日常の最後
翌日の午前を牛の世話で過ごし、午後からはリュウと一緒にカラフルタウンで映画を見に行った。リュウが前々から見たいと言っていた、漫画を実写化した映画は、想像していた以上に酷い出来で、僕達はぐったりしながら映画館を出た。
「全然面白く無かったな」
「それな」
いかに映画が酷かったのかを語り合いながら、僕達は有り余った金でドーナツを買い、フードコードの端で食べた。
子供と親と学生の阿鼻叫喚を聞きながら、本屋の隣の喫茶店に行けばよかったと後悔し始めていたその時、スマホを弄っていたリュウがふと顔を上げた。
「お前、大学どうする」
僕はかぶりつきかけていたドーナツから口を離し、ぽかんとした顔でリュウを見つめ、目を離し、そんなん、まだ分からん、と言った。
「考えた事無かった」
そう言うと、リュウも、そうやおな、と返した。
「ってかリュウもまだ決めてないやろ」
「いや、もう決めとる」
嘘やろ、と僕は叫んだ。
「真面目やん、リュウらしくねぇ」
リュウは照れた様に、うるせぇな、と笑った。そしてリュウは真剣な顔をした後、周りを見渡した。僕に顔を寄せる。
「あのさ、きもいかもしれんけどさ、お前はめっちゃ良い奴だよ。正直、あー、……照れるけど、俺は、お前の事親友やと思っとる」
僕は無性に恥ずかしくなり、やめろよ、と言ってリュウから離れた。そして、少し間をあけて、俺もそう思っとる、と言った。目の端でリュウが安堵したのが見えた。
「だから、この事、お前にしか言わんからな。誰にも言うなよ」
照れ隠しで、僕は口をしゃくり、言わん言わん、と変な方向を見ながら言った。それを見てリュウは、絶対言うだろ、と声を上げて笑った。僕も一緒になって笑って言った。
「冗談やって、誰にも言わん」
リュウは少し笑い、口を閉ざし、そして僕から目を背けた。机の上に置いた手を弄ながら、ぽつりと呟いた。
「俺、早稲田に行きたい」
え、と僕は言った。
「早稲田って、あの?」
それしかないだろ、とリュウは照れた様に返した。
「え、でもあそこ、無茶苦茶むずいやろ。学部何処?」
「法学部」
僕は訳も分からぬまま、はぁ、と気の抜けた返事をした。リュウが早稲田を目指しているなんて、一度も考えもしなかった。あれだけ牛が好きなのだから、もしかしたら農業高校に行くかもしれないと考えた事はあったが。
「ってか何で早稲田?」
「俺、政治家になりたいから、だから頭いいとこ行かないかんかなって」
僕は驚き過ぎて、リュウから顔を仰け反らせた。
「まじで?ってか政治家?酪農家とかじゃなくて?」
「俺も、前までは農業高校行こうかなって思ってたんやけど、テツの父さんに聞いたら、別に行かなくてもなれるみたいやから…それに、俺、政治家になって、やりたい事があるから…」
「……やりたい事って、何?」
リュウは困った顔をして首を横に振った。
「今はまだ言えん」
何だよ、と文句を飛ばそうとするも、リュウの顔が余りにも真面目なので、僕は思わず口を噤んだ。
「……まぁ、よく分からんけど、良いんやないの、応援するわ」
リュウは強張っていた表情を柔らかくして、受かるか分からんけどね、と言った。僕は何と返したらいいのか分からなく、僕達の間に沈黙が流れた。フードコードの壁に埋め込まれたテレビから、今朝逮捕されたばかりの連続強姦魔が項垂れてパトカーの中に押し込められていた。
「最低やおな、こういう奴」
リュウが横で呟く。
「こいつ、十四人強姦したのに、死刑にならんのやって、有り得んよな」
うん、と僕は頷いた。
「世の中、間違っとるよな」
とリュウは言った。リュウの横顔は、正義感と、夢と希望と、そんな眩しい何かに包まれている様な気がした。ふと窓を見ると、外はもう真っ暗になっていた。ガラスに中の光が反射して、死んでいる様な顔の僕が見えた。窓の外を歩く疲れたサラリーマンと自分の姿が重なり、僕は咄嗟に目を反らした。
