第一章 異世界転移 新しい身体と新しい世界
第6話 初めての異世界
見上げるとそこには空を覆い尽くせんばかりの木々が広がっていた。その広がった葉の隙間から木漏れ日が辺りに落ちている。辺りは自然特有の静けさが広がっている。鳥や虫の音が心地よく身体に響く。
木漏れ日を何を考えるでもなくボーっと見つめている。
どれくらいの時間そうしていただろうか。
数秒かもしれないし数時間かもしれない。
ただ見つめているだけ。
うまく思考が定まらない。
そんな霞がかった頭もしだいに霧が晴れていくかのように意識が戻ってくる。
「…ここ どこだ…?」
背中が微かに湿っている。周りを見ると見渡す限り森が辺り一面に広がっている。そんな森の中で大の字になって横になっていた。
寝っ転がりながらなぜこんな事になっているのかを考える。
…確か自分は新作のゲームをやろうとしていたはずなのだが。しかしここは慣れ親しんだ自室などではなく屋外だ。それも全く知らない場所だ。都内ではお目にかれないような大自然がそこには広がっている。大きく息を吸い込む。普段嗅いだことが無いような濃い緑の匂いが鼻孔を通して肺に満たされていく。手を握り顔の近くに持ってくる。そこには土や腐葉土が手の中に収まっている。それらを地面に戻しながら空を見上げる。
何度考えてもなぜ自分が森の中で寝転がっているの理由が判らない。旅行やキャンプで此処に来たのだろうか。しかしそこまでにいたる記憶がない。では誰かがいたずらで自分を此処に連れ出したのだろうか。誰が何のために。それに大の大人を、それも車椅子に座っているような人物を運ぶのは大変な苦労を用する。する意味がない。しばらく考えたがやはり納得の行く答えが見つからなかった。
寝転がっていた状態から腕の力を使って上体起こす。そして改めて周りを見渡す。しかしそこには森が広がるばかりで誰かがいる気配が感じ取れない。
「おーい、誰かーー。誰かいないのかーーー!」
大声で訪ねるも返事をする声はなく自分の声だけが虚しく森の中に吸い込まれていく。やはり辺りに人の気配は感じられない。自分一人だけが取り残されたように感じる。
「一体どういう状況なんだよこれ。ってか本当に周りに誰もいないのか...」
じっとしていても仕方がないので何をするべきなのかを考える。誰かに連絡を取らなければ。
「って、そうだ携帯!」
そう思い携帯を取り出そうと胸にてを当てる。普段携帯電話は胸のポケットにいれていた。これは車椅子生活をする上で便利だからだ。ズボンのポケットに入れていると取り出すのが物凄く面倒くさいのだ。
胸に手を当てると、そこにはあるはずの携帯電話が入っていなかった。そこである違和感を感じた。
「…なんだこの服装」
突然森の中に連れ出されるという異様な状況に自分の恰好にまで気が回らなかったが、改めて自分の姿を見渡すと普段とはまったく違う装いをしていた。
暗目の焦げ茶色をした厚手のアウターを着ており、ズボンには色の濃いジーンズを履いていて腰から腿にかけてホルスターのようなものを装着していた。靴は野外活動を想定いるかのようにかなり頑丈そうなミリタリーブーツを履いている。そしてなにより異様なのがアウターの上からタクティカルベストを装着しているという事だ。
「なんだこれ…。この格好まるで…」
まるでFPSゲームに登場するキャラクターのようだ。
そこでふと思い出す。
自分はここに来る直前まで何をしていた?
新作のFPSゲームをしようとしていたのではないか。ではそのゲームのキャラクターはどのような恰好をしていただろうか。
まるで今の自分の恰好のような姿ではなかっただろうか…。
そこまで考えて自らその考えを否定した。
現実的に考えてありえないだろう。最近の小説やアニメでよくある別世界に飛ばされるという物語。あれは空想の物語だからこそ起こるのであって、実際に起こるはずがない。
それだったら誰かが自分が寝ている間にこの衣装に着替えさせここに連れてきた。そっちのほうが現実的だ。
そう思いふとシゲの事を思い出す。直前までシゲと一緒にゲームをしながら喋っていた。シゲだったらこの格好もゲームのキャラだと知っている。
「もしかして、シゲの悪戯か…?」
シゲは結構悪乗りするところがあるので、これもその一つなのではないだろうか。あいつならこちらを驚かせようとこういった手の込んだことをしたとしても不思議じゃない。
「シゲー!これどういうことだよ。お前の悪ふざけてるだろー!おいっ!」
しかし返事が返ってくることはなかった。
「おい、シゲー!いい加減にしろって!もう十分驚いたからさっ。早く出てこいって。いくらなんでもやりすぎだぞ!出てこないと本気で起こるからな!」
しかしいくら待っても返事は返ってこず自分の声が辺りに虚しく響くばかりである。
ここまでよりもくると怒り不安が大きくなっていく。
はたしてこれは単なるいたずらなのだろうか。
それとももっと別の何か...
