第7話 生きる決意
薄暗い洞窟の中、足元にある焚火を見つめながら地面に腰を下ろしている。
洞窟といっても奥深くまで入り組んでいるという訳ではなく入って十メールもしないうちに行き止まりという洞穴に近い形である。
そこでこれまでの状況を確認するようにして頭の中で整理していく。
森の中で目覚めてから今日で二週間近く経過していた。
川岸から程近い位置にあるこの洞窟を偶然発見してからここを拠点として活動している。活動といっても別に大したことをしているわけではない。実際最初の数日は何もしていなかった。いや、何もすることが出来なかった。
よく物語の登場人物が異世界に転移した時にあっさりと状況を受け入れているが、実際はそんなことは難しい。
もし人が知らない場所で道に迷ったら、おそらく不安になるだろう。
もしそれが自分の全く知らない外国で路頭に迷いでもしたら。
誰もが不安になるだろう。
ではそれが異世界だったとしたら?
人は正気を保てるだろうか。
精神的に参っていた。
とてもじゃないが正気を保っていられない。
気が狂ってしまってもおかしくなかっただろう。
しかし、今現在もこうして正気を保てている。
もう二度と歩けないと思っていた。
諦めていた。
夢は叶わなくなった。
事故で一度は人生に絶望していた。
自由に動くことは叶わない。
それが叶った。
たとえそれが異世界であったとしても。
望んでも決して手に入れることが出来ない夢にまで自由な身体だ。
そのことがこの見知らぬ世界での心の支えでになっていた。
まだこの状況を完全に受け入れられたわけではない。
しかし、それでも絶望の淵からは抜け出せた。
小さいながらも前向きに、今自分に出来ることを考えてきた。
そこで行ったのは現在の状況確認である。
事故によって下半身不随で歩くことが出来なかった自分だが現状として自由に歩くことが出来るようになっている。これは以前の自分とは違う身体になっているとのだろうか。実際冷静に自分の身体を見直してみると、様々な点で元の身体とは異なっていた。転移前の自分の体格は身長178センチの体重80キロであったが、今の身体はどう低く見ても身長190近くあり、体重もおそらく90キロ以上あるだろう。重量級の選手であった叔父とまではいかないまでも、それに近い巨体だ。そしてなによりも特徴なのがこの狼のような頭部である。これはどうみても現実世界ではありえない物だ。それがこの世界が元いた世界のものではないということを物語っている。
そして次に確認すべき事として、この世界で目覚めた時に所持していた持ち物である。
これらにはかなり特徴があった。所持しているのは近くに落ちていたハンドガンP226Xだけだと思っていたのだが、そうではなかった。着用しているタクティカルベストには銃以外にも幾つかの所持品が収められていた。
M9xバヨネット。バヨネットとは自動小銃に装着する銃剣のことて、M9xはその代表的なナイフであり世界各国で使用されている。また近接戦に用いられたりもする。ゲームなどでは銃剣というよりは近接戦用として使われる事が多い。また投げナイフとしての面も併せ持っている。現実世界ではナイフを投げることは少ないと思うが、ゲームの中では主流である。その場合おおよそ3~5本所持していることが多い。実際今回の装備品として5本所持していた。
MUT-Xツールナイフ。様々な用途で使用される所謂十徳ナイフである。ナイフの他カッターやペンチ、ノコギリや小型ハンマーなどが内蔵されている。ゲームなどでは主に爆弾の解体なので使用されることが多い。
携帯用レーション。様々な状況で栄養補給として用いられている非常食である。小さいながらも高カロリーを摂取できるのて軍などでもよく支給されている。ゲームでは体力やスタミナの回復に用いられる事が多く、また一時的な能力向上アイテムとしての役割を担う場合も存在する。
その他にも簡単な治療を処置出来るように包帯やテーピング、バンテージやナプキンなども所持していた。おそらく救急セットのような物であろう。これらはゲーム中でアイテムとして所持している訳ではなかったのだが治療する際のモーション内で登場するのでその為持っているのだろう。
これらの物をアイテムとして所持していたのは不幸中の幸いだった。現代日本では生きていく上で必要なものがいたるところで入手することが出来た。しかしこの世界では違う。辺りには自然が広がるばかりでコンビニやスーパーなどは存在しない。食料が入手できないのだ。では狩りをすれば良いと思うかもしれないが、素人がいきなり狩りを行うなど早々出来るものではない。あれらには専門の知識や道具が必要になってくる。人は水や食料が無ければ生きていくことが出来ない。もし先の物を所持していなければ命を落としていたかもしれない。
