第四章
勢いよくプルトップを引き上げた那美が、時々聞こえる歓声に耳を傾けた。
この時間帯は、確か体育館でバスケットボール部が試合を行っていたはずだ。
どちらが勝っているのかは分からないが、結果だけを聞くならば後でも出来る。それより今は、制服に着替えた勇一の渋面をどうにかする方が先決だろう。
学園内の設えられた東屋の一つ。そこに腰を下ろした勇一達は、先程那美が買ってきた飲み物にめいめい口を付けていた。
重苦しい空気が漂う中、明るい口調で那美が切り出した。
「惜しいことしたって、考えてるでしょ」
「何がだ?」
「さっきの試合」
「んなことはねぇよ」
そう答えて手の中のペットボトルのコーヒーを一口飲み込むと、勇一は那美の疑問を一蹴する。
確かに勝敗は決したわけではないが、あのまま試合が続行されていれば、どちらかが傷を負っていたのは間違いないだろう。
それほどに、緊迫した試合だったのだ。
勇一の硬すぎる表情に那美はそっと溜息をつくと、話題を切り替えることなく考え込みながら口を開く。。
「本気、出してたんでしょ?それなのに決着つかなかったって、勇一の中では結構尾を引いてたりするんじゃないかなーって」
図星を指され、勇一は僅かに片眉を上げる。
その様子に、那美は苦笑を浮かべる。それを見とがめ、勇一は小さく息を吐き出した。
「あいつ、すげぇぜ」
先程の試合を振り返り、勇一は手の中のペットボトルを握りしめる。
力を入れすぎれば、簡単にボトルの中身を吐き出して潰せるが、中身を全て飲みきっていないことを思いだし、勇一はその力を慌てて弱めた。
「あいつ、俺並に力を持ってやがった」
「でも、全力は出していないでしょ?」
「それでも、あいつは俺と同じ力を出してきた」
「確かに、その様だったな」
側にいた阿修羅も肯定を示し、那美はパチクリと眼を見開いた。
外野からの観戦だったのだが、二人から流れる気は十分に凄まじいものだったことは那美も肌で感じていた。
だが、勇一がそこまで言う意味が分からない。勇一があの試合でまだ手加減をしていたことを見抜いていた那美としては、そこまでの強さを持っていたのだろうか、と言う疑問の一点に絞られる。
それを視た勇一は、苦笑を浮かべて周囲を見回す。
「あれがいいか」
そう言って、勇一は立ち上がってかなり後ろへとさがると、左手に意識を集中した。
「安心しろ、今結界を張った。誰にも我々の姿は視認できん」
阿修羅の言葉に、ほっと那美は息をつく。
まさかこんな所で突然真剣が現れ、何事かを思いついたような勇一の姿を視られては、説明に困るというものだ。
勇一が見つめる先には、石造りのテーブルが置かれている。
ふと、竹刀でも良かったのではないか、とチラリとした考えが勇一の中で生まれるが、あれでは自分が本気になった途端に壊れるだろうと考え、龍牙刀を出現させたのだ。これならば、自分が先程の力加減に耐えられるのだから、この選択は間違いがないだろう。
「少し下がっていろ、那美」
同じように石造りの椅子に座っていた阿修羅が、対面に座っていた那美にそう言葉をかけ、自分もまた椅子から立ち上がり距離を開けるために後ろに下がった。
阿修羅の後に続くよう腰を上げ、那美が阿修羅の側による。
それを確認し、勇一は深く息を吸い込み、そして吐き出した。
勇一の身体から立ち上る気に満足したよう、阿修羅は眼を細めてその姿を眺める。
無駄な動きもなく龍牙刀を振り上げた勇一が、ふっと短く息を吐き出すと同時に太刀を振り下ろした。
ユラリ、と、テーブルが揺れる。それを追いかけるように、ドスンと重い音を立てて二つに裂けたテーブルは横へと倒れ込んだ。
「うわぁー」
驚きと感嘆の入り交じった声を上げて那美は阿修羅から離れると、今までデーブルとして機能していた石に近寄り、その切り口を確認して息を飲み込む。
勇一から離れた場所に合ったというのに、そこには欠けた後もなく、まるで柔らかなものを切り裂いたように割られている。
「これ、それで切ったわけじゃなくて……」
「あぁ。気でやった」
「じゃぁ、さっきの試合もこれぐらいの力を出してたって事?」
力加減が出来ていないとはいえども、こんなにも易々と石づくりのテーブルを切り落とす力を出したのだ。これでは竹刀が耐えられるはずがない。
チラリと勇一と石を交互に見やり、那美は複雑な表情を浮かべる。
これだけの力を、崇は耐えたというのだ。
そして……。
「あいつ、自分の気を上乗せして、俺に返そうとしやがった」
そう言って、勇一は黙り込む。
何とも言えない沈黙が、三人の間に流れる。だが、それは阿修羅の一言で破られた。
「とにかく、日野崇がただ者ではないことは確かだな」
考えても仕方がないが、その結論は間違いがない。
苦々しげに、勇一は今自分が切り裂いた岩石造りのテーブルだったものをを見やる。
敵、なのだろうか。それとも……。
どちらにしろ、放っておくことが出来ない事態が差し迫っていることに、勇一は龍牙刀の柄を強く握りしめた。
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