不安が焦りとなり更に大声となっていく。もはや叫びというより悲鳴に近いといえるだろう。
そんな悲痛な叫びに応える者はいつまでたっても現れることはなかった。
「…まったく、どうなってるんだよ…。」
項垂れるるように下を向き片方の手で頭を押さえる。
「!?」
異様な感触が手から伝わってくる。
手に感じた違和感を確かめるべく、自身の顔に手を当てていく。
おかしい。自分の顔を触っているのにまるで違うものを触っている感触が手から伝わってくる。しかし顔から伝わるのは確かに自分の顔を手で触っているという感覚。
頭部全体が短い毛で覆われており、頭頂部には長く大きい耳が生えている。そして顔前面に長く伸びた鼻と口元。おおよそ人間とはかけ離れた造形がそこにはあった。
自分の顔が犬のそれになっていた。
いや、正確言うのであればこれは犬ではない。直前にプレイしていたゲームと同じ容姿だとしたら狼というべきなのだろう。
自分の格好、そして人間の顔ではないスキン、何から何までゲームと同じである。
「本当に、ゲームのキャラクターなのか…?」
服装だけならばまだいたずらで済まされるのかもしれないが、この頭部に関しては説明のしよいうがない。
いやしかし実際にありえるのだろうか。まだ最新のVRでと言われた方が納得出来る。
しかし現実として自分は森の中一人で佇んでいる。
しばらく呆然としているが、いつまでもここにいるわけにはいかない。
誰か見つけなければ。
縋る気持ちで辺りを見回すが、やはりそこには誰もいない。
注意深く辺りを確認する。
そこでふと何か違和感を感じた。
辺り一面自然が広がっているはずなのに、何か自然ではないような感覚。
その感覚のする方に注意深く視線を向けると、少し手前の地面に何か黒い塊のようなものが置かれている事に気がつく。
足が動かないので左右の腕で地面から身体を浮かすようにし、下半身を引きずりながら近くまで移動していく。
黒い塊に近づくき、それを間近で確認する。
見覚えのあるソレに思わず息をのむ。
手にした瞬間頭の中に情報が流れてくるような感覚が身体に訪れる。
自分はこれを知っている。
どんな物なのか。
どのように使用するのか。
手元には銃が握られていた。
SIGG:P226x。海外銃器メーカー製の銃であり、その性能は高く世界各国の軍隊や警察などで使われている。その性能により決して安くない価格にもかかわらず、それでもなお多くの者に使われている。
そしてその人気から様々なゲームに登場するハンドガンであり、今回新しく始めようとした新作FPSでも初期装備として使われている物だ。
実物の銃など手にとったことなど一度も無いはずなのに、それは手に吸い付くようにものすごく馴染んでいる。慣れ親しんだ道具のように意識せずとも使用できると潜在的に理解出来た。
まるでゲームと同じように。
否が応でもこれが現実だと突きつけるかのようにそれは手元にある。
自分でもはっきりと分かるぐらい心拍数が上昇している。
呼吸も荒く息苦しくなってくる。
落ち着け
冷静になれ
こんな森の中でパニックになったら助かるものも助からない。
自分に言い聞かせるように深呼吸をする。
心を落ち着かせようと呼吸を整える。
そのおかげで不安ではあるものの少しは冷静になってきたと思う。
とりあえず手元の銃を無くさないように、腰のホルスターに収める。
まずこのままこの場所に留まるべきか辺りを散策するべきかを決めなけれなならない。しかし、歩くことの出来ない自分が動ける範囲なんてたかが知れている。それならばここで助けを待つべきなのか。
どうするべきか思い悩んでいる間にも時は過ぎていく。
結局この場で留まることしか出来なかった。
しかしそれは突然訪れた。
どうするべきか悩みながらその場に留まっていると、周囲からガサガサと物音が聞こえてきた。これまで聞こえていた虫や鳥の鳴き声ではなく、もっと別の何かが動いてる音である。
誰か居る。
待ちに待った瞬間が訪れた事に興奮が隠せない。やっとこの状況から抜け出せる。
「すいませーーん!」
必死になって声を上げる。これまでの不安を払拭するかのように声を張り上げる。
「すみません!ここです!助けてくださいーーー!」
物音が大きくなっていく。だんだんとこっちに近づいてくる。
やった。助かった!
