第8話 第二章 魔法姫(4/7)

【約4000文字】



【異世界であるトロピ界に召喚された勇太は、ミマからジャンケンが強い理由について言われ、子供時代を回想し、自らの勘を認識すると共に愛しい力だったと思い出すのだった】



 勇太のジャンケン能力は、ゲームで言えばチートみたいなものだ。

 だけど、大切な力だ。


 誰かが頼ってくれたいとしい力だった。


 この力は勘によるものなのか?


 学校の成績は至って普通だ。

 テストの山も、当る時もあれば、外れる時もあったし、選択問題もしかりである。


 本当に俺は勘が鋭いのだろうか? 疑問に思った。



 ――ここは草地、勇太の前には毒見役を頼んでいるミマがいる。


 勇太はそんな疑問を口にする。

「ジャンケンに無敗と言うのは認めるけど、学校の成績だって特によくないし、テストの山勘にも外れるし、それほど勘がいいとは思ってないよ」


「勇太のプロフィールは聞いていますわ」


 えっ?

「お、俺のプロフィールって?」


「召喚業者から教えてもらっているのですわ。色んな異世界人のプロフィールを知っているようですの」


 勇太には全くの初耳だった。能力について、知らない誰かに聞かれた覚えなどなかった。

「本人が知らない内に調べたの?」

「よく分かりませんわ。きっと、企業秘密なのですわ。とにかく、能力リストをお持ちでしたわ。そこに毒見能力もあって、勇太を見つけたのですわ」


 召喚業者がどうやって調べてたのか分からないが、ミマは能力情報から勇太を召喚したようだ。


「俺って、勘で毒が分かるの?」

 本人には実感がまるで無い。


「条件があるのですわ。ジャンケンで勝ってすぐに食べ物を見れば、毒を危険として感知できると、そのリストには書いてありましたわ」


 本人も知らない能力が、遠い異世界に知れていた。


「お、俺にそんな能力があるなんて……。自覚なんてないんだけど、そんな情報をを信じていいの?」


 蛇のナーガがニョロっと頭を上げる。

「アタイは信じていいとは思ってないっす!


 異世界人の能力は天からの授かりものと、何も考えずに信じる人間もいるっすけど、アタイは信頼できる情報しか信じないっすよ。


 一番信頼できるのは自身の目っすからね」

 蛇眼を光らせる。


「なら、どうすんのさ?」

 びくつく勇太である。


「この場で試すっすよ! 毒見テストっす。アタイの毒が分かったら、毒見役と認めてやるっす!」


 それは違う。

「蛇は咬んで毒を体内に注入するんだから、食べ物の毒とは全然違うじゃん!」


 へへーーン

 ナーガは鼻先を高くして反り返る。


「危険と言う感覚は同じっす。毒見と言っても勇太の毒見は危険を感知する毒見っすよ」


「毒にこだわらず、危険を感じればいいってことか」

 毒見のイメージがなんとなく分かってきた。ミマも危険を言っていたが、勇太は毒にとらわれ過ぎていたようだ。


「そう言うことっす。では、毒見テストの方法っす。

 まず、3つのコップに水を入れるっす。その1つにアタイの毒を流し込んで、毒のコップを当てるっすよ!」


 勇太たちは草地の真ん中にいる。コップなんてあるのだろうか?

 ミマが少し離れた草むらへ行き、茶色いリュックサックのような、大き目のバッグを持って戻ってきた。


 中からコップと湯飲みと茶碗っぽい器と、しぼんだ風船のような水筒を取り出した。

「このバッグは引っ越し荷物一式ですの。一人分しかないので、コップは1個だけですわ。だから、他の容器で代用しますわ」


「引っ越し荷物の一式を持ち歩いているの?」

 勇太が聞くと、家がボロで鍵もないからそうしていたらしい。

 前に住んでいた時の持ち物は、その多くを処分してしまったようだ。


 それで、毒見テストの用意である。

 しぼんだ風船のような水筒から、その3つの容器に少量の水を入れて、取り出したリュックの上に並べて置いた。

 ちなみに水筒がしぼんだ風船のように見えるのは、おそらく動物の膀胱ぼうこうを材料にしているからである。


 毒殺されると言われたミマであるが、今はワクワク顔になっている。

「これから、どれか1つにナガイの毒を入れますわ。勇太はそれを当てるのですわ! さあ、後ろを向くのです!」


 勇太の能力に興味津々のようだ。

 その勇太は回れ右をする。


 ガサガサと草の音がするだけで、声は聞こえない。何をしているか分からなかった。

 しばらくしてミマが呼んだので勇太はその方向を向いた。


 リュックサックの上に載ったコップなどの位置に、変化は見て取れないし、今は毒のありかも分からない。


「さあ、ジャンケンをするのですわ! そのすぐ後に、勘を使って危険を見つけるのですわ!」

 そう、ジャンケンをしないと毒が分からないのだ。


「いきますわよ! ジャン……」

「ちょっと、待った! ここのジャンケンって、俺のジャンケンと同じなの?」

 そもそも、ジャンケンのルールが違っていたら話にならない。


 ミマが両手を使って説明する。右が勝ち、左が負けで3種類を見せた。

「同じだ。全く同じだ」

 ルールに関して、差異はなかった。


「分かったところで、いきますわよ! ジャンケン ポン」


 ミマ グー

 勇太 パー

 勇太の勝ち。


「よし! いつも通りだ!」

 勇太は小さくガッツポーズ!