学校に行く途中、ばったり会った羽川と一緒に登校し、羽川のアニメ論について聞きながら、僕は教室のドアを開けた。何時ものように席に着き、羽川と談笑を続ける。何時もと同じ日常、風景。ただ、何かが少し違っていた。
微かな違和感がしっかりと形を持ち始めたのは、それから少したってからだった。僕が教室を入ると同時には絶対に絡んでくる筈の、山中達の姿が見当たらないのだ。
僕は話を聞きながら、教室中を見渡した。そして山中達が、皆森達の机の周りに居るのに気づいた。
話に夢中になっている羽川に声をかける。話の腰を折られた羽川が、どことなく不機嫌な様子で、どうしたの、と言った。
「あれ、山中達」
僕は山中達を指さした。僕の指の先で山中が変顔をして、皆森とメグがきゃっきゃと笑っている。山中の横にサンチュが割り込み、更におかしな顔をして辺りの女子の笑い声が湧いた。
「あいつら、あんなに仲良かったっけ?」
そう言うと、羽川は眉間に皺を寄せて、不思議そうに唸った。
「いや、そんな事無かったんじゃない?」
「だよな、皆森達と居るとこ初めて見た」
僕達は顔を見合した、と同時に教室にチャイムが響き渡った。皆森の周りのクラスメイトが蜘蛛の子の様に散り、各自の席へ戻って行く。山中も落胆した様な表情を浮かべ、渋々僕の後ろの席に戻って行った。ホームルームの後、僕は後ろを振り向き山中に尋ねた。
「どうしたんだよ、皆森と急に仲良くなっちゃって」
そう聞くと、山中は意外にも表情を暗くさせ、答えた。
「ちょっと……な」
初めて見る山中の表情に、僕は驚いた。
「何だよ、それ」
わざと茶化すように言うと、山中が真剣な顔をして声を潜めた。
「昨日…………昨日、皆森が怪我してて、で、俺らで保健室に連れてって、で、なんか仲良くなった…だけやて」
歯切れの悪い山中の返答に、僕は眉を顰めた。
「意味分かんねぇよ、何で皆森は怪我してたの?」
「…球技大会って、捻挫したんやって。で、皆に心配かけさせたくないから黙ってたらしい」
僕はへぇ~と声を出した。
「すげーな。俺やったら捻挫した瞬間に絶叫しとるわ」
山中が渇いた笑い声をあげる。
「…そうだよな。皆森さんは我慢強い人やから……」
思わせぶりな山中の台詞に、僕は更に違和感を感じた。
「お前、大丈夫かよ」
そう言うと、山中がまたわざとらしく笑った。
「俺は大丈夫」
『俺は』大丈夫……。じゃあ何が大丈夫じゃないんだ。僕は再び口を開いた。しかし一時間目を告げるチャイムが鳴り、僕は諦めて前を向いた。
購買で運よく味噌カツサンドを買う事に成功した僕は、幸せな気分に包まれながら学校の中庭に向かった。僕達の溜まり場となっているその場所は、日当たりは良いし、しかも窪地にある為、時たま目の前にあるテニスコートで練習をする女子のパンチラを見れる、最高の溜まり場だった。
中庭の真ん中で本を読んでいるリュウの頭の上に、味噌カツサンドを落とす。不機嫌なリュウの顔が、味噌カツサンドを見た瞬間に眩しく輝き始めた。
「……一つだけ?」
リュウがおずおずと僕に聞く。僕はにやりと笑って、懐からもう一つの味噌カツサンドを取り出し、リュウに放り投げた。
「うわ―ッ、マジかよ!めっちゃ嬉しい!」
リュウは満円の笑みで、味噌カツサンドを抱きしめた。
「まじでお前さいこーやわ」
嬉しそうに叫ぶリュウに、僕は知っとる知っとる、と返した。リュウが待ちきれないといった様子で、包装紙を破りサンドに食らいつく。幸せそうなリュウの顔を見て、僕は買ってよかったなと思った。突然、後ろから、えー、と高い声が聞こえた。羽川が僕達の近くに座り、リュウの味噌カツサンドを見て、悲し気な表情を浮かべた。
「僕の分は……」
「無いに決まっとるわ、金払え」
「屑や…信じられん…」
羽川はそう言いながら、弁当を開き始めた。
「そう言えば、山中君達は?」
まだ来てない、と言うと、羽川は、変やな、と言って首を傾げた。
