第74話 偽りの代償

「貴様、騙ったな?」


「へぇっ?」


 虎人の言葉に商人は間抜けな声をあげる。そして何事かを考える様子をみせるが、思い当たる事がないのか、その言葉を理解出来ていないようだ。


「あ、あの。タオロン様……。騙るとは、いったい何の事でしょうか。」


 虎人はさらに商人へと近寄っていく。巨体に詰め寄られ商人はオロオロしだす。


「もともとあの娘は貴様の物ではなかったのであろう。しかし、貴様はワシにそうとは言わず依頼した。『連れ戻して欲しい』とな。」


 そこでやっと商人は虎人が言わんとしていることが理解出来た。そして慌てた様子で訂正していく。


「確かに、少しお伝えする言い方に誤りがあったようです。申し訳ありませんでした。確かにハーピー族の少女は元は私が集めていた荷には含まれておりませんでした。ですので、紛失した荷の代わりとして、その少女を新たに回収出来ればと思い至りました。そこで、タオロン様のお噂を耳にしまして、ご依頼するに至りました。結果として、こうしてハーピー族の少女を連れてきて貰いました。タオロン様のおかげでこうして無事ルヴァレリア侯爵に荷を届けることが出来るようになりました。大変感謝しております。」


「ふむ、では認めるのだな。」


「認めるといいますか……あ、いえ。 はい。大変申し訳ありませんでした。ですが、これは些細な言い間違いといいますか。決してタオロン様を騙そうなどという気持ちは、少しも持ち合わせておりません。」


 虎人は商人を見据える。そこには何の感情も含まれていない。ただただ、そこにある物を見ているに過ぎなかった。


 虎人は決して威圧しているわけではない。ただそこにいるだけだ。しかし、商人は体から汗が吹き出し鼓動が早くなるっているのを感じていた。ただ見つめられている。それだけで死刑宣告を言い渡されたかのような、そんな気が。


「た、タオロン様!!確かにいい間違いはありました!!ですが、先ほどもお伝えした通り、私に騙そうなどいう意図はこれっぽっちも御座いませんっ!!ほんの些細な間違いでございます!」


「しかし、やはり間違いであることには変わりないかと。」


 ムスヴァが冷静に言葉を発する。


「ムスヴァ殿!何を言いまするか!どのみちこうして手に入ったのですから、些細なことではないですかっ!今さら拐うのが駄目だとでも?それでは何もたち行かなくなります。」


 虎人に迫られ……実際は迫ってなどなく、ただ目の前にいるだけなのだが。商人は額から大量の汗を流しながら、捲し立てるように早口で弁解の意を唱える。今まで散々拉致紛いのことをしてきて、今回だけ駄目だとは納得しかねるものだ。


「ハラデイル殿。」


 ムスヴァは諭すように商人語りかける。


「今回の依頼について、私がどうこう言うつもりはありません。元よりそんな資格もありません。ただ、今回の問題につきましては、ハラデイル殿がどう考えてるかはあまり関係ありません。問題は真実を伝えなかったというところにあります。」


 ムゥヴァは姿勢を正し真っ直ぐハラデイルに向き直る。


「ハラデイル殿。貴方は意図していなかったとは言え、守らなければならない決まりごとを破ってしまいました。タオロン様に依頼する際に、絶対に守らなければならない事。それは『真実を述べる』です。いつ如何なる場合であっても、それは破っては行けないのです。」 


「ワシはな。」


 ムスヴァの話しの続きを語るようにし虎人は商人に近寄り言葉を放つ。


「依頼を受ける際に、情報の真意を確かめたり裏を調べたりする事をしない。それが何故か分るか?」


「い、いえ……。」


「ワシを騙そうなどという愚か者は、まずいないからだ。騙したらどうなるか、どんな馬鹿でも知っている。だからワシは面倒な事は元からせぬ。」


 虎人はムスヴァへと視線を向ける。意味有りげなその視線にムスヴァは頭を下げてお辞儀をする。その額には汗が滲んでいた。


「―――とは言えもう貴様には関係無い事だがな。」


 商人の顔を正面から捉え語りかける。だが話しかけられた商人は虎人の語りかけに何の反応も示さなかった。いや、それだけではない。それは虎人に対してだけではなくその他全てに対しても同じような反応であった。その生気すら感じられない瞳は何処を見ているのかさえ不明であった。




「ぎゃあぁぁぁああっっ!!!」




 室内に悲鳴が鳴り響く。音程が外れたその叫びは商人に仕える執事が上げたものであった。執事は腰を抜かしその場に座り込むと、這いずるような形で部屋から出て行こうとする。


 そんな執事の様子を気にもとめない虎人は、手にしていたそれを無造作に投げ捨てる。室内をゴロゴロと転がったそれは、部屋を出ようとしていた執事の前でぴたりと止まった。床を這っていた執事はちょうど目の前に止まったそれと目が合ってしまった。執事は先程よりもさらに大きな悲鳴を上げて部屋を飛び出して行く。


「ムスヴァよ。」


 今起こった出来事に何の興味も無いと言わんばかりの虎人は、緊張した様子のムスヴァへと視線を向ける。


「貴様はこそに転がっているゴミに、荷を集めるように言っていたようだが、さて」


 語りかけるその口調はまるで世間話をしているのではないかと思える程平坦であった。しかし話しかけられているムスヴァにとってはまったく違うものを感じ取っていたであろう。


「ワシが連れてきた荷なのだが、貴様はどうする?」


「どうする、と言いますと。」


「ワシに同じ事を二度言わせる気か?」


「…っ! 申し訳ありません!!」


 ムスヴァはすぐ様頭を下げ謝罪の言葉を口にする。


「本来であれば、ハラデイル殿が集めた荷は全て主であるルヴァレリア侯爵の元へ届ける決まりでありますが……。今回はタオロン様に間接的であるとはいえ、多大なご迷惑をお掛けしてしまいましたので、一度荷は全てタオロン様のものとして、その後改めてタオロン様からお売り頂ければと思っております。」


「ふむ、では断ると言ったらどうする。」


「私に異を唱える資格はございません。」


「侯爵の命令はよいのか?」


「タオロン様と敵対してまで回収せよとはルヴァレリア侯爵もおっしゃらないかと思います。それに荷は他にもございますので。」


「そうか。」


 もう話すことは無いとでも言うかのように、虎人は部屋の外へと歩いていく。ふと何か思い出したかのような声を上げると振り向くことなくムスヴァへ声をかける。


「この屋敷は貴様にくれてやる。主のご機嫌取りにでも使え。」


 その言葉を最後に虎人は退室していく。その後ろ姿をムスヴァはお辞儀をしながら見送るのであった。














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