無数の肌
かしゅかしゅと、チェーンの外れた自転車が、僕の足元でおかしな音を立てる。十月に入りかけた秋の空気は、僕の体を容赦なく吹き付けた。マフラーを持ってくれば良かったと、半分後悔する。
「てか、何なん、山中の奴、くそさみぃのに呼び出しやがって」
と誰にも言うまでもなく、小さな声でブツブツと文句を垂れる。
「というか何で秘密基地なんや…」
舗装されてない、田んぼと田んぼの間の道を突っ切る。
まだ七時というのに真夜中の様な夕方の道の真ん中に、大きな塊が見える。ペダルを漕ぐ足を強めると、その塊はだんだんと大きくなってくる。そしてその大きな塊が僕を包み込み、目の前に落石注意と書かれた古ぼけた標識が目に入った時、僕は足の力を抜いた。
自転車から降り、車の邪魔にならない様な道の端に置く。こんな田舎に自転車を取り奴なんて居ないので、鍵もかけず、そのまま標識の横の、道とさえも呼べないような荒い獣道に入った。
薄暗い森の雰囲気に、若干背筋がざわざわとしながらも、忘れかけた記憶を頼りに道を進んでいく。五分ほど歩くと、道の横側に電柱にスピーカをつけたような柱があり、僕はそこを横に曲がった。
傍若無人に生えている木を避けては避け、しばらく歩くと薬きた倉庫が姿を現す。小学校の頃の、僕らの城だった、過去の残留物。
小三の頃、探検ごっごしていた山中と僕は、偶然この古倉庫を発見した。かなり前の誰かが使っていたであろう倉庫は、すぐに僕達だけの秘密基地となった。それから小学校卒業するまで、僕達の溜まり場といえばここだった。
倉庫を前にして、遠い様で近い過去思い出していると、突然、横から急に掠れた声が聞こえた。ぎょっとして飛び退く。ばくばくと痛い心臓を手で抑え、目を凝らして暗闇を見ると、そこらに見慣れた体型の誰かが体を震わせて笑っていた。
「お前、まじでびびりすぎ」
そういって下品に笑う山中の肩を思わず殴る。
「お前まじで怒るぞっ!」
そう言って怒鳴ると、山中ますます下品な声を大きくして笑った。
「笑うのやめろよ」
そう言っても山中はけたけたと笑い続ける。
「おい、いい加減にしろって!」
もう一度怒鳴っても、謝りもせずに笑い続ける山中の姿に、僕は強烈な違和感を覚えた。山中はよくこういう、苛々するような悪戯をしかけてくるのだが、こっちが本気で怒っていると気づくと、何時もだったらきちんと謝ってくれる。
しかし目の前にいる山中は、僕が怒っている事を全く気にしていない様な、それどころか楽しんでいる様で、腹を抱えて大声で笑っていた。げらげら笑っている山中の目が獣のようにぎらぎらと光っていた。
異様な山中の姿に、僕は思わず後ずさりをしながら言った。
「お…、お前どうしたん」
大丈夫か、と山中に聞くと、山中は涙を拭きながら言った。
「最高やて、まじでうけたわ、がちで笑った」
吹きだして再び笑い続ける山中に、僕は半分引きながら、無理やり話題を変えた。
「面白いもの見せてやるって、何?ってかなんでいきなりラインしてきたん」
山中がにたにたとしながら僕の目を見つめた。瞳孔の開いた、暗い、ぎらついた瞳。山中の口から生臭い香りが流れ、僕は思わず顔を背けた。
「見たほうが早いわ」
山中に手首を掴まれ、倉庫の前に立つ。
「お前も絶対気に入るで」
開けてみ、と山中が言う。倉庫の向こうから粘着質な音と、荒い息遣いがする。
知っている、僕はこの音を知っている。
駄目だ、と頭の中の僕が叫んだ。開けちゃ駄目だ。今なら間に合う、逃げろ、今すぐ背を向けて逃げろ。
「何しとんの」
山中の粘着質な声が聞こえ、僕はゆっくりと山中を見た。山中は笑ってはいなかった。ただ魚のように無機質な瞳が僕では無い何処かを見つめているだけだった。
「外を寒いで早く入ろうよ」
そう言って山中が、僕の声を無視し、無理やり扉を開けた。
始め、僕はそれが何か分からなかった。毛の無い肌色の豚が、餌を中心として我先にと群がっているのかと思った。違った。豚だと思ったのは僕のクラスメイト達だった。そしてその真ん中で、裸のメグが、死んだ様にして彼らに食い荒らされていた。
僕は麻痺したようにその場に立ち尽くした。そんな僕の肩に山中が手を回す。
「ええやろ。お前も使ってええで」
使っても良い?