実際レーションがなければ生きていけなかったであろう。
一度に全部食べてしまうとそれで終わりになってしまうので、空腹に耐えながら一日で一口ほど摂取することにした。これなら数日は耐えられると思い、なんとか全部食べ終わる前に何か解決策を見つけなければと考えていた。
そうしてなんとか食料を保たせようと考えていた時、ある変化に気がついた。
翌日も同じようにレーションを摂取しようとした時、食べかけのレーションの他に新しく別のレーションのストックが追加されていたのだ。
一瞬最初から2つ所持していたのかと考えたが、きちんと調べた時は1つしか持っていなかった。なのでやはりこれは新たに追加されたと考えるべきであろう。
そこでそれらを確かめるために、今あるレーションを食べずに現状を維持し経過を見守ることにした。
そして次の日、そこには新たなレーションがストックされていた。
どうやら消耗品であるレーションは毎回日付が変わるごとに1つ補充されていく仕組みのようだ。これには驚きを隠せなかった。この変化により絶望的であった食糧事情に希望がもたらされた。ただ、これが何時まで続くのか、幾つまでストックされるのかが不明である為、追加されたからといってすべてを消費してしまうのは自らの首を締める形になってしまうかもしれない。
そこで2日に1個消費していくというペースの生活をすることにした。これなら2日に1個のペースでストックが増えるので消費より補充の方が勝る形となる。そしてもしストックが追加されなくても、すべてのレーションが無くなるということを回避するすることが出来る。そして今現在レーションのストック数は7となっていた。これが幾つまでストックされていくのか、これからも注意しながら観察していこうと思う。
このレーションのストックが増えるという現象から、そこからさらに思考を巡らせた。レーションが消耗品としてストックが追加されるのであれば、他の所持品はどうなのだろう。
ゲームではナイフは消耗品として5本所持していた。これらは相手を切りつけたりといった用途で使用する際には消費されなかったが、投げて使うという形を取ると1つ投げる毎に1つストックが消費されるというシステムであった。
ナイフは気づいた時には5本所持していたが、これらは日数が過ぎるだけでは数が増えていかなかった。なのでレーションと同じように毎日1つストックが増えるというわけではなさそうだ。
では投げて消費した場合はどうなるのか。
そこでまず、近くの木にナイフを投擲してみた。ナイフを投げるのは初めてなのだが、手元を離れたナイフはかなりの勢いで飛んでいき深々と木に刺さっていった。その様子はゲームの時と全く同じであった。このことから、投擲という行動はゲームの機能としてこの身体に備わっており技術補正がかかっているのだろう。
木に刺さったナイフをそのままにして経過を観察していく。手元には4本のナイフが残っており、それに木に刺さったナイフを足して全部で5本だ。
翌日、手元には5本のナイフが存在していた。木に刺さったナイフを確認しに行くと、そこにはあるはずのナイフが跡形もなく消失していた。そのことからナイフはレーションと違いストックが追加されていくという事はなく、5本を上限に所持品として備わっているということだ。そして手元を離れたナイフは時間経過とともに消失し、手元に補充されるという仕組みだろう。
試しにナイフを2本木に投擲し、手元に3本残して経過を観察していく。
暫くすると、手元には5本のナイフが存在し、木に刺さっているはずの2本のナイフは消失していた。やはりストックの上限は5本のようである。そしてレーションと違い、消失分が時間と共にすべて補充されるということも確認できた。おそらく5本全て使用したとしても、次の日には全部元に戻っていることだろう。これならば消失を恐れずに積極的に使用することもできる。
そして包帯などの治療セットなのだが、これらはどうやらレーションと似た消耗品として分類されるらしい。こちらもナイフと違い毎日1セットづつストックが増えていった。ただ、ここでちょっとした変化が起きた。十日目を過ぎた頃からストックが増えなくなってしまったのだ。現在治療アイテムは10セットで止まっており。それから数日観察してみたが、それ以上増えることはなかった。
これらの消耗品の上限は10が限界のようだ。