「すぐに毒見するっすよ!」

 そうだった! 勇太は3つの容器を見比べる。


 感じない。何も感じない。違いが分からない。3つともただの水としか思えなかった。


「さあ、どれが毒入りっすか?」

 ナーガが勇太に迫ってくる。


 ヤバイ、俺って役立たずだよ、適当に言うか? でも、毒はミマの命に関わっているんだ。

 うーん、正直に言えば別の誰かが、俺の代わりに召喚されるかも知れない。その方が俺にとってもいいはずだ。


「ご、ごめん、どれからも何も感じないよ。毒なんて感じないんだ」


「正解ですわ!」

 ミマはパッと歓迎の両手を広げて見せた。


「えっ?」

「まだ、どれにも毒は入れてませんわ。まず、勇太がいい加減な事を言う人かどうか確かめたのですわ」


 勇太からは力が抜けた。

「人が悪いな。俺を試したのか」

「会ったばかりですわ。人間性を見たのですわ」

 ミマは満足そうに微笑んだ。


「次が本番ですわ。さあ、後ろを向くのですわ」

 ガサガサ ゴソゴソ


「こっちを向いてジャンケンですわ」

 容器を見るよりも早くジャンケンに突入!

 ……ポン!


 ミマ チョキ

 勇太 グー

 勇太の勝ち。


「うんうん、そうそう、俺の勝ちね」

「さあ、毒入りを指差すのですわ?」


 スッ

 勇太は迷わず茶碗のような容器を差した。


 何て言うか、危険を感じたのだ。危険がそこに湧いていると勘が告げたのだった。


「当たりましたわ!」


 ナーガが進み出る。

「でも、でも、っす! 1回だけじゃ分からないっすよ! もっと、試すっす!」


「ナガイ、水を入れられる容器は、あと1つしかありませんわ」

「水は1滴あれば十分っすよ。水が混ざらないようにして、皿に1滴ずつ何滴か垂らすっす。その内の1滴にアタイが毒を入れるっす。その1滴を当てるっすよ」


 ミマはナーガの意見を受け入れ、毒の入った水を惜しげもなく地面に捨てた。だが、毒を入れなかった残りの水は『もったいないのですわ』と言って自分で飲んだ。


 殊勝だなと勇太は思った。

 姫と言っていたのに、水と言えども無駄にしない。苦労のほどがうかがえた。勇太のミマに対する好感度がさらに上がった。


 そして、台にしていたリュックサックから1枚の皿を取り出した。

 平たくて30センチくらいもある白くて丸い大皿である。


 同じように、リュックサックを台代わりにして、水平になるように皿を載せ、ミマが水筒からポタンと1滴らす。


 皿の表面には表面張力を高める釉薬ゆうやくが塗ってあるのか、1滴分のこんもりとした水の小山ができている。(釉薬とは、陶磁器を焼く前に塗るガラス質の溶液のことで、焼き上がり後は表面が艶々つやつやとした質感となる)


 水滴同士がくっつかないように、少しずつ位置を変えてポタリポタリとミマが水を垂らしていった。

 皿の上には20個くらいのしずくの小山ができ上った。


 勇太が少し離れて後ろを向くと、皿の滴に毒が入れられる。

 勇太は見ていないが、ナーガが大きく口を開け、上顎うわあごにある2つある牙のうち、右の牙が下になるように顔を傾けて、牙の先端から透明な毒液の極小しずくを、皿に載った1滴の小山へと落すのだ。


 さっきとは違い、ジャンケンの時も勇太は後ろ向きのままだった。

 当然勇太が勝ち、近寄って皿を見る。


 スッ

「この1てきと、これも」

 2つのしずくを指差した。


「当たりましたわ! よく2つと気付きましたわね!」

「危険を感じたやつを選んだだけだよ」

 勇太は普通に答えた。特別な能力を使ったという実感はなかった。意識を集中するとか、疲れるということもなかった。

 ただ普通にジャンケンをして、何の気なく指差しただけだった。


 ナーガが頭を勇太に向ける。

「1つは、ほんの少ししか毒を入れなかったっす。それでも分かったとは、恐れ入ったっすね。でも、まだまだっすよ!」



 それから、毒が入った滴を布で拭き取り、残っている水滴の1つに同じように毒を入れて、その度にジャンケンをして、勇太が毒見をした。


 20個くらいあった水滴は、数を減らしながら最後には2個になり、その中から勇太が毒を当てて、毒見テストは終了となった。


 勇太は、それだけの数を連続して当てたのである。



「認めるっすよ。アタイも毒見役として認めてやるっす」

 ナーガも蛇だけに尻尾を巻いた。


 勇太は、思った以上に嬉しいということはなかった。特別な努力をしていないからである。ただ、毒見役として一歩前進した気がした。


 しかし、例え一度感じた毒でも、時間が経つと感じない。ジャンケンの直後だけに感じるのだ。

 つまり、ジャンケンの直後にだけ、勘が鋭くなっているのである。


 勇太はイラシャの言葉を思い出した。

 その時は意味が分からなかったやつだ。


 無敗の競輪選手が、自転車に乗れる能力を求められる。

 勇太の場合、無敗のジャンケン能力者が、勘による毒見能力を求められる、という訳だ。

 ちょっと違いそうだが、ジャンケン無敗も毒見も勘を母体にしている。


 勇太は、意味の分からなかったモノが、自身に潜んでいたと実感したのだった。








【勇太はジャンケンに関しては無敵です。加えて蛇毒の毒見も無敵だったようです。次回は、ラスト勝負に含まれた困ったシステムがあらわになります】




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