第2話 青い血へのこだわり

 呼び出された先は国王の私室だった。

 謁見の間じゃないことに、国王の執務室でないことに疑問を持っても、たかが一介の近衛騎士だ。どこに呼び出されようと応じるだけ……いや、俺は国王と歓談を交わすような仲ではないし、仕事で一言二言話話しをしたことがあるだけだ。国王の私室に呼ばれるような親しい仲にいつの間になったのだろうか?

 一人で国王の私室に入った俺に少し疲れた顔をした国王は腰を上げて俺を迎えてくれた。

 国王が自ら迎えてくれるなんて、恐れ多い。

 恐縮する俺に国王は気にする素振りもなく、長椅子に俺を座らせた。

 いいのか? 俺なんかが長椅子に座っても。

 国王の為に茶を入れてくれる侍従は……いや、侍女はフラヴィの姉のマルレーヌ妃だった。


「あ……マルレーヌ、様……」


 前国王の側室になられた方が今ここに居るおかしな状況に、思い付くのは死なせてしまった俺の花嫁フラヴィの事だ。俺が少しでも早く教会に着けば、あの日フラヴィと一緒に教会に向かえば……罵られる覚悟はある。

 いや、罵って欲しいくらいだ。

 誰も彼もが、俺は悪くないと俺を慰めようとしてくれた。

 誰も彼もが、俺を不憫に思うのだろう。

 誰も俺を責めない。

 彼女の姉のマルレーヌ妃になら罵ってくれるはずだ。それ以上でも構わない。寧ろ、俺を復讐の果てに殺してくれたっていい。

 国王の私室に呼ばれたのはそういことだろう。

 ここであればなにが起きようと、不問に出来るはずだ。他に人の姿がないことがその証拠だ。


「そんな憔悴しきった顔で……」


 どうしてマルレーヌ妃はそんな気づかわしそうな顔をする? 俺を憎んでいるんじゃないのか?

 前国王の側妃という身分のせいで妹の結婚式に参加出来なかった。あの日あの場に居ればマルレーヌ妃だって死んでいたかもしれない。

 竜人からの襲撃に助かったと、喜べるのは身内じゃない者だけだ。

 フラヴィとマルレーヌ妃は本当に仲の良い姉妹だった。フラヴィを死なせた俺に良い感情なんてあるはずがない。

 ない、だろう?

 ないはずなのに、どうしてマルレーヌ妃は俺を抱きしめているんだ?


「マルタン。妹の事は本当に言葉にならないわ。あなたが、どれだけフラヴィを想っていたのか私は知っているもの」


 そんな優しい言葉を掛けてもらえるような立場じゃない。


「家族のことは仕方がなかった。側妃になると決めたときに両親とは終の別れを済ませていたし、フラヴィは騎士だもの。私……覚悟は、していたの、よ」


 最後には言葉を詰らせるマルレーヌ妃に俺は何も言えない。どうか、そのまま首を絞めて俺を殺して欲しい。ナイフを隠し持っているなら、突き刺してくれてかまわない。


「マルレーヌ。そのままでは話しが先に進まない。故人を悼むのは、その、また後にしてもらえたら助かる」


 離れたマルレーヌ妃はハンカチを俺に渡す。ああ、俺も泣いていたのか。この涙はいつ止まるのだろうか。

 人前で泣くなんて恥ずべき事だというのに、それも国王の前でなんて、情けなさ過ぎる。


「私、フラヴィの為に泣いてくれるあなたに、こんな事を頼まなきゃいけないなんて……」

「あの子を守る為には仕方がないだろう。マルレーヌの覚悟はそんなものだったのか?」


 国王の言葉にマルレーヌ妃は首を振る。


「恋人、いや花嫁を無くしたばかりのフランセーン卿にこんな事を言うのは、酷なことだとわかってはいるんだ」


 そんな申し訳なさそうにする必要はないはずの方だ。なにか難しいことなのだろうか?