そう思い安堵し胸を撫で下ろす。とりあえず人が来ればここで一人取り残されるということはなくなる。森の中ずっと一人なのかもしれないという恐怖から開放され、声を更に大きく張り上げる。
森の奥から聞こえてくる物音がさらに近づいてくる。そして直ぐ側の茂みのところで立ち止まる。
「すみません。ここから動けなくって困ってたんです。もしよかったら手を貸してくれませんか。」
茂みの向こうに声をかける。すると、声に応えるように茂みから音の主が姿を表した。
それは人ではなかった。
太くずんぐりとした胴体は大木と見間違えてしまうほと大きく、そこから生える太く短い首、そしてそんな巨体を支えながらも決して見劣りしない力強い四肢。全身を短い毛で覆い、人の身長程もあろうかという体高。口からは人の頭ほどあろうかとういう牙が二本上向きに突き出している。
巨大なイノシシを一回りも二回りも多くしたようなそれがこちらを真っ直ぐ見つめていた。
その巨大さに思わず息を呑む。先程まで高鳴っていた心臓は違う意味で早く脈を打っている。
背中から嫌やな汗が流れているのが自分でもわかる。
こんなにも巨大な生き物を目の前に、人ができることなどただ黙って見守ることだけである。
実際何も行動することが出来なかった。
そのイノシシに似た巨大な生き物がこちらに向かって声を上げて唸ってくる。明らかに威嚇している。実際いつこちらに飛びかかってきてもおかしくない。
鼓動が更に早くなっていく。
心臓の音が聞こえるのではと錯覚してしまうほど脈打っている。
逃げることも叶わずその場でイノシシをにらみつける事しか出来ない。
緊張からか喉が張り付くように乾いていく。つばを飲み込むことも出来ない。
どうにかこの状況を打破する手立ては無いか。
必死に頭を回転させる。
そこで自分が先程まで手にしていたも物を思います。
あれを使えば牽制ぐらいにはなるのかもしれない。
大型の獣には拳銃程度では役に立たないとはよく言われているが、それでも無いよりはマシだ。
腰のホルスターに収められている武器に目線を向ける。
その一瞬を獣は見逃さなかった。
目線を上げた時にはその獣は目の前にまで迫って来ていた。
そう思った瞬間凄まじい衝撃が身体を襲った。
数百キロはあろうかという巨体が自分の身体に突進してきたのだ。
衝撃でみしみしと嫌な音が胸から発せられる。
痛みで一瞬意識が遠のきかけるが寸でのところで持ちこたえる。
ここで気絶したら待っているのは確実なる死だと。
とっさに目の前にある大きな牙に腕を伸ばし、締めるような形で獣の頭を掴み抱える。
もしこのまま突き飛ばされたら、そのまま更に追突されるであろう。
それを回避するため必死になって頭を押さえる。
頭部にしがみつかれた獣はそれを剥がそうと首を振るようにし暴れまわる。
離されたら終わりだとパニックになりながらも必死について耐える。
そのまま全身で抱きつくようにして獣に抱き付く。
獣も頭を振り全力で剥がしにかかる。
頭を振るごとに身体に衝撃がはしる。
獣は頭を振りながら地面や木々に身体をぶつけ、こちらを剥がそう激しく身体を動かす。
獣が動くたびに身体に衝撃が走り鈍い痛みが全身を支配する。
それでも決して手を離さない。
何か策があるわけでもない。ただ必死にしがみついているだけだ。
獣は木々に身体をぶつけるだけではなく走り回るようにして動き出す。
全速力走る獣はその大きな体格からは想像も出来ないほどのスピードを出している。実際サイなどの大型獣は時速60㎞で疾走できると言われている。おそらくそれに近い速さなのだろう。そんなスピードで衝突されたら今度こそ死んでしまうかもしれない。そう多いさらに腕に力を入れる。
離されないようにしがみつくが、だんだんと手が痺れてくる。
実際ここまでよく離されなかったと思う。しかし腕の力が弱まるとすぐにでも引き剥がされてしまうだろう。ここまで必死に何かにしがみつく事など、今まであっただろうか。
ある。
何度も何度も、延々と繰り返してきたではないか。
一度掴んだら決して離すなと教えられてきたではないか。
