第13話 第三章 王家への呪い(2/4)

【約3900文字】



【トロピ界に召喚された勇太は、ミマの毒見役となったのだが、突然に現れた女剣士ガーゾイルによって胸を斬られてしまった……】





 ヤベー! 俺、死ぬのか?


 超人なんて、不死身なんて、全然、ウソじゃん!

 勇太の意識は、どこか分からない、大きな暗い穴へスーッと落ちていった。



 ………………………………



「起きるっすよ、勇太っ! さっさと、起きるっす!」


「い、いてっ!」

 声と斬られた痛みで、勇太の意識が戻った。


「不死身のくせに、情けないっすねっ!」

 目を開けると、稲のような草が、空を囲むようにそそり立っている。


 その視界の真ん中にニョッと蛇頭がのぞき込んだ!

 ナーガだ!


 俺、死んでなかった。


 やっぱ、不死身だったんだ。けど、斬られた所が痛い。

「まだ、全然っ、いてーよっ!」


「情けない声を出してる場合じゃないっすよっ! 勇太が姫様を守るっす! 助けるっすよっ!」


 ハッ!


 思い出した!

 ガーゾイルがミマを追っていたのだ。


「ミ、ミマは? 無事なの? っ!」

 勇太は起きたいのに起き上がれない。痛みのために頭すら上げられなかった。


「姫様は、さっきまで、この草地で、逃げて走りながら、勇太に治癒魔法をかけてたっす。

 闘えばいいのに、勇太の治癒を優先したっすよ。斬られたのをすぐに気付けず悔やんでいたみたいっすね。

 今、姫様は屋敷の中で逃げ回ってるっす。早く、勇太が助けに行くっすよ!」


 勇太の脳裏にはミマの姿が思い浮かんだ。

 胸をポヨンポヨンと弾ませて走りながら、普通の鉛筆よりも2倍長い棒を振って、呪文を唱えるミマである。


 なんて、健気な。

「俺が倒れたために、遠くへ逃げられなかったのか!

 くそっ!

 ミマを逃がすためだったのに、裏目に出たのか……」


「元々、姫様は足が遅いっす! 遠くへ逃げても、すぐに追いつかれるっす!

 それよりも、今は別荘の中っす! 増改築を繰り返して、迷路になった別荘の中を逃げた方が、安全ってもんすよ!

 隠れる場所も、たくさんあるっすからね」

 思慮の深さを見せるナーガである。案外と頼もしい存在なのかも知れなかった。


「早く行きたいけど、斬られた胸が痛くて、起きることもできないんだよ」


 蛇頭が勇太の顔に近づいた。寄り目になりそうなくらいだ。

 近くで見ると蛇の顔って不気味だ。うろこだらけだし、赤い舌をペロペロ出すし、目は艶々つやつやと光っているし、その気味の悪さに顔をそむけたくなる、けど痛くて首が動かない。


「アタイは、ただの蛇じゃないっすよっ!」

「しゃべれるから?」

「違うっすよ!


 アタイは、姫様のけんっす!


 でも、さっき、姫様からいとまを出されたっす。勇太の家来になれと言われたっすよ!」

 悔しそうな顔。


「えっ? ナーガが俺の家来?」

 意味が、よく分からない。


「だからっすね、そのあかしとして、勇太がアタイの頭をでるっす。撫でるとアタイの主人として、アタイを剣として使えるようになるっす! あいつを、ガーゾイルを止められるっすよ!」


 ナーガが剣? 蛇が剣?

「よく分からないんだけど……」


「細かいことは後っすよ! まず、勇太がアタイの頭を撫でるっす。その次に、アタイの首の下辺りを、剣を握るように持てばいいんすよ! 姫様が追われてるっす! 急ぐっすっ!」


 ペンペン

 見えないが、どうやら尻尾で地面をたたいているようだ。


 必死さが伝わってきた。

「分からないけど、ミマが助けを待ってるんだ!」

 気味が悪いが、蛇の頭を撫でるくらい、なんてことない。


 勇太は痛みをこらえて、右の人差し指をナーガの頭に近づける。

 ナデナデ

 蛇頭を優しく撫でた。


 グィーーーーンッ!

「あれ? なぜか痛みが引いていくぞ」

 起き上がれないほどの痛みが、どんどんとしぼんでいった。


「早くアタイを剣のように持つっすよ!」

「分かった!」

 勇太は上体を起こすと、剣を持つようにナーガを握った。


 クィーーーーーーンッ!


 痛みはすっかりと消えた。スッと立ち上がって自分の体を見る。斬られたはずの学生服も直ってるし、気付くと草に付着していた血も消えている。


「体も服も何ともないぞ」

「勇太の服も霊体の一部っす。肉体と一緒に回復したっすよ」

 服も体の一部のようだ。


「そんなことよりも、早くガーゾイルを止めるっす!」

 その声に、握っているはずのナーガを見る。


「えっ!」

 勇太は光る剣を持っていた。

 そうではない、ナーガが剣となり光っている。


 正確には透明な剣の輪郭が光って、その中に蛇のナーガが入っている。

 剣のつかがナーガの頭、切っ先が尻尾で、ピンと一直線になって光る剣の内部で硬直しているようだ。


 つかむ柄はナーガより太い。勇太は知らないうちに透明な柄をつかんでいた。


「アタイが可愛いからって、見とれてる場合じゃないっすよ! 早くガーゾイルを止めるっす!」


 光る蛇剣へびけんの不思議なんて、今はいらない。蛇が可愛いとかも今は無視だ。

「よしっ! 行こうっ!」


 ダッ ザ ザ ザッ

 勇太は別荘へと走り出した。



【ご注意!