「さっき購買で見かけたから、もう居ると思ってたんやけど…。何か用事でもあるんかな」
「確かに、あいつらがこんのは珍しいな」
「今朝も変だったしね」
羽川とそう喋っていると、リュウが起き上がり、今朝って、と僕達に聞いた。
「いや、朝、あいつら皆森達とつるんどってさ、山中もちょっと変やったし」
「皆森って、誰?」
「うちのクラスの美人転校生」
リュウは納得したように、ああ、と声を出し、何事も無かったかのように読書に戻った。
「山中達はもうすぐ来るやろ」
僕はそう言って、羽川とまたアニメの事について喋り始めた。しかし五分が過ぎ、十分が過ぎ、そして昼休みが終わっても山中達は結局現れなかった。休み時間の合間に山中達に聞いてみようかとも思ったが、そんな事を聞いたら鬱陶しい彼女みたいなので止めた。休み時間度に皆森の机に集まる山中達を、不思議な目で見ながら、僕は羽川と一緒に喋り続けた。
そして次の日から、山中達はもう中庭に姿を現す事は無かった。
山中にラインで聞くと、どうやら皆森達のグループとご飯を食べている様だった。テツ達も一緒にと誘われたが、リュウが嫌がったので、僕は引き続きリュウと昼飯を共にした。羽川は週の半分を僕達と、その半分を皆森達と過ごした。憧れの皆森とご飯が食べれるのが余程嬉しいのか、週に二三回は満円の笑みで皆森のグループとご飯を食べる姿をよく見かけた。
それから三週間後の中間が終わったある日、山中達から久々に遊ばないかと連絡が来た。
リュウと僕がラウンドワンの入り口に着くと、ヨッシーが一人で僕達の事を待ってくれていた。
皆は、と聞くと、もう店ン中入っとる、とヨッシーに返された。中間テストが終わったばかりだからなのか、ヨッシーの顔は少し疲れているように見えた。
固いボールが地面に落ちる音と、ビンが転げまわる音を聞きながら、久々のボーリングに心なしか胸が弾む。こう見えても、少額の頃はボーリングクラブに通っていた身だ。リュウと、勝負して買ったら昼飯を奢る約束をしながら、僕達はヨッシーの背中を追う。
ボーリング場の中の、三割の学生、六割の成人、一割の中年のグループの中に、見慣れた顔を見つけ僕は手を挙げた。
「遅れたー!許せ―」
山中、トレンディ、羽川が僕に気づき、笑顔で中指を立てる。ひっでー、と笑い叫びながら、僕はふと、山中の隣に座っている誰かに目が言った。
皆森だ。皆森明美が居る。
皆森の長い髪がゆっくりと揺れ、僕の方に首を回し、長い睫毛と下睫毛の間から僕を見つめた。その途端、体が一気に熱くなり、まるで時が止まったかのように僕の体は動かなくなった。そしてくらりとした眩暈を覚えた後、僕は全身の力を振り絞り体を横に向け、ヨッシーの肩を掴んだ。
「ちょい、ちょっと待って。何で皆森がここに居んの?」
「あー、何か来たいって言ってたから、連れてきた」
ヨッシーが何時もと変わらぬ表情で言う。
「連れて来たって、お前、一言ぐらい何か言えよ」
「いいじゃん、人が一人増えたって」
「いや、だから男友達とかだったらさ、まだ分かるけど皆森やで?俺喋った事無いんやけど」
「大丈夫大丈夫、良い子やから」
「いや、そうやなくてさぁー…」
言葉に詰まっていると、すかさず背後からリュウも加勢する。
「テツの言う通りや、言ってくれたら良かったのに。俺、あいつ苦手やのに」
リュウがそう言った途端、ヨッシーが声を低くして僕達を睨んだ。
「はぁ?それ皆森さんに対して失礼すぎん?」
嫌なら帰れば、そう言ってヨッシーは僕達を置いて山中達の所へ行ってしまった。リュウは苦虫をかみつぶしたような表情で僕を見下げ、ヨッシーを見た。
「…何やあれ、…感じ悪、あっちが失礼やろ」
リュウが低く唸る。
「い…苛々しとるんやないの…テスト上手く行かんかったとかで…」
リュウが鼻を鳴らす。
「ええやん、久々に集まれたんやし、楽しもうよ」
