第33話 第八章 姫がラスボス(3/4)

【約4000文字】



【呪いのビキニを脱がさなくてはミマを助けられないのだが、ミマは思った以上に強かった。勇太は受けている達人のエキスを100パー(セント)に上げる。すると、ビキニの紐を2本ほどくことに成功した。しかし……】



 勇太はミマを押し倒すように、テーブルの上へと倒れ込んだ。


 ミマの体に乗らないために、剣を手放して、腕立て伏せのように両腕で自身を支えようとしたのだが、痛くて力が入らない。

 そのまま万歳をするように、前方に腕を突き出して倒れてしまう。


 勇太がミマの上に乗ってしまった!


 はたから見れば、子を成そうと言って、ビキニの紐を解き、押し倒したかのように見える。


 メイドたちはキャッキャと騒いだのだが、そうではない。

 勇太が全身の痛みに耐えきれなくなったのだ。そう、達人のエキスを100パーにした限界が来たのである。


 残念ながら、呪いのビキニを留めている紐は、4本の内2本しか解けなかった。加えて、男女の展開も望めない。


 そして、もっと残念なことに、ミマの胸がクッションのように押し返す感触を、勇太は痛みのために感じとることができなかったのである。



 ハッと、ガーゾイルが我に返る。

 勇太に乗られたうえに、会食で使ったテーブルとの間に、挟まれているではないか。


 勇太を攻撃したいが、密着しているために攻撃ができない。

「乗るな! こいつ!」


 ダンッ

 挟まれていたガーゾイルが、右へと逃げた。


 ドンッ

 勇太は万歳のような体勢のままに、テーブルの上に突っ伏してしてしまう。筋肉という筋肉が痛くて、力を1つも出ない。


「なんだ、動けんのか?」

 ガーゾイルは、もう勇太から殺気を感じない。


 作戦を元に戻す。

 勇太の殺気を感じて無防備になる作戦から、何人かを殺して返り討ちに合う作戦に戻そうとしたのだ。


 用済みの勇太は異世界人だから殺せないが、傷つければ他の連中に恐怖を与えられると考えた。


 しかし、背中から心臓を狙うにはテーブルは高すぎる。

 そこで、ガーゾイルは剣を水平に持ち、その切っ先を勇太の左脇に向けた!


 ガーゾイルに支配されているミマが、本気の目を光らせる。


 ザグッ!


 ザザザーーーーーーーーーーッ!

 包み込むような雨音。


 さ、刺された!


 声にならない勇太の声。


 ミマの持つ剣が、左から右へと勇太の胸を貫通していた。


 一瞬、ガーゾイルの顔はミマに戻った。

 悲しそうな顔。


 だが、もうガーゾイルだ。

 そして、ガーゾイルは勇太から剣を抜く。


 シャッ! ブハッ!


 刺し傷から、口から、勇太の赤い血が吹き出た。

 そして、勇太には痛みの声が聞こえなくなった。


 ヤ、ヤバイッ!


 女剣士パルに斬られた時と同じだ。


 このままでは意識が遠のき、大きな暗い穴へと落ちてしまう! 意識を失ったら終わりだ! ミマを助けられない!

 もがくように、勇太の指がわずかに動いた。


 コトリ


 いつの間にか、人差し指と中指に何かがれている。

 ガーゾイルが剣を抜いた拍子に、突っ伏した勇太の指先が、何かに載ったのだ。


 勇太は必死に意識を呼び戻して、触れているモノを見た。










 皿だ!

 スクマミロンだ!










 その皿には三日月型のスクマミロンが、雨水に浸りながら載っている。


 大きな雨粒によって幾つかの窪み穴が穿うがかれ、果肉の一部は糖分とともに溶け出して、皿に溜まった雨水ににじんでいる。


 食欲がせるほどに悲惨なスクマミロンであるのだが、腐ってもたい、立派にスクマミロンだった。


 そう、テーブルには領主が持って来させた皿が、1枚だけ残っていたのである。


 勇太は意識をもっと呼び戻す!

