

僕には二人しか居なかった。その二人を、失いたくは無かった。

 子牛を持ち上げると、傷口から大量の血が垂れ、地面に落ちた。地面に咲いた花を見ながら、僕は血抜きをした方が良いと考えた。このまま何処かに死体を隠す時に、血痕でも地面について居たらばれる確率が高くなる。

 僕は少し降りた所にある小川を思い出した。その小川に牛の首をつけて、血抜きをしたら良い。僕はそう思い、子牛の死体を小川まで引きずっていった。落ちてくる血を手で受け止めている所為で、僕の手は真っ赤に染まった。それを見て、何故か、昔読んだ、ミステリーの小説の台詞が頭に浮かんだ。

『たぶん犯罪を隠蔽している時の精神状態は極めて正常で、むしろ殺人と言う非日常から普通の生活――日常にに戻ろうとしている場合が多いのじゃないか、隠蔽をすることで犯罪者は異常な精神状態の中から正常を取り戻すんじゃないか――』

血と、両手に圧し掛かる牛の重みで、辺り一面に充満する異常を全身で感じながら、僕は唯一正常だった。しかし、正常と呼ぶには異常すぎる感情だった。

 小川にはかなり近いはずなのに、着いた頃には丸一日、子牛を運んでいた様な気分になった。子牛の喉を小川に付ける。透明な水は牛の血で赤く濁り、ピンク色になって下へ流れていった。小川に手を浸し、手の血を落とす。血が落ちる頃には、余りの水の冷たさに、僕の手の感覚は無くなっていた。

 凍えた手に息を吐きかけながら、血痕が落ちていないか来た道を戻る。やはり手では受け止めきれなかった様で、ぽつりぽつりと血が地面に跡を作っている。僕はその跡を見つける度、足で地面を蹴り、出てきた土と混ぜて誤魔化した。

 そうしてる内に、また丸太小屋に戻った。丸太小屋の前は、落ち葉が敷き詰もっている所為で、血が地面に吸収されずに真っ赤になっていた。

どうやってこれを誤魔化そう、と考えている時、ふと足が何かを蹴った。足元を見る。

そこには誰かのスクール鞄が転がっていた。

 かさりと草が揺れる音がして、勢いよく後ろを振り返る。

 誰も居ない。

 ざぁっと木々が揺れる。

 誰かが、見ていた…?

 僕は身を固くさせた。ゆっくりと息を吐く。斧に近づき、ゆっくりと持ち上げ構えた。

「……誰や」

 僕の声が、静かに辺りに響いた。

 全神経を集中させ、辺りを見渡す。心臓が痛む。誰かに見られていた?誰に?僕は斧を振り回し叫んだ。

「隠れとんじゃねぇぞぉおおッ!殺されてぇのかぁあああッ」

僕は辺りの草むらに、手当たり次第に斧を突っ込み、掻きまわし、半狂乱になり叫び続けた。振り回した腕が痺れて来て、斧を地面に叩きつける。そして僕は急に馬鹿らしくなって、声を殺して笑い始めた。

人が隠れて居るなんて、そんな訳有り得無い。僕の妄想だ。そもそも、スクール鞄がここにあっただけで、誰かが見ていたとは限らない、しかも今日は土曜日で学校も無い、でも、それならこのスクール鞄は何だ?さっき通った時は、確かに無かった筈なのに。

再び心臓が縮み始める。

僕はスクール鞄に近づき、それを持ち上げた。ちゃり、と何かが擦れる音がして見ると、鞄の端に趣味の悪い星がにんまりと笑っていた。

 その途端、昨日の記憶が突然頭に流れ出した。昨日、寝ぼけて自分のスクール鞄をここに置いたんだ。

 僕は安心して、息を吐いた。

「馬鹿かよ」

 自分で自分を罵り、スクール鞄を地面に落とす。僕は暫く茫然とした後、取りあえず何か役に立つものを探しに小屋に入った。

薄汚れた小屋には、使わなくなったも物と、牛の餌と、薪が無造作に置かれていた。父さんが置き忘れたライターと、スコップを見つけ、手に取り外へ出る。スコップの先で血に濡れた落ち葉を集め、ライターで燃やす。中々火が燃え移らず、その度に何度も落ち葉に火をともす。ぱちぱちと火が落ち葉を焼き、落ち葉は葉脈を残して赤く燃え、そして最後に灰になり、消えた。