そう言って僕はリュウを引っ張った。リュウは納得しきれない様子で鼻を鳴らし、皆森を睨み付けていた。
勝利への道は、ボールを選んでいる時から始まっている。一番相性のいいボールの重さは、ずばり体重の約十分の一。〇・一グラムの重さの違いも逃さず、自分に合うベストのボールを、炭の隅から探し選定をする。次に気を付けたいのが立ち位置。初心者ならつい真ん中の立ち位置からボールを投げてしまうが、それはストライクを狙う身からすれば、有り得ない愚行だ。ストライクの立ち位置は、一番最初のビンからやや右、6のピンの直線状。投げる時は助走を付けたりなんかはせず、一歩、二歩歩き、三歩で腕を後ろに伸ばし、四歩目で投げるのがベスト。そうして僕の手から離れたボールは美しい弧を描き、美しく三角に揃えられたビンを全て倒した。
「っしゃッーー!」
僕はガッツポーズをし、喜びの歓声をあげた。見たか、俺の実力を。岐阜県小学ボーリング大会十一位の実力を舐めて貰っては困るのだ。僕は後ろで口を開けている山中達を馬鹿にするため、優雅に後ろを振り返った。
「ま、今のはよ……」
そうして言いかけた僕の台詞は、僕の倒したピン達と同じように、暗い闇の中へ消えてしまった。
皆森の周りを囲み、山中達よ、何故なんだ、何故トランプをしているんだ、ここはボーリング場なのに。
そんな阿保集団の横から、ボールを持ったリュウが呆れた顔で山中を一瞥する。直ぐに顔を僕に戻し、上手いやん、と片方の手の親指を上げた。
「ま…まぁな、余裕やったわ、今のは……」
誰も見て居ない事実に内心結構な程落胆しながら、僕はとぼとぼと自分の席に戻って行った。リュウがボールを投げている間、誰のかも分からない烏龍茶を啜って居ると、端に座っていた羽川が、凄いね、と僕に声をかけた。
「まぁな、俺は岐阜小学ボウリング十一位やからね」
「それ、凄いんか凄くないんか、よく分からへんな」
羽川は笑って、スマホに目を戻した。僕は少し羽川が可愛そうになってしまって、こそこそと羽川に耳打ちをした。
「喋りかけへんの、皆森に」
羽川は傍目から見て、チェリーなんだなぁと分かるぐらいの勢いで顔を赤くし、そしてそれに自分でも気づいたのか顔を両手で覆い隠した。
「今日はええよ……皆と喋っとるし…」
「勇気出せよ、こんな近くに居るんやから」
「ええよ…僕には無理…それに、三人に怒られるし…」
そう言って俯いた羽川に、僕は小さな声で、何言っとるんや、と言った。
「怒る筈ないやん、友達なんやから」
羽川がぱっと顔を上げる。僕はその羽川の表情を見て、烏龍茶を呑むのをやめた。何か、何かおかしいと思った。
「………最近、あの三人おかしいんや」
羽川がそう言った瞬間、トレンディが羽川を呼んだ。
「あ……」
羽川は何か言いたげそうな目をすると、後で、と言ってトレンディの方へ向きを変えた。
「ストライク出来んかったわー、思ったよりむじーな」
呑気なリュウの声が、頭の上から降りかかる。
「次、テツね。どうせ皆やんねーし、ボーリングでガチのタイマンしよーぜ」
リュウが笑いながら僕の頭を突っつく。顔を上げた僕の表情を見て、リュウは、うわっと声を上げた。
「え、何、そんな怯えんでもええやん」
え、と僕は声を漏らした。
「え、違う、ちょっと考え事しとっただけ」
僕は無理やり口の両端を釣り上げると、声を精一杯高くさせて言った。
「ってかリュウ、まじで俺と勝負するつもり?自分から負け戦挑むなんて、よっぽどうぉぁたまが弱い方のかしら」
おほほほほ、と僕は裏声で笑い、しなりしなりと尻を振りながらボール置き場の方へ歩いた。背中に突き刺さるリュウの視線が消え、僕は安心してラックの上に乱列するボールを眺めた。ボーリングの事を考えようとしても、目の前に先程の羽川の顔が貼り付いていて取れなかった。
羽川は怯えていた。
完全に、誰かに対して、何かに対して、強く、酷く怯えていた。
誰に?何に?