何を?
俺の友達やからな、と言って山中が歯をむき出して笑った。そして僕の表情に気づき、呆れた様にため息をついた。
「まぁさ、びっくりするのは分かるで。でも仕方ないやん、メグはこんな事されても仕方ない屑やから、なんも考えずに楽しめばええんよ。お前だって更生、楽しんでたやろ?」
更生と同じだよ、俺達は、メグを更生させてんだよ、山中が僕の耳元で囁いた。僕は弾かれた様に山中から離れた。違う、と僕は掠れた声で呟いた。
「俺は……楽しんでなんか、仕方ないから…」
「嘘や」
と、山中が無表情で言い放った。
心臓が激しく脈打つ。
「楽しんどったやろ」
山中が僕に近づいた。
「楽しかったやろ、自分が最強やと思えたやろ、気持ちよかったやろ、そうやろ」
口の中が渇き、僕は唾を呑みこんだ。
「皆がやっとるとか、仕方ないとか、理由付けて、本当は楽しんどったやろ」
違う、と言ようとした。
だけど、出来なかった。
山中の顔が歪み、唾を吹きだして笑った。
「動くオナホ使ってると想えばええわ」
山中が満円の笑みで僕の肩を抱く。
「お前と童貞やったやろう、卒業できるで。よかったな」
部屋に充満する独特の生臭い匂いが僕の鼻を伝い、脳に伝わった。汗と精液と、涎の匂い。頭がぼんやりとして、目の前の光景が全て悪い夢だと思った。
「でも全然気持ちよくないけどな。あいつ付き合ったところから、まんこ緩いんだよ」
錆びたパイプの椅子に座って、漫画読んでいたサンチュが、僕にそう声をかけた。
「でも初めてやったらいいかもな、あ、性病とかのないから安心しやあ、ピル飲ませてるから妊娠もしねえし」
サンチュの声がうねって僕の頭の中で響いた。真っ白になった頭の中に、獣のような呼吸音と汁の匂いがやけに強調されて、僕は吐きそうになった。腰を振ってる男達の中に、トレンディとヨッシーもいた。口でガムテープを塞がれたメグが、男達に揺らされ、目を宙に投げ、なされるがままになっている。ガムテープの端から大量の涎が垂れていて、そしてそれは他の液体と共に地面に模様を作った。放心したメグの前で、皆森がスマホを持って立っているのが見えた。皆森は俯いたメグの髪を掴み、上に上げた。
「ちゃんとカメラ目線でやってよ、折角の主役なのに」
皆森が無表情でスマホでメグを撮影する。
「これって売れるのかな」
皆森がそう言いながら小首を傾げた。部屋の端から、サンチュがあんまりなんじゃねーの、と言い放った。
「素人レイプものって、売れなさそうじゃん」
「えーそうなの。それだったら普通に撮れば良かったね。サンチュ君、今度ホテルとかいって撮って来てよ」
皆森が残念そうな声を出す。
「めんどくせぇからやだ」
サンチュがだるそうにいって、漫画のページを捲る。
「ぼ、僕がやりましょうか」
突然山中が僕から離れ、皆森に駆け寄った。
「駄目だよ、絵面悪いから」
皆森がそう言うと、山中は、そうですよね、と小さな声で返した。
「ていうか山中君には違う仕事があるでしょ」
それを聞いた途端、山中は心底嬉しそうな顔をして、地面に足と手をついた。犬の様になった山中の背中に、皆森が当然の様に座る。皆森が僕を見る。光のない皆森の瞳に見つめられ、身を硬くした。
「金田君、何してるの」
え、ぼくは裏返った声でつぶやいた。