「もう痛くないんだ! 俺の体よ、動け! あと1回だけでいい! 気合いを入れろ!」


 しかし、勇太の心臓は停止している。剣によって貫かれたのだ、無理もない。


 普通なら死んでいるのだが、勇太の肉体は霊体であるために、ミマを助けたいという強い意志によって、脳細胞による意識が限界を超えて保たれていた。


 だからと言って、動けるのか? と言えば動けなかった。霊体は肉体として振舞っているから、勇太の体は死体と変わらないのである。


 その時、ニョロッとナーガがスクマミロンの皿を乗り越える。蛇剣から蛇に戻っていたのだ。

「アタイが持っている毒は、蛇毒だけじゃないっす! これから、超即効性がある薬を使うっすよっ! 覚悟するっすね、勇太!」


 ガブッ!


 ナーガが勇太の腕に咬みついた!

 牙から勇太の体内に、薬液が注入される。


 ブルブルッ

 咬まれた所から全身へと、武者震いの波紋が一気に広がった。予想以上に強い拡散作用だ。一瞬にして薬が勇太の体をめぐったのである。

 すると心臓が働かないままに、全身が晴れ渡っていくような、体が軽くなるような感覚を勇太は味わった。


 ピクピク

 勇太の指が普段通りに動く。


酸素薬さんそやくっす! 死にかけでも、少しの時間なら動けるっすよ!」

 蛇なのに、そんな薬を持っていた。

 これが、ナーガの隠し玉である。

 初めて会った時に、色んな毒を持っていると言っていたが、実は毒に加えて薬も持っていたのだ。(第6話参照)



 ここで、酸素薬についてだ。

 人間は心臓が止まると死んでしまう。それは、人体の各細胞に酸素が行き渡らなくなるためである。

 まず、酸素を大量に消費する脳細胞が窒息し、全身の細胞も徐々に窒息していくのだ。


 勇太の体は霊体なので、強い意識によって脳細胞が保たれていた。しかし、意識だけでは神経伝達細胞をはじめとする脳以外の細胞は働かないのだ。


 一方、人間には、どの細胞にも何らかの酸素化合物が含まれている。

 ナーガが注入した酸素薬は、あっという間に全身に広がり、1つ1つの細胞に含まれている何らかの酸素化合物から、酸素を無理やり発生せさせる薬なのだ。

 その酸素によって、神経伝達細胞をはじめとする他の細胞が、個別に息を吹き返し、強い意識によって保たれている勇太の脳細胞からの指令に、反応できるようになったのである。


 この酸素薬はスゴイ薬なのであるが、致命的な欠点と言うべき副作用がある。

 酸素化合物が失われることで細胞は破壊され、無理な化学反応によって急激に体温が低下し、1分ほどで死をむかえるだ。

 しかし、勇太の場合、肉体が不死身の霊体なので、そんな副作用は関係がなかった。



「ありがとう」

 勇太はスクマミロンを右手に持つと、上体を起こした。


「おのれ! まだ動けるのか!」

 ガーゾイルは剣を振り上げようとする。


「ミマ! スクマミロンは俺が全部食ってやる!」


 勇太がスクマミロンを食べ始める。

 おかしな行動に、ガーゾイルは見入ってしまった。


 ムシャムシャムシャ ペロリ!

 皮以外のスクマミロンを食べてしまった。雨水に浸り不味そうだったのだが、味なんて分からなかったし、そんなことは、どうでもいい。


 ボトッ


 勇太は残った皮を、テーブルの上に落とした。

 そう、1人で完食作戦を再現して見せたのである。




「勇太だけ食べるなんて、ずるいですわ!」

 ガーゾイルがミマに戻った!




