第1章 第11話

 翌朝、芽衣子がいつものように屋台を引っ張ってやってきたとき、いがみ合う男女がいた。男のほうが先に芽衣子に気づき、話しかけてきた。

「私は、木野タクミと申します。」

「ちょっと、待ちなさいよ、先に彼女に話しかけたのは私でしょ? 私が先に交渉する権利があると思うわ。」

「それは関係ないだろ。」

「あの、私は二人ぐらいなら同時に話しかけられても理解できます。どちらから交渉するのかが決まっていないのでしたら、せーの、で言っていただきますか? 」

「「うそでしょ? そんなことできるわけ……。」」

「できます。せーの、」

「私は食料品の仕入れ・運搬をしている売沢商会の会長の売沢商子ですわ。それでですね、私は壱馬市場に食料を卸しているのですが、どうも壱馬は私に払っている金額の三倍くらいの値段で貴女に売りつけているみたいですわ。そこで、私と直接取引してみないかしら? ここに契約条件あるの。」

「木材などを加工して販売している新興ギルドのギルド長をしている者です。つかぬことをお伺いしますが、こちらの屋台を造ったのは貴女ですか? こんな精密な車輪や車軸をみたことがないです。貴女が作ったのでしたら、ぜひ私のギルドで働いてもらいたいと思っています。この紙が労働条件です。」

 二人の交渉はまったく関係のないものだった。それにしても流石は二人とも有力な商人。いきなりの展開であっても商売のためにすぐに適応できるのは常人にはできない真似だ。

「そうですね。とりあえず自己紹介からさせていただきます。造田芽衣子と申します。そして返事ですけどまずは、木野さんから答えさせてもらいます。せっかくの申し出、申し訳ないですけど、この屋台は私が作ったわけではありません。ですから私は貴方のギルドで働くことができません。その代わり、もしよろしければ、明日この屋台を作った私の弟を連れてきます。それでよろしいですか? 」一機と姉弟という設定をここでも使う芽衣子であった。

「本当ですか? ありがとうございます。」

「そして、売沢さん、貴女の申し出は凄く魅力的です。仕入れが今までの半分になるなんてとてもありがたいです。契約書にも私を貶めるような条件や仕掛けがありません。ですが、私には仲間がいるので少し相談させていただけないかしら? 明日には結論を出します。」

「一日くらい良いわよ。私にとってもおいしい条件ですもの。」


 その日の晩に一機、優姫と話し合った芽衣子は翌朝一機を連れて屋台の営業に向かった。売沢商子も木野タクミも優姫いわく信用のおける人物ということであった。

「「それでどうだったのかしら(んだ)?」」売沢と木野が芽衣子に同時に詰め寄ってくる。

「売沢さん、貴女と契約させてください。」

「ええ、喜んで。それで、彼がこの屋台を作ったのかしら? 」

「そうです。俺がこの屋台を造った造田一機です。芽衣子の弟です。」

「ほう、君がこの屋台を造ったのか。もし良かったら、私のギルドで働いてもらえないか? いま働いとるところよりいい条件をだそう。私のギルドには目安箱というものがある。何か不都合なことがあれば、活用してくれないか。」

「ぜひお願いします。」

「それで、いま働いとるところではどんな条件で雇われてるんだ? 」

「それが、働きたいんだが、スラム街で暮らしているため、相手にされないんだ。」

「そうなのか。なるほど、確かにここではスラム街で暮らしとったら無能とみなされるからなぁ。しかし、君はこの屋台を作ることができる程の優秀な人材だ。これは良い出会いだった。」

「そう思ってもらえるなら光栄だな。それで、どういう条件で俺を雇うんだ? 」

「そうだな。ほかの社員の倍の給料を出そう。それに社一軒家を一つ買って君たちにあげよう。」

「ちょっと、家は私があげるのよ。」一機と木野の取引に口をはさんでくる売沢。そもそも一機と芽衣子が同居することを前提に話している。優姫もいるから実際そうなるのだが。

 それからも細かいことを話し合い、一機と芽衣子が契約することが正式に決定した。また、家については木野と売沢が半分ずつ払うことになった。


 引っ越しを終え、働き先が見つかった一機は本日初出勤をした。

「今日から技術者として働くことになりました、造田一機です。よろしくお願いします。」

「受付嬢の脇屋久美です。」

「先ほど見たときに困っている様子でしたが、どうしましたか? 」

「あの柱にかかっている時計が動かなくなってしまったのですが、『明日の大きな交渉が成立するまで、予算を確保できないから、修理したいなら自分たちでしろ。』って副ギルド長に言われまして。一秒でも会議に送れると減給されてしまうのに、時間が分からないなんて、困ります。」

「それは大変だな。ちょっと時計を見せてもらっても? 」

「こちらです。」

「俺は技術者で時計くらいなら直せるのだが、分解してもいいか?」

「私たちで修理するように命令されているので問題ないと思います。」

「よし分かった。」そう言うと、一機はポケットの中に入れていたドライバーを取り出して時計を修理した。

「何をしている? 」修理が完了したタイミングで人を見下すような目つきの初老の男が一機たちに近づいてきた。

「福永副ギルド長! 今日新しく技術者として働くことになった造田さんに時計を治してもらいました。」

「ほう、なんで治させたんだ? 俺はお前らで治せって命令したよな? その場にこいつは居たのか? 」

「そっ、それは……。」

「そういうことだ。勝手なことをされると困るんだよなぁ。そんな勝手なお前らはクビだ。」

「そっ、そんな。今回の件は私の独断でさせたことです。彼は今日は入ったばかりで何もわからないはずです。彼のことはクビにしないでください。」

「そういうことなら仕方がない。お前はクビ、そこの男は一か月タダ働きで許してやろう。」一か月のタダ働きは困るが他に働けそうなところがないため、従うしかない一機であった。しかし久美がクビになるのには納得いかない。

「彼女はお願いしかしてなかったです。彼女をクビにするのはやめて頂けないだろうか。」

「やっぱりお前もクビだ。」


「そうだ、目安箱にこのことを書こう。」福永が去った後、そう言った一機。しかし。

「無駄よ。目安箱の中身をだれが見ると思ってるの? 」荷物を片づけている久美が言い返す。

「えっ、木野ギルド長が見るんじゃないのか? 」

「そうね。最終的には木野ギルド長が見ることになってるわ。でもその前に福永副ギルド長が見ることになってるの。」

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