第73話 内情
「おぬし、この屋敷の者ではないな。」
虎人の問いかけに対し、入室してきた男は臆するでもなく、淡々と質問された事に対して答えていく。
「はい。フー・タオ・ロン様の仰った通り、
男は再び頭を下げる。
「弱輩ながら私、ルヴァレリア侯に仕えております、ムスヴァと申します。紹介が遅れましたことお詫び申し上げます。。」
ムスヴァと名乗った男は、己が主の名を口にする。それを耳にした商人は目を見開き驚いた表情をする。
「なっ!? ムスヴァ殿! 貴方はスノイル卿の使いの者ではないのですか!?」
「ハラデイル殿、申し訳ありません。ルヴァレリア侯の名をみだりに出すわけにはいきませんので、立場を偽っておりました。スノイル卿には了解をえておりますので、騙りにはなりません。ご安心下さい。」
商人は驚きを隠せないでいた。自分が取引をしていたのはスノイル男爵の手の者だと思っていた。しかし実際はルヴァレリア侯爵の使いであったのだ。ルヴァレリア侯爵は王国での有数の大貴族である。知らぬ間とはいえ、まさかこうして直接の関わりを持つことになるとは。
商人はその事実に、己の幸運に打ち震えた。これは想像以上のものだ。商人の内に欲望の炎が渦巻く。
「ムスヴァと言ったか。貴様はワシのことを知っているようだが。」
「はい。フー・タオ・ロン様のことはよく存じております。」
「そうか。ならば話は早い。今回の一連の事、大元は貴様の主の命で間違いないか。」
「はい。ルヴァレリア侯から仰せつかっております。」
「命令の内容とはなんだ。」
「ルヴァレリア侯から仰せつかったのは、覇者であるドラゴンやフェンリルといった伝説に謳われるようなものを最優先に、また珍しい種族や特殊性のある種を広く集め捕らえるよう命を受けました。またそれらの近類種も同様に確保するようにとの言です。今回で言えばフー・タオ・ロン様がお連れしたハーピー族の少女がそれに該当します。他には瞳に特殊な力を宿す者や複数の尾を持つ獣人、また与し易い妖精種などもふくまれております。」
「何故そのような者たちを集める。」
「申し訳ございません。ルヴァレリア侯からは理由までは知らされておりません。上の者であればもしかしたら知らされているのかもしれませぬが、私の立場ではただ命令を下されただけに過ぎません。ご要望にお応えできず、申し訳ございません。」
「貴様の意見で構わぬ、申せ。」
ムスヴァは頭を下げ、先に推測ですがと断りを入れてから己の考えを口にする。
「……確証はもてませんが。最近ルヴァレリア侯の体調が優れぬご様子でした。もしかしたら、それが何かしら関係しているのかも知れません。」
商人はこの日何度目になるのかという驚きを体験する。侯爵の体調が優れぬなど、軽はずみに知れてよい事柄ではない。もしそれが本当であれば、何が何でも隠したい事実であろう。下手をすれば、命に関わる重大な事実に身震いする。
「古来より神々の力より超常的な力を得た神話や英雄譚などが多数存在します。もしかしたら、それらの不思議な力を頼りに、そういった者たちを集めていたのかもしれません。」
「ふん、超常の力に縋ろうとするど、脆弱な人間が考えそうなことだ。時の権力者の中には不老不死などという戯言に囚われた者も居るが。貴様の主もよもや夢物語を見ているのではなかろうな。」
「流石にそこまでお考えとは思えませんが。」
「無駄に権力をもった者など皆同じようなものだ。貴様の主もそう変わらぬだろうぞ。して、貴様に質問だ。此処は侯爵領とかなり離れた場所に位置しているはずだが、何故貴様はこのような遠くの地にいる。それこそ息のかかった貴族どもにでも任せればよかろう。」