 ミマがガーゾイルの呪いを跳ね返したのだ。


 表情が垣間見えていたように、ミマの意識は僅かに残っていた。そこへ『スクマミロンを食べたい』という強い執着心がよみがえったのである。


 ナーガやピコナが言ったように、強い心があれば、呪いには勝てると、ミマが証明した瞬間であった。


 だが、勇太には何もできない。ナーガの薬が切れたのだ。生肉なまにくのようにテーブルの上に崩れ落ち、指の1本も動かせなくなっていた。


 かすかに残った気力が、凍りつくような口から、最後の息を吐かせた。


「の、呪いを脱げ……」



 勇太の記憶はここまでだった。その意識は暗く深いどこかへと、静かに落ちていったのである。


 だが、パルの時とは少々違っていた。


 プニュ プニュ

 柔らかい物に全身が包まれている感覚を味わいながらだったのだ。

 その感覚とは、解毒剤を特定した時に、絶対に忘れないと、心に誓った感触のことである。(憶えてますか? ミマの胸ですよ)

 勇太が心地よく意識を失っていったのは、言うまでもないことだった。





 一方、意識を取り戻したミマは、呪いのビキニをとっとと脱ぎ捨てた! といっても、その下にはサマルカンドのビキニを着ているので、何の心配もない。


 そして、テーブルに飛び乗ると、最大級の治癒魔法を勇太に施したのである!








 チュッ! ニュニュニュ


 キッスだ!









 勇太の冷え切った唇に自らの唇を当て、治癒能力を帯びた魔法力を口移しで注ぎ込んだのだ。


 そして、どこからか取り出した鉛筆の2倍くらいに長い棒を握りしめて、勇太の体内から治癒魔法を施したのである。


 女剣士パルの時に、大ケガでは別の魔法で治癒すると、ミマは言っていたのだが、それがこのキスによる治癒魔法だったのだ。(第16話参照)


 領主でさえも目が釘付け。

れるなんて境目のあるもんじゃないぞ! ねっとりとつながっているじゃないか! 若い頃を思い出すなあ」

 懐かしい顔を見せた。


 ナーガは黙って見ているしかできなかったが、メイドたちは口々に『愛の力』とささやいた。



 キスの治癒魔法が終わる頃には、雨は上がっていた。


 勇太が、すぐに目覚めないので、屋敷の医務室に運ばれそうになったが、どうせすぐに目を覚ますからと、ナーガが断った。


 用意のいいメイドが雨に濡れた人のためにバスタオルを配っていた。全員水着なので、バスタオルが丁度いいのだ。

 その何枚かを芝生の上に重ねて敷き、その上に勇太は寝かされたのである。


 その枕元に座るミマに、ナーガが怪訝けげんな顔を向けた。

「その治癒魔法はやり過ぎっすよ! 普通の治癒魔法でよかったはずっす」

「チ、チクミの点滅が速くなったのですわ。い、急がないとなりませんわ」

 ミマは慌てた感じ。


「速くなっていないケロよ」

 ミマの胸にいるチクミが不思議そうに見上げた。


「そ、そうですの? で、でも、ラスト勝負のために急いだ方がよろしいのですわ」

 取りつくろうような風。


「なんか怪しいっす。アタイはずっと、セクシーリミットに引っかかっていたっすよ。姫様が勇太と会った時の鼻血と、このキスと、何か関係あるんじゃないっすか?」

 ナーガはいやらしい目をして見せた。


 セクシーリミットとは、勇太の鼻血にかけた治癒魔法の呪文である。その時以上の刺激がなければ、鼻からは出血しないという効果があるのだ。(第5話参照)


 いきなり出たセクシーリミットいう単語に、ミマはビックリ。


 そして、なぜか領主もビックリ。

「なんと! この少年は姫を見て鼻血を出したのか?」





【ミマも領主も、なぜか、勇太の鼻血が話題に出てきてビックリしています。鼻血とキスとセクシーリミットとは、どんな関係があるのでしょうか? 次回、思わぬ事実が明らかになります】

【ご注意:酸素薬なる薬は実在しません。フィクションです。本作では心臓が停止してすぐだったり、死にかけている人間を一時的に蘇らせ、その後に安楽死をさせる薬、という設定です。通常では最期に言い残したいことがある時に使います】




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