僕は灰になった落ち葉をかき集め、適当な場所に投げ捨てた。そして辺りから新しい落ち葉を持ってきて、また地面に上に撒いた。地面に落ちた小さな血は、全て掘り返して誤魔化した。

一時間程それを繰り返すと、丸太小屋は血の匂いも無い、何時もの平凡な小屋に戻った。





僕は丸太小屋にあった、手押し車と青いビニールの布を持って、血抜きが終わったであろう子牛の死体の所まで行った。

長い間水に浸けられた子牛の体は、死んでいるのもあって、とても冷たかった。血抜きが終わったのだろう、牛の喉の下の水は美しく澄んでいた。念のため、牛の体を押したり、頭を強請ったが、血は一滴も出ない。

僕は満足して、手押し車に子牛を横たえ、その上から青いビニール布で全てを包んだ。そして辺りにあった落ち葉を集め、手押し車の中に放り込む。これなら、一見すると落ち葉の山にしか見えない。誰も、この中に死体があるなんて、考えもしないだろう。

この状態で坂を上り、山小屋から牧場へ戻る。牧場の奥に、確か使われていないクーラーボックスがあったのを思い出す。そこに隠せば、きっと何とかなるだろう。

僕は坂に向かって手押し車を推した、しかし手押し車は進むどころか、逆に僕を押して後ろに下がって行く。牛の体重が重すぎて、坂が上れないのだ。

もし坂が上れないのだとしたら、下山して山を迂回するようにして牧場へ戻るしかない。でもそれは、人目に着くので避けたかった。僕は全身の力を使い、手押し車を上に押した。けれどやはり、手押し車はびくともしない。やはり、遠回りの道しかなさそうだった。

 スクール鞄をどうするか悩んだ末、僕は藁の中に鞄を突っ込んだ。子牛を隠した後でここに鞄を取りに戻るには、時間が掛かり過ぎるからだ。

 と、その時僕は自分の血塗れの服に気づいた。分厚い厚手のジャージの上には、言い逃れできない程の赤い染みがこびりついていた。

 僕は何か着れる物が無いかと、小屋の中を探したが、案の定見つけられなかった。仕方なく、僕はジャージを脱いで、手押し車の中に隠した。冷たい風が薄手のTシャツを通り抜け、皮膚がぴしぴしと痛む。

 がちがちと歯を鳴らしながら、僕はズボンに血が付いていないかをチェックした。小さな血がぽつぽつと付いているが、元々黒地である所為か目立ってはいない。携帯で時刻を確認すると、両親が帰って来る、まだ三時間前だった。

 ここから下山するのに三十分、そこからまた牧場まで着くのに二十分。大体一時間かかる。

 僕はもう一度、自分の恰好を確認した。Tシャツにどうしても違和感を感じるが、それは仕方が無い。僕は手押し車に手を掛けた。




 


 適当な木の近くに押し車を置く。僕はそのまま木の横の道に少しだけ入り、方向を確認した。恐らく、このまま行けば山を下りられるだろう。

体を摩り、息を震えながら吐き出す。鳥肌が全身に立ち、視界が白く曇る。直ぐ近くに、電柱にスピーカをつけた柱が見える、と思ったと同時に、向こう側から誰かが歩いてくるのが見えた。