その時も今のように腕が痺れ手を離してしまった時、どうしろと言われただろうか。
「手だけで掴もうとするからすぐに離されてしまうんだ!手先だけで掴むんじゃない!身体全体を使って相手を掴むんだ!襟を掴んだら手首を内側に返せ。握力だけて掴もうとすると、すぐに疲れて握れなくなるぞ。手首を返したら腕全体を内側に引き絞るようにして抱え込め。脇を締めるようにしろ。腕だけの力だけだとすぐに手を切られる。背中を意識しろ!そして身体全体を使うようにして引き付けるんだ!」
何度も何度も注意されたっけか。
そんな場違いなことを思い出していた。
手を内側に引き絞るようにして抱える。
決して腕だけで掴むのではなく全身を使うようにして相手をつかむ。
先ほどまで痺れていた手はいくらか緩和していき、しかしながら今まで以上に力強く相手にしがみ付く。
一度掴んだら決して離さないという教えを忠実に守るように。
その変化を感じ取ったのか獣が今まで以上に、より激しく走り出す。
鬱蒼と追いしてる草木をかき分け樹々にぶつかりながら、森の奥深くにまで走りこんでいく。
それでも獣の頭からは決して手を離さない。
頭を覆い隠すようにしてしがみ付く。
おそらく獣には自分の身体が邪魔になって視界がさえぎられているのだろう。
辺りかまわず出鱈目に走っていく。
そのおかげで作為的に樹々にぶつけられる事は減っていった。
だが、それがいけなかった。
不意に浮遊感が身体を襲う。
ジェットコースターに乗った時に浮き上がるようなあの感じだ。
獣は出鱈目に走っていた。
周りを確認出来なかったのだ。
だから自身がどこを走っているのか把握できていなかったのだろう。
野生の獣ならまず起こさない間違いを犯してしまった。
獣は崖から飛び出していた。
まるでスローモーションになったのかのようにまわりがゆっくりと動いていく。
獣は四本の足をまるで地面をけっているかのようにジタバタさせている。
辺りを見回す。
崖からはすでに数メートル以上離れている。手を伸ばしたところでどうしようもない。
下を見ると数十メートルの高さはあることが容易に理解できた。
いや、もしかしたらもっと高いのかもしれない。
ああ、落ちるんだな。
嫌に冷静にそう思った。
頭の中の別の自分がこの状況を外から見ているかのように。
獣と共にはるか崖下に転落していった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
肩を上下に動かしながら川岸であらい息遣いで両手を膝の上にのせて立っていた。
崖から落ちた時もうダメかと思ったが、不幸中の幸いだとでもいうべきなのだろう。落ちた先が川になっていて運よく死なずに済んだ。それでも落ちた時の衝撃は凄まじく、その衝撃で死んでいてもおかしくなかった。また死なないまでの気を失っていたかもしれない。そうしたらその先に待っているのは溺死だ。痛みに耐えながら必死になって川岸まで泳いできて現在に至る。
一向に引くことのない呼吸を無理矢理に抑えながら辺りを見回す。
こうなった原因であるイノシシに似た獣の姿は見当たらない。
もし崖から転落しなくても、あのままではどの道獣に殺されていたかもしれない。
逆に転落したことで命を拾った形になる。死にかけたことで命が助かるとは皮肉だ。
膝から手を放し背を伸ばして上を見上げる。
途方もない高さの崖がそびえ立っている。この高さから落下してよく助かったものだ。
何故だ
一瞬頭が真っ白になった。
しかしすぐさま思考を巡らせる。
自分はあそこから落ちてここまで流された。
そして川岸まで必死に泳いできた。
今も呼吸は荒く、そして力なく立ち肩で息をしている。
そこには両の足で立ち上がっている自分がいた。
8年前の事故により半身麻痺となり車椅子生活をおくっていた。
医者にはもう立つことは出来ないと言われた。
怪我の状態から自分でも理解していた。
奇跡など存在しないと…
だがしかし、この状況は……
「本当、どうなったるんだよ…」
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