第1章 第15話
「お前らの行動なんてお見通しなんだよ! 」
「右に曲がって。」佐貫が正面に見えたときお姫様抱っこされている優姫が一機に言った。優姫に従い右に曲がり路地裏に入る一機。
「ふん、無駄な抵抗をしやがるか。」
「すまん優姫、迷ってしまった。」
「大丈夫よ。私に案内させて。オメガで何年も暮らしてたんだもの。ここを左に曲がって。」
「それとなんだが、実は、芽衣子さんが、」
曲がった先に人影が。
「あらー、優姫ちゃんじゃないのぉー。しばらく見ないうちに大きくなってぇー。こんなかっこいい人にお姫様だっこされてからぁ。」
不意に甲高い声が響いた。びっくりして顔をあげてみると、一機たちの前には頬骨の出た、唇の薄い、五十がらみの女が立っていた。両手を腰にあてがい、スカートをはかないズボン姿で足を開いて立っていたところは、まるで製図用の脚の細いコンパスそっくりだった。
「あっ、ヤンおばさん。」
「私のこと覚えてくれてたのね、シュンちゃんと違って。って、貴方は造田さんじゃないの! 時計台の修復をして偉いねぇ。」時計台を修復した一機の顔は路地裏に住んでいるようなおばさんでも知っていたのだ。
「これ以上は
「とにかく優姫ちゃんたちは困ってるようね。良かったら、私の家に上がっていかない?」優姫の知り合いということもあり、一機たちは集合住宅の三階に住むヤン、ゲフンゲフン、このおばさんの家に上がることにした。
「優姫ちゃん、こうして話すのも懐かしいわね。それにしてもしばらく会えなくっておばさん、心配してたのよ? 何かあったの? 」
「色々と。」優姫はこれまでにあったことをおばさんに伝えた。
「大変だったのね。」
「ところでおばさん、昼間から家にいて大丈夫なの? 例の白いブツは売らなくていいの? おばさんの売ってた例の白いブツにやみつきになってたからまた欲しいなぁ。」優姫が言っている白いブツとは豆乳をにがりなどによって固めた柔らかい食感が特徴の加工食品のことである。著作権のことを考えてくれるのはありがたいが、怪しすぎて寧ろ
「私はもうT腐屋はやめて娘に跡を継がせたのよ。今では娘がT腐屋小町よ。」おばさんの会話量の多さのせいで一機は芽衣子が爆死(?)したことを言い出せないでいた。
その時だった。
「お前らは完全に包囲されている! 周囲には百人の兵士がいる! お前らの行動なんてお見通しなんだよ! 」おばさんの家の外で佐貫が拡声器を用いて叫んでいる。
「おい、まさか通報したのですか?」おばさんを疑う一機。
「優姫ちゃんと英雄さんを売るなんてことしないわよ。」とにかく今は逃げ出すのが先決だ。一機は周囲の状況確認するため窓から見える景色を眺める。
「また飛ぶからしっかりとつかまってくれ。」そう言うと一機は先ほどと同様に優姫をお姫様抱っこしてベランダの手すりの上を走るのであった。ベランダの端までやってきた一機は思い切りジャンプをし、隣の二階建ての長屋の屋根に飛び移った。そのあとはひたすらに屋根の上を駆け抜ける。しばらく走ると王国銀の兵士たちを撒くことができた。
「いくよ。」屋根の上にいたら目立つので、飛び降りる一機であった。
「くっそ、アイツら。無駄なあがきをしやがる。こうなったら警備隊の応援を頼むか。おい、警備隊長、この街には非番を含めて何人の警備隊員がいる?」
「非番の人も含めると、五千人ほどいます。」
「全員緊急招集だ。千人は南関所で逃げ出せないように待機、残り四千人で囲うぞ。」
「非番の人たちまで。」
「良いからやれ。」
途中に出くわす王国軍の兵士たちと闘ったり撒いたりしながら優姫の案内に従って走っていくと、以前住んでいたスラム街の家に着いた。
「ここなら芽衣子さんと落ち合えますよね? 」
「それが、……。とにかく家の中で話そう。」家に入ると一機は芽衣子に起こったことを優姫に話した。
「そ、そんな! 芽衣子さんが……。」
「お前らは完全に包囲されている! 周囲には二百人の兵士と四千人のオメガ警備隊がいる! 諦めて出てこい! お前らの行動なんてお見通しなんだよ! 」周囲を見渡すと数えきれないほどの王国軍や警備隊が屋根の上も含めて一機と優姫を囲んでいる。
ドンドンガシッ。ドアが壊され、部屋の中になだれ込む王国軍。
ここまでか。一機はそう思い目をつぶるのであった。ただ、深層心理では諦めきれず、造田家に代々伝わるおまじないを無意識で唱えていた。
「今私の願い事が叶うならば、悲しみのない自由な空へ……。」一機がそう口ずさんだ時だった。
「ねえ、一樹ちゃん、こんないい女を捨てるなんて、ひどくない? 」三十歳前後のワンピースを着た女性が現れて、体をくねくねさせながら一機に話しかけた。彼女の声を聴いた一機は目を開いた。
「なんだお前は! どうやってこの包囲網を突破した? 」佐貫一将が叫んでいるが、一機にもこの女が何者なのかわからなかった。なんで俺の名前を知っている? そもそもこれだけの兵士たちに気づかれずに包囲網のド真ん中にやって来れるのか? 一機はこの女とは面識がない。しかし不思議と懐かしさを感じるのであった。
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