僕は押し車を取るのも忘れ、咄嗟に横の木の陰に隠れた。小さく、それでいて聞こえ慣れた声が段々と近づいてくる。僕は木の陰から、こっそり辺りを伺った。

「ってか土曜も練習あるとか、くそだりぃわ」

 サンチュだった。心臓の鼓動が一気に早くなる。学校の指定ジャージを着て、大きな手提げかばんを下げ、振り回しながら歩いてる。

「大会何て興味ないのによー、まじ時間の無駄」

 サンチュの横に居る後藤が言った。

「顧問の竹内うぜぇし」「あいつ禿げとる癖に偉そうやおな」「まじそれ」「将来あいつみたいになりたくねぇよな、バーコード頭はまじで最悪」

顧問の先生の悪口を口々に言いながら、山中達の声が近づいて来る。と、サンチュが思い出したかのように言った。

「あーあ、早くテツに会えねぇかなぁー」

 ずくりと心臓を掴まれた。

「お前、テツ好きよな」

「うん、好き好き。だってあいつ反応面白いんだもん、子犬みたいでさぁ」

 くくく、とサンチュが笑う。

「悪趣味だよな、お前って」

 後藤が呆れた様な声を出す。

「はぁ?皆森に比べたら全然だし」

 サンチュが笑いながら続ける。

「知ってる?あいつ、家にめっちゃハムスター飼ってんの、それで共食いさせてんだよ。共食いさせて、残ったハムちゃんを犬の餌にしてんだって。後は、猫の腕切って、それ腕切った猫に食べさせてんだって。やべぇよなァ」