そこで一つの疑問が生じた。もしこれがレーションと同じ間隔なのだとしたら、レーションも10が上限ということになるだろう。現在レーションの数が7個なので、このままの消費と補充ペースだとあと数日で上限の10に達してしまう。なのでそれ以降増えるかどうかこれから注意深く観察していかなければならないだろう。
アイテムについてはこれからも色々と検証してていく必要があるだろう。今は栄養補給の為にレーションを摂取しているが、ゲーム内では栄養という概念は無くレーションを摂取することで主に体力を回復するという役割を担っていた。またレーションの種類によっては攻撃力や耐久力といった能力向上を促すものも存在した。ただしこれらのレーションは特殊なもので今現手元にあるレーションは初期装備品であるので、二割程体力が回復するという微妙な物だ。ただしこれもゲーム内での話なので、現実ではどのような効果が現れるのかまだはっきりとはしていない。
救急セットも同様にまだ性能を確かめることが出来ないでいた。ゲーム内では一度の治療で体力の半分を回復することが出来た。では現実となったこの世界ではどうだろうか。わざと怪我を負って治療するということも考えてはみたが、まだ実行には至っていない。自ら怪我をするという行為に踏ん切りが使いなでいた。しかしいつかは性能を試さなければならないので、そのうち覚悟を決めなければならないであろう。
この身体も所持しているアイテムもゲーム中でのものである。
それが現実の世界に実物として具現化している。
これらは疑いようのない事実である。
これらの事が確認出来たが、実はゲーム中での機能が現実として現れるようになったのはこれだけではなかった。
「メニューオープン」
念じるとそこに半透明のモニターのようなものが映し出される。
これはゲームをプレイしたことがある人であれば誰でも見たことがあるもの。
ゲームのメニュー画面だ。
そこには現在の状態や各種ステータス、アイテム欄や装備項目などがひと目見て分かるように表記されていた。そして画面はゲームの時と同じでそのまま表示されていた。
その半透明の画面をタブレットのタッチパネルを触るようにして手で動かしていくと操作することが出来た。それにより装備やアイテムなどを確認することが出来る。
そしてこの画面を操作することで、レーションや救急キットなどの所持品を取り出すことが出来た。そしてこのメニュー画面を表示出来るようになってから様々なことが分かってきた。
ゲームでは決まったスロットにアイテムを登録することでショートカットで取り出したり使用することが出来たが、それはこの世界でも同じように作用したのである。
スロットの1にレーションを、スロットの2に医療キットを登録するようにメニュー画面を操作していく。そして心の中でスロット1を選択するようにイメージすると素早くレーションを取り出すことが出来た。同様にスロット2を選択すると医療キットを取り出せた。毎回メニュー画面を開かなくてもスロットに登録するだけで素早くアイテムを取り出せる。これもゲーム機能そのままである。
そしてこのショートカットは消費アイテムだけではなく武器にも適用されるのがゲームの特徴である。ハンドガンやナイフをそれ専用スロットに登録することで武器も瞬時に装備することが出来た。本来であればホルスターなどに収めている銃を取り出すのに手間がかかるはずであるが、ショートカットを使用すれば一秒と掛からずに使用状態まで持って行くことが出来る。これらの機能は以前のように獣などに襲われそうになった時にこれらが役に立つであろう。
そしてメニュー画面が表示されたことにより、さらなる機能を確認することが出来た。
MAPの表示である。
メニュー画面からMAP画像を映し出すことが出来きるようになり、そこには今まで移動した事がある場所が反映されていた。そして画像はある程度まで拡大縮小することが出来、最大まで拡大するとかなり細部まで表記されることが確認できた。そしてMAPには自分の現在位置がマーカーによって表示されて直ぐ様に把握することが出来るようになっている。
これは見知らぬ土地で活動する上でとても助かっていた。このMAPのおかげで川と洞窟を行き来するのに迷うということがなくなり拠点を見失わないですんだ。これがなければ森の中を彷徨い野垂れ死んでいたかもしれない。
そしてこのMAP機能なのだが、ゲームではミニMAPの表示というものがあった。これはメニュー画面を開かなくても常にゲーム画面に小さく映っているというものだ。そこでメニュー画面を出現させる要領でミニMAP表示を強く念じると、目の前に小さ円形のMAPが映し出された。やはりゲームと同じように見ることが出来るようである。
