第11話 狙われたのは
婚約披露の後、その後すぐに村へフルール様は村に封じられるらしい。俺も一緒にその村に行くことになるからと、寄宿舎の片付けと、後任への引き継ぎ、ってこれは俺が引きこもっていたせいで何もなかった。片付けも、寄宿舎に持ち込める荷物の量に決まりがあるせいですぐに終わった。
王太子への配置換えの挨拶もあちらが気まずいだろうからと、遠慮するように言われる始末だ。
それはそれで別にいい。いいって訳じゃないが、今はいい。そんな事よりも、国王と会うことが出来ずにいることが気がかりだ。
俺はすぐに国王への謁見を申し出ているのに、許可が下りない。仕事を理由に会おうとしても、会えない。避けられているのではないかと、勘ぐってしまうくらい国王に会うことが出来ずにいる。
国王が忙しいことはわかっている。引きこもりの騎士に時間を割いている暇なんてないだろう。だけど、俺はフルール様の婚約者だ。ただの騎士じゃない。
「マルタン。あなたがそんな風に項垂れている姿を見られるとは思わなかったわ」
テーブルに俯せている姿を兄さんに見られたら、マルレーヌ妃の前でなんて態度だと、怒られるだろう。彼女の姉であり、幼馴染みでもあるんだ。今さら自身を取り繕うのも他人行儀じゃないか。それでも、口うるさい兄さんからしたら目につくだろうな。
目の前に置かれている茶菓子は彼女が好きだった葡萄を使ったものだ。マルレーヌ妃も妹を偲んでいるのだろう。
葡萄の果汁でドレスを汚して怒られていた幼い頃の思い出を上書きする相手はもう……
「もう、葡萄の季節も終わりだ」
彼女と過ごした日々が遠くなってしまう。
「フラヴィの事を想って項垂れているのではないのでしょう?」
そうだった。
「陛下にお目にかかれない。この婚約について話がしたいと思っているに」
「お目にかかれなくて当然です。世間では、陛下があの子を疎んでいるのです。その婚約者にだって良い感情を持っているはずがないと思わせなくてはいけませんから」
それが俺にも関係してくるものなのか。
「私も陛下にお目にかかることはありません。あの子の事でなにかあれば回りくどいことをして伝えますし、今までお目にかかったのも数える程しかありません」
数回……? たったそれだけしか二人は会ったことがないと?
「噂はすぐに広がり、すぐに鎮まります。それではあの子を守れませんから、噂を真実のものとしなくてはいけません。マルタンもあの子を守ると決めてくれたのでしょう?」
騎士として守ることはやぶさかじゃない。物理的にだったら幾らでも守ることは出来るけど、フルール様の気持ちはどうするのだろう。
俺はフルール様の支えにはなれないから……
「まあ、フルールそんな所に。どうしたの?」
フルール様様は睨み付けるような険しい表情をされていた。その険しい視線は俺に向けられている?
「マルタンとダンスの練習を約束してましたの」
答えたくないと言わんばかりにそっぽを向いて答えるフルール様に、マルレーヌ妃は母親らしく咎める。どこから見ても本当の親子のようだ。
婚約なんてまどろっこしい事は抜きにして、さっさと王籍から抜いてしまえばいい。それだけで済む話だというのに、フルール様の咲き誇ったような赤い髪がそれを阻む。どれだけ前国王は罪深いのだろうか。
「姫様。参りましょうか?」
古臭い礼儀に則り、膝を着き手を差し出せば、フルール様はどこか嬉しそうに手を乗せた。
やっぱり、女の子だな。いつだったか、彼女に言われた事を思い出したかいがある。
女はいつだってお伽話に出るお姫様に憧れる小さな女の子だって。
「どうしてマルタンは先にお母様の方へ行くの?」
睨んでいた理由はそれか。小さな嫉妬が微笑ましい。一回りも違う男なんて恋愛対象にもならないだろうに。恋愛なんてまだまだ知らない子供のくせに、いっちょ前に嫉妬するのか。
「業務連絡です」
そんな疑わしいって顔を……嘘だしな。本当であり嘘でもある。本当の事だけを話せたらって、いつも思うよ。大人になるにつれて、嘘を本当だと信じて、本当を嘘だと思い込まなくてはいけない。フルール様にはそんな大人の世界が待っているなんて今は知らないで欲しい。
「話さなくてはいけないことが沢山あるんです。だって俺、婚約披露のことなにも聞いてないですから。姫様とダンスするってことしか知らないですよ」
「え? ダンスのほかには国王様にご挨拶して、ほかにも何かあるの?」
フルール様の中では国王に会うことだけで一杯になっているようだ。その為のダンスの練習だったな。
俺の胸の下にも届かない身長で抱き合うって……抱えた方が踊りやすそうだが、そんな事したらフルール様の努力が無駄になってしまう。だけど、この身長差は、踊りにくい。
ダンスの講師はよくこんな子供相手に教えられるよな。俺には絶対に勤まらない仕事……だ!?
飛んできた殺気に体を捩れば、近くに刺さる矢を見つけた。未だに震えるその矢は今し方飛んできたものだ。
狙われた? 誰が? フルール様が……?
気候がよく窓を開けていたことがあだとなったのか。窓が割れなかったことを幸いと思えばいいのかわからない。フルール様を抱え、矢が当たらないように壁に隠れる。
「姫様、お怪我は?」
「ない……でも、」
顔を強張らせて、恐かっただろう。矢が向かってくるなんて普通の生活をしていればないことだ。俺だって経験ない。戦争も俺が騎士になってからはないし、物騒な奴から向けられるものは大体が刃物だ。矢は、なかったな。それこそ、竜人に矢は通じないから、狩り以外に用いることは殆ど無いはず。……普通の生活をしていればだが。
それに……フルール様が狙われる理由は何だ? こんな 小さな子供が狙われる理由なんて、前国王の忘れ物。夢魔の子。国王に疎まれる姫君。赤い髪。
……赤い髪? 国王よりも、王太子よりも赤い髪だから? 王位継承に一番近い色?
本当にそれだけでこの国は王を決めているのか? そんなの眉唾物だ。
俺が強張った顔をしていれば、フルール様が不安になるだろう。駄目だな。俺は騎士でも近衛騎士なんだ。こんなことで顔を顰めていたら警護なんて出来やしない。
ほら、フルール様が怖がって今にも泣きそうだ。
「わたし、やっぱり……嫌われてるの?」
嫌われて……流れる噂だけを聞けば嫌われている。だけど、フルール様は嫌われてなんかいない。
「こういうの、初めてじゃないの」
唐突な告白に、俺はフルール様を抱きしめた。
まだ、人肌の恋しいはずの子供が命を狙われだことがある。そんな馬鹿な話あるか? 国王もマルレーヌ妃もそんな話をしなかった。フルール様の命を狙われてそのままにしておくものか?
体を震わせて泣くことを我慢しようとして、まだ子供なんだ。泣けば良いのに。
「大丈夫。俺がいますから」
フルール様を落ち着かせるように背中をさする。
「うっ、ぐ……お菓子に毒が入っていたことだってあるし……恐い! こわいよぉぉぉ」
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