 サンチュが興奮したように言った。

「あとさ、な、知ってる?皆森がこっちに転校してきた、本当の理由」

 後藤が、何だよ、とサンチュに行った。

「あいつ、前の学校で、女子高生一人殺してんの」

 耳の裏から心臓の音が聞こえる。

「飛び降りさせて、そのまま死んじゃったんだってさァッ!でも父さんがもみ消してくれたんだってよ!」

 サンチュがげらげらと笑う。

 僕は思い出した。前に皆森明美と検索して現れた、女子高生自殺の記事。あれは、もしかして。

「まじであいつ、最高だよ!考える事も、やる事も、常人じゃねーんだもん!」

 後藤が、はぁ、と気の無い返事をした。

「まぁ何でもいいけど、俺は巻き込むなよ」

「巻き込まねぇってぇ!心配すんなよ!」

 サンチュが後藤の背中を叩く。そして思いついたように声を上げた。

「なぁ、今度さぁ、テツの後輩、拉致んねぇ?」

 僕の体がぴくりと跳ねた。全身の毛が逆立った。

「でさぁ、テツの前で犯そーぜ!そしたらめっちゃ楽しくなるよなぁ!それか」

 と、その時、僕の歯がカタリと小さな音を立てた。その瞬間、サンチュが振り返った。


「誰」


 ひゅぅ、と喉が鳴る。



「何言っとんの?」

 後藤がサンチュに問いかける。サンチュは低い声で唸った。

「…今、音、聞こえた」

 足の震えが止まらない。頭が真っ白になる。どうする、どうやって逃げる。

「………聞こえんくね?」

 後藤が疑わし気な声で返す。

「…いや、絶対居る。さっき、白くなった息が見えた」

 僕は口を押えた。木に体をへばり付ける。サンチュが木にゆっくりと近づいて来る。サンチュが声を変えて言った。

「お前、誰?出て来いよ、別に何もしんで」

 僕は何度も浅く息を吸った。音を出さない様に、大口を開けながら喘ぐ。

「なぁ、今の聞いとった?……聞いとったよなぁ」

 声が僕の方に近づいてくる。来るな、来るな、来る。音が段々と、段々と大きく大きくなっていって、手が、手が僕の、木の幹を掴んだ。

 その瞬間、歌が鳴り響いた。

「…そこにおんの、ばればれやっつーのぉッ!」

 サンチュはそう叫んで、勢いよく木の裏を覗き込んだ。サンチュの顔が段々と拍子抜けしていく。そして不機嫌に眉を顰めると、後藤の方を振り返った。

「お前、病院行ってみたら」

 後藤がそう言って苦笑いを浮かべる。

「絶対、絶対おったはずやったのに……何処に行ったんや」

 サンチュはぶつぶつと呟き、何回も木を確認していたが、結局諦めて去りゆく後藤の後を追った。

伸びた二人の影は地平線の彼方に消えていった。





 二人の足音が聞こえなくなって暫くたってから、僕は口の中にため込んでいた空気をゆっくりと吐いた。唇の間から、白い筋が吐き出される。

僕はスピーカの付いた柱を見上げた。

助かった、そう心の中で静かに呟いた。

 先程、サンチュの手は確かに僕の隠れている木の幹を掴んでいた。そして木を覗き込もうとした、その瞬間、スピーカーから『夕焼け小焼け』の歌が大音量で流れ出たのだ。突然流れた音楽に、サンチュが驚き振り返った瞬間、僕は全速力で横の茂みに隠れたのだ。

 僕は地面にしゃがみ込んだ。

 今まですっかり忘れていたが、確かこの道を抜け、暫く歩くと僕の学校に着く。それから察するに、山中達は今日は部活で、それで帰る為にこの道を通ったのだろう。

 僕は立ち上がった。

 


 


両方に枯れた田んぼが広がる道を、僕は手押し車を引いて歩いた。青い空が遠く、真っ白な雲が映えてる。道は延々と伸び、歩いても歩いても変化はない。収穫の時期が過ぎた田んぼは放置され、誰も世話をしていない。地平線の彼方に一ミリ程度の小さな民家があるだけで、それ以外は僕一人だった。

 手押し車を押す指が悴み、殆ど感覚が無かった。震えながら一歩一歩を踏みしめる。体の芯までが凍り付く。

 民家の前を通る度、見つかるのが恐ろしく、全速力で車を引く。

 がたがたと押し車のタイヤが軋む。目の前の、霞んだ牧場が、段々と近づいていく。

 ごくりと唾を飲み込む。僕は息を吸って、手押し車を引きながら走った。タイヤが小石でバウンドしながら、その速度を速めていく。そして草を食む牛が鮮明に見えてきたところで、僕は走るのをやめた。

僕は牧場に入り、クーラーボックスまで死体を持って行った。手押し車の上に積もった落ち葉を床に落とす。落ち葉の上から、現れたビニールシートを床に引き、その上に牛の死体を置いた。途中で出てきたスクール鞄を、今度こそ忘れない様に、倉庫の外に置いて置く。

牛の体は冷たくなっていた。牛の死体を触ると、まだ死後硬直はしておらず柔らかいままだった。

そしてそのまま子牛の足を掴み、逆さまにクーラーボックスの中に入れた。しかし予想していた以上に子牛の死体が大きく、子牛の上半身しか入らない。しかしその割には隙間が大きい。子牛の体をばらばらにして、かさばる様におけば、きっと全部は居る筈だ。

僕は倉庫から、以前、父さんが死んだ牛を解体するのに使っていた鉈を持ってくると、死体の肌に当てた。

少しだけ刃先を肉の中に入れてから、そのまま横に向かって移動させる。捲れた肌を伸ばし、くっついている所を切る。肌が向かれた場所は、血抜きをした所為か真っ赤と言うよりは、少し白っぽい色をしていた。

 僕は頭以外の全身の皮を剥くと、次に牛を仰向けにした。胸から股間まで一気に包丁を入れる。腹を走る真っすぐな線の先に、開きやすいように横線を入れる。まるで英語のIの様な形になった切れ込みに手を入れ、左右に開く。

 開いた胸の奥には太い骨が幾重も重なり、まるで手の様にして、隙間から見える心臓や肺を守っている。骨に刃を当て、切ろうとする物の、頑丈すぎて傷一つ付けられない。僕は仕方なく、まず腹の方を解体する事に決めた。