これらの機能は今後この世界で生きていく上で無くてはならない非常に重要な要素であるので、素早く確認できるよう慣れておかなければならないだろう。
他にもまだ確認出来ていないだけで使用することが出来るゲーム内での機能が存在するかもしれない。それらの機能についても色々と検証していかなければいけないだろう。
これらのメニュー画面の存在から色々な事が知ることが出来た。
そして知ることが出来たのは何もゲーム機能だけではなかった。
ホルスターから銃を抜き出す。
P226x Mk25x。
最初から所持している初期武器のハンドガンである。
ゲームではメイン武器のアサルトライフルとサブ武器のハンドガンを基本としてプレイするものが殆どで、初期装備は性能的に平均的なものが多かった。このp226xも射撃時の反動が小さい代わりに威力もそこまで高くなくまた連射も格別早いというものでは無かった。ただしそのおかげで命中精度はかなりの性能を誇っていた。
比較的初心者でも扱いやすいものである。
そして当然初心者向きではない武器という物も多く存在していた。
ゲームを進めていくことでアンロックされていく武器の中には全体的な性能が高レベルで揃っているものや、威力が弱いが連射や命中率が凄まじく高いものなど癖の強いものもあった。ゲームに慣れていくにつれて、それら膨大な武器から自分にあったものを選んでプレイするのもFPSゲームの醍醐味といえるだろう。
しかし、今いる世界はゲームではなく現実世界。そして初期装備として持っているはずのアサルトライフルは所持していなかった。
手元にはこのP226xだけである。
そう思っていた。
メニュー画面を開きサブ武器スロットからP226xを外す。
P226xを外すことで開いた枠に別のものをセットしメニュー画面を閉じる。
そしてその武器をホルスターから外し手元にもってくる。
手元にはP226xとは別のハンドガンが握られていた。
S&M M500x
その凄まじい攻撃力はハンドガン随一であり、アサルトライフルに引けを取らない威力を誇る超大型回転式拳銃である。
リボルバー式のその銃は全長は381mmという巨大さで重量も2kgとその見た目どおり他のハンドガンと一線を画していた。オートマチック式の銃の弾数が多いものでは15発を超えるのに対しこの銃は5発という少ない弾数しか込めることが出来ない。しかし、それでもその桁外れの威力から世界中の銃マニアから愛されていた。
ゲーム内にてこの銃が初期から所持しているということは本来であればありえない事だ。しかし手元にこの銃は確かに存在している。
では何故手元にあるのか。
それはこの狼の頭部と同じ理由からだ。
このゲームを始める時に初期購入特典で狼のスキンを使用していた。
そして初期購入特典はスキンだけではなかったのだ。
初回限定特典として課金用の武器であるこの銃もアイテムに追加されていたのである。
これはこの世界に来たときには手元には存在していなかった。メニュー画面から特典アイテムを選択することで初めて装備出来るようになるのである。
もしメニュー画面という存在に気が付かなければこれは手にすることが出来なかったであろう。
そして初回購入特典として他にもボディーアーマーが追加されていた。
ゲーム内でのボディーアーマーは着用者のダメージを軽減させるという効果を持っており初期アーマーはダメージの10%軽減というものであった。そしてそして特典として入手したものは40%軽減という性能である。かなりの性能を誇っていた。
ゲーム内のアーマーには耐久値というものが存在しており、耐久値が0%になるまでダメージを軽減し続けることが出来ていた。しかし現実ではどのように作用するのかまだわからないので、あまり無理をすることは出来ない。しかし、それでもこれからこの世界で生きていく上でこのアーマーはとても役に立つであろう。
これらが今判明していることだ。
洞窟の中焚き火の前で手にしたアイテムを見つめながら思考する。
これらのアイテムを用いてこの世界を生き抜いて行かなければならない。
まだ気持ちの整理は出来ていない。
それでも…
転移してはや二週間。
これらの事実を受け止めていかなければならない。
腹を括らなければならないだろう。
そう決心していくのであった。
この世界で生きていくために
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