第30話 第七章 合わせ毒の解毒剤(5/5)

【約3400文字】



【勇太が命を賭け最後の勘を使って、3つある小瓶の中から解毒剤を特定しようとしたのだが、それらの瓶からは何も感じられなかった。その代わりに、ピコナのペンダントから解毒剤を感じたのである。しかし、ピコナはそれを否定したのだった】




「あった! それだ! そのペンダントの中に、ミマを生かす解毒剤があるぞっ!」

 勇太はしゃがんだまま、そしてチクミに触りながら、ピコナの胸を指差した。


 希望の光が、そこにあった。


 偶然にも解毒剤が視界に入り、まだ続いていた勘が教えてくれたのだ。


 そのペンダントとは、ピコナのネックレスにぶらがっていて、大人びて見せていた金色をしたペンダントのことである。

 男の小指くらいの太さがあり、ラグビーボールみたいな形をしている。


 表面は磨かれたようにツルツルとして、何の絵も模様も描かれてない。金色の光沢に、その存在感を感じるペンダントである。


 ピコナは恥ずかしそうにたじろいだ。

「こ、これは、そんな、解毒剤じゃないよ……」


 握り締めて隠そうとする。


「何言ってんのさ! 早くしてよ! すぐにミマを助けたいし、カエルシールの時間制限だってあるんだから!」

 勇太はカエルシールに触りながら、声だけで迫る。


「いや、だから、この薬は違うの……」

 ピコナは身を縮めている。


 領主も口を出す。

「まどろっこしいぞ! わしの庭で、毒殺なんぞ、断じて許さん! 早く、その解毒剤を渡せ!」

 ズイズイと、ピコナのかたわらへとおもむいていく。


 領主は大男! 手だって大きい! その手がペンダントを隠すように握るピコナのこぶしを、その外側から覆うように握りつけた。


 グイッ!


「いやあっ!」

 プチンッ!


 ピコナが握ったままのペンダントを、領主が引き寄せたのだ。ペンダントを提げていたネックレスは必然的に引き千切られ、スルリと芝生へと落ちていく。

 大男が繰り出す力だ。女性の腕力なんて無いに等しかった。


「さあ、握った中のペンダントを出せ!」


 ギュウッ!

 領主は握力を強める。

 握られているピコナの拳は、たまったもんじゃない。リンゴなら簡単に握りつぶせるほどの圧力がかかったのだ。


「い、痛い、痛い!」

 このままでは、ピコナの指が脱臼するか、骨折してしまうだろう。


「わ、分かりました。出します! 出しますよ!」

「なら、とっとと解毒剤を出せ!」


 領主は手を開いた。


 握られていたピコナの拳は変形している。痛めたのか、自分で拳をひらけない。もう片方の手で指を1本ずつつまんで開かせた。


 中から、金色に光る小さなラグビーポールが出てきた。


「指が痛くて、ペンダントの蓋を開けられません」

 可愛そうだが、そうなるだろう。


「貸してみろ」

 領主がペンダントを取り上げる。

 構造が分からず、グルグル回しながら、眉間みけんにシワを寄せることしかできない。


「どうやって開けるんだ?」

「ペンダントは上下2つのカプセルからなっていて、真ん中から分かれます。それらはネジでつながっているので、下のカプセルを固定して、上のカプセルを左へ、開ける方向へ回してください」


 ペンダントには、ネックレスを通す円環金具が付いている。


 そっち側が、上のカプセルと領主にも分かったので、その反対側である下のカプセルを、ごつい指で下側からしっかりとつまみ、鉛直向きに固定する。


 まるでラグビーボールが、3本の丸太にはさまったかのようだ。


 そして、領主は上のカプセルをくるくると回していく。


「おっ! 回る! 回るな!」

 しばらく回すと上のカプセルが傾いて外れた。


 カプセルの内側には金色のつつがあり、下のカプセルと一体となっている。


「たっぷりと入っているぞ!」


 ペンダントを持つ領主の手が、より慎重となった。


「えっ? たっぷり? ですか?」

 疑問を持ったピコナが、ペンダントの中をのぞこうとしたが、領主の持つ位置が高い。

 中身がタップリだから、こぼれてしまいそうで領主も手を下げたくても下げられない。


 困っていると、1人のメイドが踏み台代わりの馬になってくれた。ピコナが彼女の背中に乗って、ペンダントの内側を覗き込む。


 その内側には透明っぽい液体が、筒のふちから溢れそうなほどに、なみなみと入っているではないか!