開かれた腹の中には、腸がみっちりと詰まっていた。腸全体が、何と呼ぶのか分からない、薄い皮で覆われている。その皮に切り込みを入れると、その切込みから腸がぼろりと飛び出した。

僕は父さんが、前に一度だけ、死んだ牛を解体している記憶を思い出した。あの時、父さんは内臓を捨てていた筈だ。

腸を鷲掴み、死体の腹から引きずり出す。小さな腹にこんなにも入っているのか、と不安になる程の長さだ。一回切って短くしようと、腸を切ると、切った先から糞が毀れ落ちた。嫌な音を立て、軟便が地面に落ちる。便の中に黄色いトウモロコシが数粒入っていて、こんなのあげたっけ、と少しだけ首を傾げた。

 腸をやっとの事で全て取り、床に投げ捨てる。腸と繋がっていた胃も、胃の部分を切って吐瀉物で汚さない様にと、慎重に切り取った。空っぽになった腹から、胸の方へ手を入れ、肺を掴む。肺は柔らかく、滑っていて、伸びる皮みたいな感触がした。

肺の向こうに腰を据えている心臓を掴み、体とくっついている管を包丁で切断する。心臓は桃色に光って綺麗だった。少し力を入れると、空気が抜ける様な音と共に少量の血を吐き出した。

 肉の匂いに、頭がぼんやりとしてくる。

半分意識を失いかけていた時、場違いに明るいメロディが部屋に響いた。ぶるぶると震えるズボンのポケットに手を入れて、携帯を取り出す。

 母さん、と表示された携帯が震え続ける。僕は息を呑み、恐る恐る、電話に出た。



「もしもしー、テツ~?」

 母さんの懐かしい声。

「ちゃんと見張りしてる~?」

 受話器越しに聞こえる、母さんの呑気な声になんなく安心する。

「うん……大丈夫やお」

 嘘つき、と僕の中の誰かが言った。

「そっか、有難うね。私達、あと一時間ぐらいで家帰るで」

「えっ、え、まだ四時やん」

「買い物が早くすんだん。それに、こんなに寒いのにあと三時間も見張りさせるなんて可哀想やん」

 僕は携帯から耳を離し、時間を確認した。あと三十分後に、母さん達が帰って来る。駄目だ、今、帰ってこられたら。僕は平静を装い、ゆっくりとした口調で言った。

「そうやけど、俺は別に大丈夫やて、ゆっくり帰ってきて」

「ええって、そんな気ぃ使わんで。それにもう向かってるし、とにかくもう直ぐ着くから、牛、小屋に入れといてよ」

 毒付きたくなるのを我慢して、僕は声を捻りだした。

「……分かった」

 じゃぁね、と言って母さんは直ぐに電話を切った。

 僕は苛々としながら立ち上がった。駄目だ。一旦隠すしかない。

 僕は取りだした内臓をクーラーボックスに詰め、解体し終わっていない死体をビニール袋で包み、手押し車の中に放り込んだ。血塗れの上着も一緒に、落とした落ち葉を手押し車の中に乗せ、倉庫の裏に隠す。

 見つかるかもしれない、けど今は、他にどうしようも出来ない。

 気ままに草を食んでいる牛達を所へ走り、元の牛小屋に戻す。モォ~と言ういつも通りの声。ここの中に、あいつの親が居るのかと思うと、酷い罪悪感に押しつぶされそうになった。

 そして震えながら家に帰り、シャワーを浴びる事にした。

熱いシャワーを冷たく過敏になった肌で受け取ると、肌が火傷しそうな程熱くなった。それに暫く耐えると、段々と体が温まっていく。微かに着いた牛の血が、排水溝に流れていく湯を少しだけ赤茶色くさせた。

大丈夫だ、大丈夫だ、と自分に言い聞かせた。

 大丈夫、僕は悪くない、悪いのはあいつだ、あいつが悪いんだ。

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