僕はゆっくりと山中達を見た。山中に肩を寄せ笑っている皆森が、やけに鮮明に、はっきりとして見えた。
リュウと三セット目に入った頃、何となくトイレに行きたくなって僕は席を立った。
リーニューアルされたボーリング場と反対に、トイレは築五十年ぐらいの感じの雰囲気を漂わせている。汚く錆びたトイレの中から、貞子か何かの手が僕のチンコをもぎ取って行きそうで、僕は怖さに体を震わせながら、うんこまみれの貞子もある意味怖そうやな、と思いながら力んだ。
長い格闘を済ませた後、トイレを出ると、トイレの前に皆森が立っていた。おっふぅ、と僕は余りの驚きに変な声を出した。
「あ、皆森さんも、トイレ?」
若干どもりながらそう聞くと、皆森が照れた様に笑って頷いた。
「うん、でも何処の席に座っていたか忘れちゃって、だから金田君を待ってたの」
「あ、そうなんだぁー」
緊張で高くなり、やけに間延びした僕の声に、皆森はくすくすと笑った。
「金田君って面白いね」
そう言って可愛らしく笑う皆森に、僕の心は癒されていった。すると、皆森は急に声を低くさせ、ごめんね、と呟いた。
「今日、私、来ない方が良かったでしょ」
いやいやいや、と僕は慌てて両手をぱたぱたさせた。
「ぎゃ、逆に感謝だよ!山中達も嬉しそうだしさ」
本当?と皆森が上目づかいで聞いて来る。やめろ、俺を誘惑するんじゃねぇ、なんて事は死んでも言えないので、本当だよ、と猫を百匹被ってこたえる。
「あいつ良い奴らだから、だから、そのー、仲良くしてくれたら、嬉しいなぁ、なんてさぁ…」
皆森が焦った様に、違うよ、と言った。
「私じゃ無くて、山中君達が私に仲良くしてくれてるの。本当に、山中君達は凄いよ……本当に良い人達…」
そう言って皆森が微笑む。
「ってか、なんで山中達とつるみ始めるようになったの?」
その循環、皆森の表情が一変した。先程の羽川の表情。僕の背筋が凍り付く。皆森はせわしなく視線を動かし、眉を顰めた まま、泣いている様に笑った。
「私が、球技大会で、怪我したの、お腹にボールが当たっちゃって…、そこ、で、山中君達が私を保健室に連れてってくれたの、それで仲良くなって……」
皆森は突然、大きな声で言った。
「あ、そう言えば、金田君と喋ったの久しぶりだねっ」
無理やり話題を変えた皆森に、僕は混乱したまま、そうだね、と頷いた。
「一回、科学館で会ったよね、金田君が、私の荷物持ってくれたの覚えてる?」
「ああ、覚えとるよ」
「それから、同じクラスになれて、話しかけたかったんだけど、何て話しかければいいか分かんなくて……その、一カ月たった後に、科学館で会ったね、とか急に言っても、ちょっと変じゃない?」
何となく分かるような気がして僕は頷いた。
「まぁ、それに皆森さんは人気者だから、僕に話しかける暇もないだろうしね」
そう言った後、自分の台詞が皮肉っぽく聞こえる事に気づき、僕は慌てて訂正しようとした。しかし皆森はそれに気づていないのか、無理やり笑ったような表情で僕を見た。
「私、人気者じゃないよ……全然」
「人気者だよ!クラスの皆、皆森さんの事尊敬しとるし、それにメグ達だって皆森の事…」
そう言うと、皆森は説明できない、複雑な表情を浮かべて、僕から目線を外した。
「なら良かったのに……」
ビンとビンが転がる音の間に、微かに皆森の口からそう聞こえた。
「皆森さーん」
とヨッシーが皆森に向かって手を降る。
「ババ抜き始めますよぉー」
そう叫ぶヨッシーに、今行くー、と皆森は返した。そして僕の方を振り返り、何時もの完璧な笑顔で言った。
「金田君、ボーリング上手ででしょ。さっき、ストライク出してたの見たよ」
僕は少し照れくさくなり、そこまで上手くはないけど、と口の中で言った。
「私に教えてくれる?ストライクの出し方」
いいよ、と言うと、皆森はやったぁ、と声を弾ませた。皆森が軽く僕の腕に触れ、僕の体は硬直した。
「じゃあ早く行こっ」
そう言って皆森が僕の腕を引っ張る。
「う、うん」
僕はしどろもどろになりながら頷いた。
それから僕達は、皆森と山中達と一緒にボーリングをして楽しんだ。さっきまでババ抜きババ抜きと言っていたのに、皆森がやると言った瞬間、ボールを探しに散って行った山中達を見て、現金な奴めと心の中で悪態をついた。その頃になると、山中達に感じていた違和感はどっかに飛んで行った。
二三時間ほどボーリングをして、その後僕達は解散した。
そして、悪夢は始まりを告げた。
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