第3話 夢魔の子

 前国王はそれはもう真っ赤な髪をしていた。この地をドラゴンから守った初代国王が真っ赤な髪をしていたということから、初代の血を絶やすなと、王になる条件が赤い髪だったはず。

 目の前にいる国王だって髪は赤い。前国王に比べれば茶に近いが、それでも赤い髪をしている。

 真っ赤な髪をしている子が欲しいからと、信じられない。


「側妃の多さもそのためだったかと、合点がいった。まだ、ただの女好きの方が、よかったよ」


 それは、そうだろうな。父親と妹がって、何を思えば、なんと声を掛ければいいのかわからない。


「血が濃いのだろうな。妹の産んだ子は真っ赤な髪をしている。このままでは、あの子を権力闘争の渦に投げ込むことになってしまう。王子でなく、姫であることが幸いだ。身分の低い男と結婚してしまえば王位継承権ってものを奪うことが出来る」

「王女様の願いは姫を権力から遠ざける事。想い合った相手と生涯を添い遂げ、幸せだと口に出来る事よ」


 なんてことを王女様は……幸せを感じさせたいなんて、当たり前のことじゃないか。その当たり前が、王女様にはなかったのか。悲しいな。


「黙ってあの子を王籍から抜くにも、政に使うにも、真っ赤な髪が目立って仕方がない。そういえば、卿はあの子の噂を知っているか?」

「それは……」


 ここで口にするには憚られる。

 マルレーヌ妃は小さく微笑む。


「夢魔の子って噂ですか? その、マルレーヌ妃を貶める為の噂だとばかり思ってました」


 マルレーヌ妃はそこまで身分の高い家格じゃないために流された悪意のある噂だ。老齢の国王を手玉に子供を成した悪女な訳がないと、フラヴィが怒っていたな。女に見境がないのは前国王の方だと。


「その噂は私が流しました。姫を守るには悪い噂が合った方が都合が良かったの」

「余から邪険にされる哀れな姫でいる方が、権力から遠のきそうだったしな」


 ならば、なぜ今婚約なんて話しがあがるのだろう。邪魔な姫だと、離宮で暮らしているというのは、俺でも知っている話だ。


「叔父公爵の末孫が丁度良い年齢でな」


 そうか。姫様に婚約の話しが持ち上がってしまったのか。公爵も青い血に拘る高貴な方なのか。そうでなければ国王に邪魔者扱いされる姫様を娶ろうなんて思わないはずだ。

 ん? 丁度良い年齢って


「あの、俺と姫様は一回りも年齢が離れておりますが?」

「貴族社会の中で一回りくらい普通だろう。今はまだ子供だが、大人になってしまえば年齢差など気にならないものだと思うが?」


 そりゃまあ、そうだとは思うが、肝心の姫様の気持ちは置いてけぼりだ。子供の婚約者を大人が勝手に決めるのだから仕方がない。そういうものだと姫様に思わせているのか。

 王族と貴族の違いはあっても、俺の両親は子供の気持ちを尊重してくれていた。だから俺は彼女と……


「あの子の姿はまだ披露していない。赤い髪の子供だと知っているのはごく僅かだ。だが、婚約となればその姿を人目にさらす事になる。それも叔父公爵の孫が相手では、王位継承権を奪うことが出来なくなってしまうからな」

「それでは、王女様の願いを無下にしてしまう。マルタン、優しい貴方ならわかるでしょう?」


 俺に何がわかるというのだろう?

 姫様の置かれた状況は多少知った。マルレーヌ妃がフラヴィの言うとおり、俺が昔から知っているとおりの人だって確認した。

 前国王の知りたくもない愚行を知ってしまった。


「花嫁を無くしたばかりの卿に、子供の婚約者になれとは馬鹿げた話しだとわかってはいる。だが、あの子の未来を考えれば、権力に興味のない者を側に置く必要がある」


 俺に権力欲が全くないと思っているのか。俺だって、と思った事は幾らだってあるし、彼女の為に出世を望んでもいた。


「子供同士で婚約を結ぶには先がわからないし、妹の願いを叶えるには子供のうちに相手を決めたくない」


 俺に婚約の話しを持ってくる時点で王女様の願いは無視されている。一回りも歳の離れた男との婚約なんて、姫様にとっては最悪だろう。姫様の意見がないのだから。


「フラヴィを失ったばかりのあなただから、姫様の事を一番に考えてくれると思ったの」


 彼女と姫様の事は全く関係ない。俺にとって一番大事なのは……


 やっぱり、彼女だよ。俺の愛した人はフラヴィだけだ。


「この婚約は卿が、あの子が解消したいと思った時にいつでも、解消してくれてかまわない。今、あの子を守る為だけに婚約して欲しい」


 それは、姫様が傷物になるってことだ。この貴族社会で婚約を解消された令嬢は例を漏らさず後ろ指を指されるじゃないか。

 国王の言っている事はちぐはぐだ。


「妹の願いは想い合った相手と生涯を添い遂げることだ。飾りだけの婚約だと思って欲しい」


 国王が頭を下げた。

 なんで、こんな俺に頭を……国を統べる者が簡単に頭を下げていいのか?

 いや、混乱して……


「陛下! 頭を上げて下さい。あなたはそんな簡単に頭を下げてはいけない」

「では、話を飲んでくれるか?」

「それとこれは、話が違います。俺は」


 結婚なんて彼女と以外に考えられない。ましてや、相手は子供。形だけの婚約だと言われても、そんな不誠実なこと、彼女が生きていれば、他人事ながら怒っただろうな。


「お願い、マルタン。姫様を守って欲しいの」

「余が掲げるあの子の婚約者の条件は、口が堅い者。誠実である者。身分が低い者。権力から遠い者。結婚に興味のない者。守る為の力がある者。

 ほら、卿に全て当てはまるじゃないか」


 その条件にはまる者だったら俺じゃなくたっているだろう?

 ……えっと、ほら、騎士は任務上家族に話せない事柄もある。剣を振り回す事が好きで、出世に興味のない者だって。


「俺じゃなくても……他に」

「あなたの他なんて、誰を信用しろというの?」


 それは、俺ありきの話だっていうのか。断られると、考えもしなかった?


「命令なら、命令と言えばいいじゃないですか。俺は騎士だ。頼み事なんて生温い言い方せずに、勅命を出せばいいだけでしょうに」

「……そうだな。これは頼み事の振りをした命令だ。婚約なんて私生活のことだ。命令として聞いて欲しくはなかった。これは余の我が儘だな。すまない」


 こんなにも国王は簡単に頭を下げて、人が良すぎるだろう。


「返事をすぐに欲しいとこだが、卿にとっては急な話だ。今すぐの返事ではきっと断るのだろう? 少し考えてから返事をくれ」


 考えなくたって、返事は決まっている。今すぐでも、後でも返事は一つだ。

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