王女の願いと花嫁を守れなかった花婿 竜の肉を喰らった咎は誰のせいか
ゆきんこ
第1話 引きこもりの花婿
「いつも泥にまみれて、血飛沫を浴びて仕事をしている私達だもの。一生に一度の結婚式くらい無垢で真っ白な衣装で誓いを立てたいわ。勿論マルタンも同じ真っ白な衣装を着るのよ。
ねえ、あの海辺の教会がいいわ。青い空に青い海、きっと忘れられない思い出になるはずよ」
本当に忘れない結婚式になったよ。
白と青の綺麗な色を思い出に残すはずだったのにさ、あの日の思い出の色は……真っ赤なんだ。
君の、青い瞳から流れた赤い涙は頬にこびり付いて、真っ白な衣装は赤黒く染まっていたよ。
もっと早く俺が教会に着いていれば……
一緒に教会に行くはずだったのに、仕事が片付かなかったせいで……王太子付の近衛騎士に昇格したからって浮かれていた俺がいけないんだ。
フラヴィ……どうして、もう……
花嫁を、俺たちの結婚式を、竜人に蹂躙されてから早二ヶ月。
俺は自室に引きこもっていた。
何もする気になれなかった。あんなに憧れていた近衛騎士の仕事だって今はどうでもいい。
騎士なんて仕事をしていたんだ。彼女との別れが死であることくらい覚悟出来ていた。……はずだった。
幼馴染みで、同じ職場で……死が近い仕事だってわかっていた。
だけど、どうして、結婚式で、仕事とは関係ない場所で彼女が死ななければいけなかった?
騎士の仕事は国を守ることが信条だ。近衛騎士は王を守ることが第一の任務としてある。だから、俺はギリギリまで仕事をしていた。
世界を憎しむ竜王が率いる竜人から国を守護するといっても、一番守りたかった彼女を守れなければ何も意味がない。
王都の教会で結婚を誓っても良かったはずだ。景色が良いというだけで王都から馬車で一日もかかるような場所を選ばなければ……
魔法使いが常駐している街を選べば、こんな悲劇は起こらなかった。
……もう、ずっと同じ事ばかり考えてしまう。後悔なんて生やさしい言葉じゃ足りない。
「マルタン。王宮から使者が来ている。すぐに支度をしなさい」
扉を開けざまに兄さんの声が響く。
王宮からの使者? どうして俺の所にそんな大層なものが来るんだ? こんな夜中に……
レースのカーテン越しの明りはもう既に、日が昇って時間が経っている事を教えてくれた。引きこもってから昼夜を気にしていなかった。昼でも夜でも関係無く、俺は彼女を偲んでいたから。
久方ぶりに日差しを浴びたような気がする。いや、使用人が毎日カーテンを開けていたはずだからそんな事はない。俺が気に掛けていなかっただけの事。こんなにも眩しかったか? そんなことはない。今日は特別に明るい。いつも灰色がかった空が、青く見える。
王宮からの使者か。こんな部屋着とも寝間着ともわからないような格好では家格を疑われてしまう。礼装といかなくても、きちんと身なりを整えるは久しぶりだ。
面倒臭い……
引きこもっている俺を無下にせず、黙って為すがままにしてくれている兄夫婦に申し訳がたたない。
重たい腰を上げて、顔を洗う。髭を剃るのも久しぶりだ。
あの結婚式の日、亡くなったのは彼女だけだけではない。結婚式に参列していた彼女の両親と、俺の両親も死んだ。仕事で外国に行っていた兄と、身重のために式に出席出来なかった義姉は無事だった。おかげでフランセーンの家名を兄が引く継ぐことが出来たのは幸いだ。
生き残ったのが俺だけだったら、フランセーンの家名を地に落としていただろう。何よりも血の繋がりを大切にするお国柄だからな。
彼女以外と添い遂げるなんて考えられないし。
王宮からの使者は俺を直接国王の御前に連れて行くことを勅命として受けていた。
言葉を伝えるだけではなく、身柄をって、近衛騎士の仕事の放棄はそんなにも罪深いことなのか。彼女を助けられなかったことに比べれば、どんな罪も罪ではないだろう。
罰を与えて欲しいと願っているんだ。このまま処刑されたってかまわない。
ああ、でも、死んでも彼女と同じ場所に俺は行けないだろうな。彼女を死なせて……生き残ったのだから、死んだらどこへ行くのだろうか?
使者は俺の事を、惨劇となってしまった結婚式のことを知っていたらしい。馬車の中で、俺を労るような言葉を掛けてくれたが、何を言われたって、今の俺には何も響かない。どんな有り難い言葉を言われたって、彼女が生き返るわけではない。
何も反応を返さない俺に、使者は言葉を無くし、馬車の中は静寂に包まれる。居たたまれない雰囲気に、使者は気まずそうにしていたが、俺はその静寂の方が有り難い。愛想笑いを返す余裕が今の俺にはない。
これから国王に会わなければいけないんだ。気が重いと、無下に出来る相手ではないのだから、今だけは勘弁して欲しい。
俺よりも年上の使者は分別のある人なのだろう。気まずい車内にいながらも、俺に気を使うよな素振りを見せてくれていた。
王宮は俺が最後に登城した日からなにも変わっていない。煌びやかな様式に、厳かな雰囲気。そこにいる人たちの忙しそうな様子はいつも通りだ。
使者はさすがに俺と一緒にいるのが耐えられなくなったのだろう。王宮に着くなり、俺を別の人に預け居なくなった。その預けた人っていうのが、俺の同僚のドニって……今は口を開く事すら億劫なのに、こいつは手よりも口ばかりが動く奴だ。そんなうるさい奴と一緒にいたら疲れてしまう。
だが、俺の事情をわかっているのだろう。
彼女の事、あの結婚式についてなにも言わない。最近なにがあった。どこぞに上手い飯屋を見つけた。
たわいのない話しを一人で盛り上がってくれているおかげで、俺は気分が沈み込むようなことにならないですんだ。
こんな、気遣いも出来るやつだとは知らなかった。
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