「早く服脱ぎなよ、大丈夫、撮影もう終わったし、カメラには写さないから」
皆森が言いながら片足を後ろに振り上げ、山中の腕を蹴った。山中は豚の様な声を上げた。
「お…俺、こんな事出来ん、だ、だだだって、だってこ、んなん犯罪やん」
その瞬間皆森の顔から表情が消えた。皆森が立ち上がり、僕に近づく。蛇に睨まれた蛙の様に、体が動かなくなる。その蛇が僕に近づき、目の前に立つ。皆森が僕の顔に限りなく近く顔を近づけた。皆森の口から、場違いに爽やかなレモンの香りがした。
「こわいの?」
皆森の目が僕の心臓を掴んでいていた。ぼくは何も答えられないまま皆守を見つけた。
「じゃあなんで勃ってるの」
そういって皆森が僕の股間に手をおいた。ひぃ、とを僕は喉の奥から小さな悲鳴をあげた。まるで自分自身が、自分ではないような感覚に陥る。やめろ、といようとしても声が出ない、声すらも出なくなっていた。
僕の視界に一杯に、皆森の顔が映った。そしてそれが段々と大きくなり、皆森はボクにキスをした。唇と唇の間に皆森の舌が入り込む。まるでざらざらとしたナメクジを食べているようで、気持ち悪くて、そして気持ちが良かった。頭の端に夢野の事を思い出し、泣きたくなった。しかし泣くこともできないまま、ぼくは皆森の操り人形にでもなったかの様に、ただ皆森になされるがまま、舌を動かした。
皆森の顔が僕から離れると、僕と皆森の口の間に、唾液の糸が伝った。皆森は唾液でべとべとになった唇を、舌で舐め、微笑んだ。その表情に僕の体はますます暑くなった。皆森が僕の腕を取り、皆森の胸へ導く。服の上から触っている所為なのか、皆森の胸はでこぼことしていて、あまり柔らかくは無かった。皆森が僕の服を脱がす。耳の裏から自分の心臓の脈動がはっきりと聞こえた。僕が再び皆森にキスしようとすると、皆森はそれを手で封じた。僕の手を取り、メグの前に立たせる。クラスメイトがメグから離れ、ニヤニヤとしながら僕を見た。開いたメグの足の間は影になってよく見えない。
「ここ」
皆森は僕の指を掴み、メグの足に近づけた。僕の指が股のどこかの穴に入る。そこは想像していたよりも、ずっと広くのっぺりとしていて、そしてぬるぬると濡れていた。
「できるよね」
僕はぼぅした頭で、僕の腰をメグのあそこに近づけた。そしてそのまま入れた。広い壁に、僕は自分のちんこを擦り付けた。そのまま無我夢中に腰を見る。ガムテープの向こうから、うめき声が聞こえた。その瞬間、僕は射精した。ちんこをメグの股から抜き取る。メグのあそこから白い精液が流れ出た。
「卒業おめでとう」
そう言ってトレンディとヨッシーが僕の背中から声をかける。僕は呆然としながら、精液が伝うメグのあそこを見つめた。皆森が再びメグに近づき、メグの汗ばんだ体を人差し指でなぞる。
「よかったね、メグぅ。あんた男のちんこ、大好きだもんね。だってあんた売女だもんね」
メグはなんの反応も示さず、ただ足を痙攣させた。
「だから、メグにプレゼントをあげようと思って」
サンチュが立ち上がり、山中から何かを受け取った。黒い液体が入った瓶と、百均のライター、そして先端にテープで糸が引っ付けてある割り箸。
皆森は僕と周りの男子に、メグを押さえつけるよう命令した。ぐったりとメグの体に押さえつける。メグの上に飛び散った誰かの精液に触れてしまい、僕は顔を歪めた。
