年に一度の

―僕が天文部に行かなくなって、いつもより少し長めにピアノを弾いていると

時折嵐夢が遊びに来て、夏彦の話を聞いた

あいつは元々頭が良かったが、どうやら本腰を入れて受験勉強を始めたらしい―


―僕も就職活動で忙しくなり、次第に音楽室へ行く事もなくなっていった

夏彦は同級生なのに卒業式ですら顔を合わせなかった

その方がいいかとも思った―


社会人1年目。目まぐるしく巡っていく日々の中で、疲れて空を見上げることもなくなっていたある日、僕宛てに手紙が届いた

嵐夢からだった


"天文部で観測会とパーティをやるので、よかったら来てください!"


その日は仕事が休みだったので、夕方くらいに母校へ向かった。

それにしても、僕の仕事の休みを知ってるかのような日程だな…


警備員さんはあの頃と変わってなくて、天文部の居残りで毎日のようにお世話になっていた僕は「入れ入れ!懐かしいなぁ元気してるか?」と言われ少し話に花が咲いた。


懐かしい部室へ向かう。もう1年ぶりくらいだ。解りにくい場所にあるのは変わらない。


「…あれ?電気ついてない…観測会って言ってたから屋上かな。」


久しぶりの道。でもつい昨日歩いたような気さえする道を歩いて、屋上のドアを開ける。


「もーっ!遅いですよ識人先輩っ!」

「いやぁちょっと警備員さんと話に花が咲いちゃってな。元気だったか、嵐夢。」

「ちょー元気ですよ!識人先輩は…相変わらずですね」

「おう!嵐夢もな。」


女の子みたいにちっちゃくて細かった嵐夢は、心なしか背が伸びてる気がした


「…そういや、夏彦とは連絡とってるんですか?」

「…いや、とってないな。」

「そう、なんですか…」

「僕さ、昨年の夏くらいに夏彦と喧嘩したんだ。ついカッとなってさ。」

「喧嘩!?やっぱりですか…その…なんで喧嘩したんですか?」


口を噤みかけて、やめた


「あいつ、東京の大学行くって言ってたじゃん?僕さ、色々あって東京が嫌いなんだ。東京は優しい人を狂わせるからさ。それをあいつ、女追いかけて東京行くとかさ…」

「………夏彦、最初はそうだったみたいなんですけど。別の理由があったんですよ。」

「………え?」

「今日はそれを伝えようと、謝ろうと思ってお手紙送りました。」


何を、言ってるんだ…?


「実は夏彦の付き合ってた相手って、ボクのおねーちゃんなんです。」

「はぁ!?ま、マジか…」

「とっても愛し合ってたんですけどね。あいつの自信のなさからあいつが一方的に別れを告げたんですよ。ま、それを知ったのも随分後なんですけど。」

「お、おう」

「ボク、ねーちゃんが泣いてるとこしかみてなかったから、あいつまたねーちゃんを追いかけて傷つけるんだと思って。ボクも喧嘩しちゃいました。」


あいつ…そんな事一言も…


「で、本題なんですけどね。あいつって星あんま好きじゃないじゃないですか。」

「そうだな」

「どうやらそうじゃないっぽいんですよ。これを見てください。」


何やら冊子を渡される。そこには、小川夏彦という名前と記事が載っていた。


"高校の時の同級生が話してくれる星の話が大好きで、いつしか自分ものめり込んでいた。やっと本当に追いかけられるようなものを見つけられたと思った。今は生まれ故郷の星が綺麗に見える田舎に、天文台を作りたいと思っています。"


そんなインタビュー記事と共に、なにか賞をとったという記事があった


「この同級生って…識人先輩ですよね?」

「あぁ。。。」


今でもたまに響く夏彦の言葉


"俺だって好きなもんのために生きてぇんだよ!!なぁシキ。だめなんか!?"


お前…好きなもんって…


「そっ…かぁ!そうかぁ。。。」

「あの時はボクも夏彦を恨んでいたし、識人先輩にも結果的に嘘を教えてしまって、2人の仲…を……うぐっ…引き裂くような…真似を……っっっ」

「いいんだよ嵐夢。ねーちゃん思いで良い奴だ、お前は!そっかーーー!!!」


嵐夢は相当後悔していたらしい。いつもうぇーんとか嘘泣きしてたけど、本気で泣いてるところは初めて見た。

でも嵐夢に対して怒りなんて微塵も生まれなかった。それ以上に。


「あいつ、いっつも大事な事を言わねぇんだよ!!ほんっっとーーーに!!!」


ひんやりとしたコンクリートに背を預ける

懐かしいなぁ。あいつと初めてちゃんと喋った日もこんな感じだったなぁ。


「あっ、そーだ。識人先輩!」

「おー!どした!」

「今日って何の日か知ってますか?」

「えっ…と。」


毎日仕事詰めで日にち感覚が薄れてる。

危ねぇな。。。


「今日は、7月7日!七夕ですよっ」

「お、おぉマジかあ。じゃあもうあれから1年経ったんか。。。」

「僕ね、あの七夕の曲練習したんですっ!識人先輩、またあの時みたいに弾いてよ!」

「いいなぁそれ。じゃ、ちょっくら音楽室行くか〜。」

「やった!そんなこともあろうかと〜。警備員さんに音楽室の鍵も借りておいたのですっ!エッヘン!」


薄暗い道を歩く


"ガラガラッ"


「暗っ。そっかいつもは夕方まで弾いてたから夜来たのは初めてだ。」


蛍光灯の光る音がして、僕らはピアノの傍へ向かう


「久しぶりに弾くなぁ」

「はい、これ譜面です!」

「あれ、渡してたっけ?」

「やだなぁ先輩。CDと譜面貸してくれて、その時コピーさせてもらってたんですよ。」

「そっかそっか。っし。弾くか!」


懐かしいメロディ。

そこに嵐夢のキラキラ光るような歌声。


「…ふぅ。やっぱ楽しいなこれ。」

「…この曲って、なんだか識人先輩と夏彦みたいですね。」

「え?」

「そんでボクははくちょうになった神様だ」

「あー。言われてみれば、な。」

「だったら…隠したものにはもう光が当たったんだからそろそろ仲直りできるはずなんですけどね〜」

「いやいやそんな上手くいかねーっつの!」


"ガラガラッ"


「あァ?ンだよてめぇらかよ。」

「えっ、なっ、」

「………!?」

「夜中にピアノ弾いてんじゃねえよ外まで響いてたぞコラ」


まるで1年に1度の七夕のように

1年前の曇った七夕から

今日、顔を合わせた


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