第12話 竜の肉

 押し殺していた声を発散するようにフルール様は俺の腕の中で泣いた。

 恐いに決まっている。毒を盛られたことまであるってことだろう。どれだけ健気なな子なんだ。恐いと俺に縋り付き素直に泣いて……これだけ泣くってことは今まで素直に泣くことも出来なかったってことだろう。

 マルレーヌ妃も、国王もなにをしているんだ? 守りたいはずのフルール様を一人、孤独にして……


 俺の腕の中でフルール様は泣きじゃくり、そのまま疲れて寝てしまった。

 子供って、こういうものなのか? 直前までひっく、ひっくと息をしづらそうにしていたが、今では静かなものだ。怖がらずに眠れていればいいが。

 寝台で眠るフルール様の頭をマルレーヌ妃は撫でる。本当に大事そうで、本物の母子のようにしか見えない。


「姫様から襲われたことがあると聞きました」

「それは……」

「毒を盛られたこともあるとか」


 マルレーヌ妃は驚いたように振り返り、俺から視線をフルール様に戻した。


「場所を、変えましょうか」



 人手が足りなく、手入れの届かなない離宮の中庭は荒れ果てているとまではいかないが、王宮の一画であることを忘れてしまうくらい寂しい場所だ。用意された茶菓子もどこか寂しげにテーブルの上に乗っている。気持ちの持ちようだろうが、茶が冷めるのだって早く感じる。


「あの子の前ではあまり話したくないことだわ。まだ、十にも満たない子供が命を狙われているなんて……」

「そんな話、初めて聞きました」

「そうね。はじめに話さなくてはいけなかったわ」


 マルレーヌ妃は押し黙り、手元の茶から目線をあげようとしない。

 焦れったいな。何を黙って、フルール様が狙われているから守って欲しいと、言われれば幾らだって守る。それが俺の仕事だ。


「私もね、あなた達の結婚式に参列するはずだったの。だけど、出発の日に……」


 そうだあの日、結婚の前に隊長に挨拶をと訪れた日の昼過ぎに宮殿内で暗殺未遂があった。殿下が狙われたと騒ぎになって……そう言えば、誰がとはっきり名前を聞いてはいなかった。


「海辺の教会に向かうために私がこの離宮を出た直後の事だったわ。フルールが倒れたと聞いて引き返したの。だって、私はあの子の母親ですもの。妹の晴れ姿よりあの子の方が心配で……」


 俺達の結婚式の事を知っていた騎士団は、直接の警護から俺を外してくれた。人手が足りなく、こんな時に自分を優先するわけにいかないと仕事をしていたせいで俺は……


「これは陛下にも話していないのだけど、あの子は竜の肉を喰わされていたの」


 竜の肉? なんだそれは? そんな毒物はじめて耳にした。


「近衛騎士でも知らないのね。あなたは騎士だから聖竜教の修道士が使う魔法を見たことはあるでしょう?」


 もちろんだ。竜人討伐なんて一度しか経験はないが、修道士の使う魔法だったら見たことはある。なにも無いところから炎が噴き出し、稲妻が走る。不思議な光景だ。

 それと、その竜の肉? その毒がどう関係あるというのか。


「私もね、まさかと思ったの。王女様に仕えて聖竜教によく通っていたから知ったことだけど、あの魔法というものは『竜の肉を喰らって、生き残った者だけが使える』って。生き残れば有無を言わさず魔法使いになるのですって」


 魔法使いなんて、過去のものだ。今は居な……修道士か!


「なんで……」


 そんな大事なもの、聖竜教が管理しているはずじゃないのか? そんな簡単に手に入るようなものではないだろう。


「倒れた直後のあの子の体は触れるだけで熱くて、でも、吐く息は冬の朝のように冷たかった。私、恐かった。あの子が死んでしまうのではないかと不安だった」


 マルレーヌ妃の手の中にある茶が波立つ。


「だって、竜の肉を喰らった者は大半が死んでしまうと、子供の生還率はほぼ無く、『聖竜になった王子』だけが子供の頃に喰らい生きたと……あの子を魔法使いになんてしたくない! 出来ないわ。だってあの子は」


 こんなに激昂したマルレーヌ妃は見たことがない。


「誰よりも幸せにならなきゃいけないのよ」


 その為に、俺はフルール様と婚約することになった。亡き王女様の願いを叶えるために。


「お願いマルタン。あの子を守って」

「なんで、マルレーヌ妃はそこまで詳しく竜の肉について知っているのですか? 陛下に話していないってことはこの離宮の中で処理したってとだろう?」

「目の前で、竜の肉を喰らうとこを見たことがあるのよ。まだ、あの子の離乳食が終わって間もなくの頃、毒味の侍女が……ね」


 二度目?


「そんな大事な事を陛下に話さなくていいのですか?」

「話せないわ! 話したら、あの子は魔法使いとして……普通の生活が送れなくなる」


 王女様の願いか……


「そうでなくても、あの子を狙う者がここ最近増えて……公子との婚約だって、あの子を守れるならって、考えたわ。だけど、権力から離れる事が出来なくなってしまう。それはあの子を本当に守ることにはならないの」


 命を守れるなら公子でも良いじゃないか。こんな情けない男、結婚式に大事な、何よりも大切な花嫁を守れない男なんかよりもよっぽど良いと思う。王女様の願いに拘って命を落とす方が馬鹿げている。


「この離宮で、陛下の庇護下にいても命に危険がある以上、公爵と縁を結んでも仕方がないわ。なにも力がないと、相手に思わせて手を引かせたいの」

「本当に俺には力なんてない。フラヴィと一緒に剣を振り回していただけです。ご存じでしょう」

「マルタン、あなたなら守ってくれるわ。私は、私たち姉妹は知っているもの」


 そんな縋るような笑顔を向けられたって、俺にはなにも……彼女を守ることも出来なかったのに。


「マルタンからはっきりと断られた後、今日のようなことがあったわ。それで陛下は命令という形にしてマルタンを婚約者したのよ」


 フルール様はまだ、子供なのに。ただ髪が赤いだけの普通の子供じゃないか。その、赤い髪のせいで……前国王の残したものって、今マルレーヌ妃たちが守ろうとしているものは無垢な子供なんだ。

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