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雨森照子は遥の最も重要な研究対象だ。遥が学園をやめたのが一年くらい前。学園だけではなく表向きの社会的立場をこの時期に遥はすべて捨てている。以後はずっと地下に籠っている。照子に夢中になっているのだ。雨森照子はこの研究所で生まれた。人工進化実験の成功例。世界初の人工生命体。人間の作り出した命。人の形をした人ではないもの。
吸い込まれそうなほど美しい真っ白な外見と燃えるようなオレンジの瞳をしている。彼女には父も母もいない。それ自体はあまり珍しいことではない。失敗した個体の場合、強引な遺伝子操作と試験管で産み落とされる命は短命ですぐに死亡してしまう。コミュニケーションもとれないことが多いらしい。照子はそんな実験を生き伸び人工生命の可能性を示した。人工知能の影に隠れてあまり評価されない人工進化技術にとって照子の存在は貴重だった。しかしそれは成功例として実験の証拠になってくれればいい。データを取るためだけに生きていてくれればいい。その程度の認識だ。大事なのは照子ではなく実験を成功させた遥だ。遥さえいれば何度でも照子に続く人工生命を誕生させることができるだろう。雨森照子には特別な力は備わっていない。モルモットにすぎない。研究所の意見はこれで一致していた。最初に照子の力に気がついたのが木戸遥だった。彼女は当時七歳。既に名前が知られていた彼女は人工知能研究の一環として人工進化研究所に招かれて実験をした。当然のように実験を成功させ雨森照子を誕生させた。人工進化研究所は法的にかなりグレーな実験、危険な実験をすることが多いため大抵は世間から隔離させた場所に建設されることが多い。照子の生まれた研究所もそうだ。夏はここにくる許可を得るのに実家の力をかなり使った。木戸遥は照子の価値に気がつくと照子に病的なほど執着するようになる。この研究所の所有者になり正式に照子を手に入れたのだ。遥がどんな手を使ったのか興味はあったが調べても見つからなかった。遥は自分の生み出した奇跡と一緒に洞窟にこもった生活を始める。初期のころは何人か助手をやとっていた形跡がある。かなりの資金を使って研究所全体を建造し直している。どこかの企業がスポンサーなったのだろう。もしかしたら国かも知れない。このころから彼女は頻繁に表舞台に登場して様々な企業や団体とコンタクトをとっている。夏と遥が出会ったのもこのころだ。二人が出会ったとき、遥は七歳。夏は八歳だった。今の遥からは考えられないくらい社交的で行動力にあふれている。天才でも一人では生きていけないということだ。この時期にかなりのお金と人脈を彼女は手に入れている。遥のスケジュールはとても細かく無駄がまったくと言っていいほどない。木戸遥の特徴として無駄を嫌う傾向がある。効率重視。より遠くに飛ぶためにけずれるものはけずる。軽量化する。それが天才木戸遥の戦略だ。そんな遥の経歴の中で一つだけよくわからない行動がある。学園に通い始めたことだ。遥が学園に通う目的がわからない。自分で言うのもなんだが超お嬢様学校だったので目的の人物がいたのかもしれない。理由が判明しなかったので夏は勝手に自分がいるからだと思うことにした。そのほうが幸せになれるからだ。実際に夏と遥は学園で頻繁にあっていた。遥のスケジュールを考えると優先して夏に会ってくれたとしか思えない。今でもそのことはひそかな自慢だし大切な思い出だ。夏と遥はたくさんお話をした。たくさん遊んだ。悩みだって相談したんだ。遥も笑っていた。教室でも音楽室でも校門までの道でも遥は笑っていたんだ。すごく楽しそうに。一緒にいてくれた。夏と一緒にいてくれたんだ。でも遥は突然学園をやめてしまった。本当に突然だった。教室にも音楽室にも食堂にもどこにも遥はいなかった。最初から存在していなかったように消えてしまった。遥はやはり目的があって学園に通っていたんだ。目的を果たしたからいなくなった。遥の目的は夏ではなかったんだ。本命ではなかったということだ。一言もなしに遥がいなくなったことはとても悲しかった。私はふられたんだ。失恋したんだ。夏は久しぶりにたくさん泣いた。遥と出会ってから久しく忘れていた感情だ。夏はもともと泣き虫だった。遥のおかげで笑えたんだ。それからずっと遥を探していた。人生で一番積極的に行動した。走りまくったし強引な手段も使った。それでも一年くらいの時間がかかった。荷物を詰め込んだリュックを背負って世界の果てまで冬休みを利用して会いに来たんだ。絶対にあやまらせてみせる。もう一度振り向かせてやる。
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