「はい。フー・タオ・ロン様の仰った通り、普段であればこの地は先の話に出たスノイル男爵に話を通しておりました。しかし先日、その男爵から連絡が入りました。この街からさらに進んだ森の奥、そこに領域を守護する聖獣がいるとの噂が周辺の村々にあると。その地域では昔から言い伝えられているおとぎ話のようなものなのですが、気になった男爵が、その森に街で雇った者共に調査依頼をしたそうです。ですが、その依頼をした者たちの消息が途絶えたと。もしや噂は真なのでは。そう考えその旨を私どもに伝えて来ました。ですので、私が直接男爵に話を聞きに参った次第であります。そしてその時に男爵が懇意にしているハラデイル殿の話を聞き、こうして辺境に足を運びましたので一度顔合わせをしようと伺った次第であります。」
「なるほど、貴様がこの地に来た理由はわかった。」
これまで腕組をした立ち姿でムスヴァの話を聞いていた虎人は、組んでいた腕を下ろすと、スッと深みをました瞳でムスヴァを見据える。
「して、心して答えよ。ワシに依頼するようこの男に持ち掛けたのは貴様か。」
「いえ、私がこの地に着きましたのは
「では此度の依頼内容には関知しておらぬと。」
「はい。」
「嘘偽りはないな?」
「はい。」
虎人の問いかけにムスヴァは淡々と答えていく。その様子を見ていた虎人は、その真意を見定めるよう眼を鋭くする。
重い沈黙が部屋内を支配する。
「……ふむ。」
ふとその圧が緩まるのをムスヴァは肌で感じ取る。
「ありがとうございます。」
頭を下げ感謝の意を伝えるムスヴァ。顔には感情を出さず平常心を保ってはいたが、それでも隠せぬものが一筋の汗となり額から流れてくる。虎人からの無言の圧は、場馴れした者でさえ圧倒されてしまうのだ。
「フー・タオ・ロン様___」
「長々と呼ばんでも良い。いちいち面倒だ。略称で構わぬ。」
虎人は煩わしそうに手を振ってムスヴァに言葉を投げかける。ムスヴァはそれを受け了解の意を示す。そして居住まいを正すと、改めて深く頭を下げる。
「タオロン様、此度のルヴァレリア侯の内情につきましてですが、誠に勝手ではございますが、どうかご内密にお願い出来ますでしょうか。今王国内での侯爵の立場は、少々難しい位置にあります。そして、まだ爵位をご子息に継承しておりません。継承するその時までは、あまり事を荒立てたくはなく思いますゆえ……。どうか、ご理解頂けますと。」
「ふむ、別に話を広めようなどと思ってはおらぬ。もともと貴様ら貴族の事など露程も関心しとらぬ。どうでもよいことだ。心配せずともよい。」
「ありがとうございます。」
ムスヴァの表情が僅かに緩む。この情報は本来であれば絶対に外に漏らしてはならぬものである。それを伝えてしまった手前、もし願いを聞き入れてもらえなければ自分の命をもって懇願する覚悟であった。
「わっ、私も決して口にはしませんぞ!!」
これまで黙って成り行きを見守っていた商人が、慌てて其の旨を口にする。一介の商人が知って良い情報ではない。ここできちんと伝えて置かなければ命に関わると思ったからだ。
ただそんな商人の心ではあるが、それとは別に、この情報を上手く利用出来ないかとも考えていた。体調に良い霊薬などを集め、それを献上すれば、もしかしたらより良い関係を築けるかも知れない。この好機、逃すにはあまりにも惜しい。商人はそう考えていた。
「さて」
虎人は先程の雰囲気とはうって変わり、気軽な雰囲気で商人に顔を向ける。その様子は、気軽に近所を散歩でもするような、何でもないというような、そんな雰囲気であった。
「商人よ。今回の依頼は既に終えた。相違ないな?」
「え? え、あ、はい。つつがなく終了いたしました。」
「うむ。では次の話といこう。」
虎人はゆっくりとした足取りで商人へと近づいてゆく。
「貴様、騙ったな?」
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