サンチュがSMAPの世界に一つだけの花を口ずさみながら、割り箸の先端をライターの火で炙った。
メグが微かに痙攣しながら、首を上げて皆森を見る。開かれたメグの股の間で、サンチュは熱せられた針の先端を、墨汁の瓶の中に入れた。黒く染まった針を引き上げ、メグの内股に近づける。
「セルフタトゥーって知ってる?」
メグがそれを聞いた途端目を見開き、悲鳴を上げて釣れたばかりの魚の様に暴れた。
「ちょっと我慢してね」
サンチュが針をメグの肌に突き刺した。メグの絶叫がガムテープ越しにくぐもって聞こえた。まるで谷底へ落ちていく様な悲鳴だった。針がメグの肌を焼き、墨汁の黒がメグの肌に浸透した。
「一回十円、肉便器めぐちゃん、ってどう?」
メグが引きつけた絶叫をあげた。その様子を見て皆森は微笑んだ。僕の腕にふと何かが弱々しく触れた。それはメグの人差し指だった。僕はメグの顔を見た。一生にも思える一瞬の間、メグは僕を見つめいてた。彼女の目が叫んでいた。痛々しい程の絶叫を、思いを、感情を僕に訴えていた。
僕は無理だった。僕は目を反らした。何もできなかった。誰かの精液と汗で滑る彼女の体は、もう死んでしまうんじゃないかと言ううぐらいに熱かった。
メグの体を抑えている、僕のクラスメイト達は、皆にやにやと笑っていた。メグがいつの間にか失禁した様で、アンモニア臭い匂いが部屋に充満していた。
メグが悪いんだ、僕らはメグを更生してあげているんだ、だからメグがこんな酷い事をされても仕方のない事なんだ、だってメグはあんなに酷い事を皆森にしていたじゃないか、僕達は悪くない、これは悪を正すのには必要な事なんだ、正しい事なんだ。
僕はそう自分に言い聞かせた。でもさっきみたメグの瞳が、僕の頭にこびりついて離れなかった。
家に戻ると、もう両親は寝てしまったのか、リビングのテーブルの上に冷えきった夕食が置いてあった。僕はそれに手をつけず、すぐに自分の部屋に行き、ベッドの中で丸くなりながら、自分のした事について考えていた。
峰音の腹を殴った事を思い出した。僕はあの時、何も感じていなかった。ただ峰音を更生させる為だけに殴っていた。
自分が恐ろしくて、気持ちが悪くて、世界一の最低の人間だと思った。
メグを犯した、レイプした、僕は最低の人間だ、もう分からなかった、
山中がどうしてあんな風になってしまったのか、皆森がどうしてあそこまでエスカレートしてしまったのか、そして僕の友達、クラスの他の人間も頭がおかしくなったように更生だと言って、当たり前の様に人を殴ったり、レイプをしたり、それから人間とは思えないほどの最低の行為をしている、僕は犯罪者だ最低の犯罪者だ、最低の人間だ、僕なんて死ねばいいんだ、最低だ。僕だ、僕こそが人間の屑なんだ、僕こそが虐めを受けなければいけない立場の人間なんだ。
今の今まで、僕は何をしていたんだろう。ただ僕達は自分達を正当化して、メグ達と同じ事を、それよりも酷い事をしている。
叫びだしたい気分だった。
僕はもう分からなかった。
ただ、明日が来ない事を願っていた。
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