「これから話すことは他言無用だ。秘匿出来なければ卿の首が飛ぶだけでは済まない」


 随分とまた……こんな泣き暮らしているような引きこもりに命じて大丈夫なのか。逆に心配になる。

 こんな俺に心配されても、どうにもならないか。


「余の妹、いや姪か。前国王最後の子供と婚約して欲しい」


 ――婚約


 何を言って、言われたんだ?

 姫様と俺が?

 最後の、一番下の姫様は、まだ十にも満たない子供だったはずだ。

 伯爵家の出身といっても、俺は跡取りでもなんでもない次男坊……兄さんが家を継いだばかりだ。なにか間違いがない限り、俺に爵位は回ってこない。それに俺は名誉職といわれるような騎士だ。近衛騎士であっても、いつ死ぬかわからない仕事をしている。姫様を娶るような身分じゃない。

 それに、俺は誰かと……


 彼女以外と添い遂げるなんて考えられない。


「ごめんなさい。マルタン。あなたしか思い浮かぶ人が居なかったの」


 前国王の最後の子供ってことはマルレーヌ妃の産んだ子だ。妹の代わりに娘を、俺にあてがおうとでも思ったのか。

 随分と見くびられたものだ。


「勘違いするな。卿がマルレーヌ妃の妹御を深く愛していたと知っているからこそ、この話をしている」


 勘違い、か? あ、国王は妹から姪と言い直した。それは一体なんだ?


「マルレーヌ妃が産んだとされる子は、本当は我が妹マルレーヌ王女が産んだ子だ」


 名前が同じだけに混乱するが、14歳の若さでご崩御された王女様がその、俺に婚約を打診してきた姫様の母親ってことか。王女が結婚前に子を産むなんて外聞が悪いから同じ名前のマルレーヌ妃が産んだ事にでもなったのか。いやいや、王女様は子供のうちに子供を産んだ、と?

 ん? 待て、国王は前国王の……


「もう、察しているかと思うが、妹の相手は……子供の父親は前国王だ」

「なっ……」

「言葉を無くすだろう。余だって知った時は、なにも手に付かなかった」


 実の父親とそういう関係になることって本当にあるのかよ。ましてや、王女様は子供……小説の中だけのことじゃないのか。


「あの男の子供だ。王位継承権ってものが子供には付いてしまう。妹の、王女の子とするには外聞が悪すぎた。

 申し訳ないと思いながらも、妹の侍女をしていたこのマルレーヌ妃に母親の振りをしてもらっている」

「どうしてそんな厄介な姫様を……修道院にでも入れてしまえば」

「妹の最期の願いがあの子の幸せだった!」


 珍しく声を荒げる国王に俺は口を噤む。


「卿は、望んでもいない相手、それも父親に体を自由にされる恐怖を考えたことがあるか?」


 俺は女じゃないから体をどうこうされる恐怖っていうのは実感がわかない。だけど、仕事で何度か強姦された女性を保護したことはある。彼女たちの悲壮な面持ちは澱のように心に残るものがあった。

 その相手が父親って……


「体を嬲られ、子まで成してしまった。たった一度の出来事で子供が出来たわけじゃない。子が出来るまで何度も、妹はあの男の餌食になっていた」


 国王の握る拳は震えていた。

 王女様が亡くなられた頃、前国王はとうに六十歳を超えて……孫のような年齢の実の子に手を……嘘だろう。


「余が知ったのは子が宿って暫くしてからだ。あの男は、妹は人にうつる病を持っていると、妹とその侍女を丸ごと閉じ込めていたからな。

 妹に手をつけた理由が、笑ってしまうくらい愚かなもだった」


 自嘲気味に笑みを浮かべる国王は視線を落とした。


「赤い髪の子供が欲しかった、だと。自分と同じように真っ赤な髪の子供が欲しいからと、実の娘に手を出すか? どれだけ、青い血にこだわりがあったのか……愚かと、罵るにも度が過ぎる」

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