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 すぐ目の前にドアがある。そこは照子の部屋だ。  

 左は行き止り。右は一つドアを挟んで研究所の入り口だ。とてもシンプルな構造をしている。始めの区画にはドアが左に一つしかなかった。部屋は全部で三つなのかな? いくらなんでも規模が小さい。ここは人工進化技術最先端の研究所のはずだ。地上や地下も含めるなら最大級だけど、この建物だけで考えると研究所というより遥の家だ。秘密基地みたいに隠蔽しまくっている施設にしては小さすぎる。別の施設が敷地内に建設されているのかもしれない。あれだけ広い土地があるのだから建物がいくつたっていても不思議じゃない。資材や燃料を保管する倉庫などもあるはずだ。大きなガラスの壁。森の中を走る地下列車。大きな空洞。小さな研究所のためにわざわざ建設したとは思えない。そもそも人工進化技術の目指す超人とはなにか。人工生命の定義は? どのように作り出すのか? などの情報は開示されている数自体が少ない。専門家もあまりいない。オープンにできないことがたくさんあるんだろう。ここは理解できる。科学とは人間に近づけば近づくほど圧力が高まるからだ。禁忌に近くなると言い換えることもできるだろう。技術的に可能性があってもしてないけない。求めてはならないという声が大きくなるのは事実だ。人工知能研究所などは都市部にあることが殆どだが人工進化は逆だ。人工知能は社会に積極的に受け入れられている。人の形をしているが人ではないからだ。アンドロイドは生きていない。生命ではないのだ。つまり偽物だ。偽物だとわかっているから安心して受け入れることができる。どんなに近づいても人間にはならないからだ。人間を作り出すことの倫理的、社会的な反発は強い。人工進化が遅れを取っている最大の理由がこれだ。優秀な人材は始めからこの分野には集まらない。だからこそ遥の存在がより貴重になるんだ。木戸遥クラスの天才が人工進化を志すことはまずないと言い切ってよいと思う。そして木戸遥なら人間を作り出すことを成功させるかもしれない。命を作ることを可能にするかもしれない。禁忌の箱を躊躇なく開けるかもしれない。期待とともに危機感が高まったんだ。そして現実に遥は命を生み出し今も研究をし続けている。怪物を生み出そうとしている。夏はドアの前から動けない。この扉の向こうに照子がいる。遥が作ったひとでないものがいる。部屋の中でずっと一人で座っている。なんだろう? 夏の体が震える。恐れている? どうしてだろう? 意識的に呼吸をする。気分を落ち着かせる。大丈夫。私は大丈夫。夏は照子の部屋の前から右手に移動する。途中のドアの前までくると自動でドアが開いた。本当に全部自動なんだ。夏は改めて遥の仕事量に驚かされる。シロクジラは研究所のすべてをコントロールしているらしい。つまり研究所だけでなく地下を走っている列車や地上の施設もここからすべて管理しているということだ。

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