「あっ! 違います! いつもの薬じゃありません!」

 ビックリしたように言うと、ピコナはメイドの背中から、ピョンと飛び降りた。


 領主は液体をこぼさないように、ペンダントを慎重に持ちながら聞く。


「いつものとは何だ?」

「いつもは、錠剤です」

「錠剤? 何の薬だ!」


「ピ、ピリです」

 ピコナは顔を赤らめて答えた。


「なんと、ピリか、今時の娘はこんな所にげて持ち歩いているのか? なんと言ってよいのか……」


 ピコナが両方のてのひらを、両方のほおに当てる。

「恥ずかしい! でも、一度も使ったことなんて、ないんですよ。あくまで、念のためなんです!」


 ピコナには、使った経験がないようだが、勇太には何を言っているのか、さっぱり分からない。


「ピリって何?」

 正直に聞いた。


「避妊薬だよ。少年は知らなくて良い!」

 知らなくて良いと言いながらも教えてくれた。


 子供でなくても、気軽に聞ける薬ではない。


 領主は眉間にシワを寄せて、ピコナに聞く。

「それで、錠剤のはずが、どうして液体なのだ?」


「外観も量も、小瓶のダミーと合致しますし、わたしの知識も同じです。

 毒見役の彼が言うのなら、


 きっと、それが解毒剤です!


 さあ、早く! 姫に!」

 ピコナは力強くミマを指差した。


 ミマは勇太の目の前、テーブル近くの芝生に横たわっている。

 でも、領主とピコナは、逆立ちの木の近く、ミマから5メートルくらい離れていた。


「そうは言うが、歩くとこぼれそうだぞっ!」

 解毒剤は液体であり、なみなみとカプセルに入っており。しかも、そのカプセルを領主の太くてごつい指がつまんでいるのだ。


 一歩でも歩こうものなら、こぼれてしまう!


 ピコナが提案する。

「では、蓋を、上のカプセルを、戻してください」

「た、たっぷりと入ってるから、ふ、蓋をかぶせようとするだけでも、こ、こぼれそうだぞ!」

 自分で外しておいて、にっちもさっちも、いかなくなってる。


「なら、ミマを運ぼうよ!」

 勇太はチクミから手を放して、ミマを抱き上げようとした。

 実は、今の今まで、勇太はミマの胸を触ったままだったのだ。


 決してHな気持ちからではない。


 手を放してしまったら勘が途切れてしまい、せっかく見つけた解毒剤の効果まで無効化されていまいそうで、怖かったのだ。


 スイーッ


 ミマの体が勝手に浮いた!

 勇太が抱き上げる体勢を作る前に、みるみる高くなっていく。


 違う! 勝手じゃない!


 7、8人くらいのメイドたちが、ミマの体を水平に保ったまま持ち上げたのだ。


 スススッ

 水平なまま運ばれていく。


 高さを調節されて、ミマの口は、もう領主の手元にあった。


「よし! では、入れるぞ」


 たらーーーーん


 領主はペンダントの液体を、ミマの口へと流し込んだ。

 透明で、トロミがある液体だった。


 ピコナが指示を出す。

「口を上に向けたままにして、体を真っ直ぐに保ったまま、足先から順に下げて体が縦になるように、少しずつ傾けてしてください」


 メイドたちは、ミマの頭をその位置に固定して、足から腰から腹から胸から、ゆっくりと下げていく。


 ピコナが落ち着いて解説する。

「この解毒剤が本物なら、嚥下えんか作用(飲み込むこと)を促して、すぐに胃に入り、まず、胃の中にある毒を解毒し、スクマミロンに含まれる毒の素を分解して、体内にみてしまった毒も、素早く追いかけて解毒していくのです。


 つまり、即効性があります。すぐに姫の意識は戻るでしょう。


 ですが、合わせ毒であるカイスの種は消せません。なので、種が体内にある間は、スクマミロンは飲食禁止です。


 女性の場合はお通じが、すぐに来ないこともありますので、長く見積もって……、えーと、そうですねぇ、3週間はスクマミロンを食べさせないでください」


「ふあーーーーっ! スクマミロンは禁止なのですわ!」


 ミマだ!


「やった!」

 目を覚ましたんだ!


 メイドたちに体を支えられて斜めとなり、顔だけが真上を向いていて、ちょっと苦しそうだ。


 ペンダントの中身は、ちゃんと解毒剤だったのだ。勇太は間違っていなかった。


 ナーガはくねくねと喜びながら、涙ぐんでいる。

 領主もイケメンサッカー選手がゴールを決めた時のように、力強いガッツポーズで喜びを表現する。

 ピコナは一仕事終えたような満足感に満ちていた。

 チクミはホッとした顔で点滅している。


 勇太は自分の勘が、ミマの命を救ったと胸をなでおろし、じわじわと染みてくる嬉しさを味わうのであった。








【毒に倒れたミマが助かりました。これで一件落着と思ったら、……。

 次回、第八章のタイトルは、なんと『姫がラスボス』です。どういうことなのでしょうか?】







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