 勇太は蛇を剣にしましたが、これはフィクションです。

 野山の蛇さんたちが剣になることはありません。

 蛇剣にしようなどと思って、野山の蛇さんたちを決して捕まえないでください。中には毒蛇さんもいます。命に関わります。

 蛇さんたちを見つけても野生動物と思って、そっと見守ってあげましょう】



 勇太の胸も足も、もう痛みは消えてる。疲れすらも残っていない。それどころか、今までにないくらいに快調なのだ。


「どうして、いきなり回復したんだ?」

 走りながら剣のナーガに聞いた。


「元々、勇太は不死身っす。そこへ姫様の治癒魔法、その上、アタイが以前に飲んだ薬が、勇太の手から吸収されて、速攻(即効)で効いてるっすよ」


「ナーガが、俺のために、何か薬を飲んだの?」

 代わりに飲んだ薬が効くのだろうか?


「ずっと昔に飲んだ薬が、今でも効いているって感じっすね。でも、実は薬でなくて達人エキスっす! いにしえの世に生きた、剣の達人から抽出したエキスが、勇太の皮膚から吸収されて傷を早く治したっすよ!」


 エキス? 達人?

「達人って、おっさんか? おっさんのエキスなのか?」


「そうっすね。若くないから、どっちかと言えば、おじさんのエキスっす」


 勇太は想像する。

 年齢的にも円熟の域に達したおっさんが、自らの筋肉を硬く鍛え、その筋肉から熱い汗をダラダラと流す。

 そんな脂ぎった汗を集めてエキスとする。


「マジかよ」

 勇太はキモイ顔。


「でも、勇太に効いているエキスは僅かっす。そうっすねー、5パー(5パーセント)くらいっすよ! 逆に100パー効いたら、痛みで、ぶっ倒れるっす!」

 よく分からないながらも、全部じゃないと聞いて、勇太は少しホッとしたのだった。



 勇太はナーガの剣を持ち、草地を走り抜けて、朽ちた別荘まで来た。

 玄関のドアは、大人数がぞろぞろと入れるくらいに大きい観音開き。でも、壊れて半分開いていたので容易に入れた。


 玄関ホールはバレーボールのコートくらいに広いが、窓は割れ、床にはほこりが溜まり、シャンデリアも落ちている。好き放題に荒れていた。


 床の隅に投げ捨てられたようにリュックサックが落ちている。ミマの持ち物だ。コップなどが入ってたやつだ。お皿とか割れちゃったかな?


 そんな心配は今はよくて、荷物があるのだから、ナーガが言うようにミマがこの別荘にいるはずだ。


「ミマはどっちだ?」

 廊下は玄関ホールの左右にある。


「右っす! 急ぐっすよ!」

 ナーガの指示どおりに勇太は走り出した。


「ねぇ、どうして右なの? 事前に打ち合わせてたの?」

「そんな余裕なんて、なかったっすよ。アタイはにおいで姫様がいる方向が分かるっす」


 勇太は不思議に思って走りながら剣の柄を見る。

 ペロペロ

 透明な柄頭の中で、ナーガが赤い蛇舌へびじたを出している。蛇は舌でにおいを感じているのだ。


「剣の中でも臭うの?」

「この光る透明な剣はエーテルを含んだ空気でできてるっす。空気だから、ちゃんと臭いが伝わるっすよ」


 ミマによれば、エーテルは魔法の素である。ナーガの蛇剣も似たような代物のようだ。


「建物に入ったから、アタイは短くなるっすよ」

 蛇剣はヒュルヒュルと、50センチくらいの短剣となった。


 それまでのナーガは、光る剣の中で一直線のように硬直していた。だが今は剣の幅が広がり、その中でジグザクになっている。だんだん減衰していく連続波の模式図のような感じだ。

 でも、握る柄には変化はなかった。重さも蛇のままである。


「短い方がいいかも」

 勇太も賛成する。短い方が扱い易いと思った。

「素人にはこっちの方がいいんすよ。おっと、次の角を左っす!」



 ナーガが言うように迷路のような廊下を次々と進むと、1つの部屋の前で止まるように言われた。その部屋のドアは壊れて空きっ放しだ。


 中をのぞくと……。

「いたっ!」

 でも、ミマではない。ガーゾイルだ。


 その部屋は、教室よりいくらか狭いくらいの広さなのだが、家具やら木箱やら傘やら鍋やら、歯ブラシなんかも、そんな雑多な何やらかにやらが散乱して、さながら大きなゴミ箱になっている。


 また、元は物置か使用人の部屋だったらしく、廊下よりも天井が低い。標準身長の勇太でも、背伸びをすれば悠々と手が届く高さだ。


 しかし、入り口からだとミマの姿が見えない。


 ガサガサ ドン ゴロリ ボフンッ

 ガーゾイルは倒れた家具を転がしている。舞い上った埃が、ドアの反対側に並んだ大きな窓から差し込む日差しに、キラキラと光った。


 どうやら、ミマを捜索しているようだ。まだ捕まってないんだ。


 ナーガはこの部屋にミマがいると言ってたから、きっと隠れているのだろう。見つかる前にガーゾイルを引き離したい。


 草地では丸腰だったが、今は武器を持っている。蛇だけど……。


 勇太はガーゾイルの気を引こうと思った。

「おい! ガーゾイル! 俺が相手だ!」






【リベンジを挑む勇太。次回、ガーゾイルを倒せるのでしょうか?】




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