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木戸遥は世界的に有名だった。遥の個人としての価値はどれくらいのものなんだろう? 人類の上位一%に入るくらいだろうか? もっと上かもしれない。七歳のとき、彼女は既にいくつかの分野で特許を取っていたようだ。遥にとってはおもちゃのような技術。どれもすごい発明だが遥はそれらを遊びの中から学び創造した。木戸遥がどの分野で大成するのか。水面下で才能の獲得競争が始まる。遥だけではなく天才を幼少時から囲い込むことはどこの国でも企業でもやっていることだ。価値とはつまり希少性だ。天才の時間は有限なのだ。その希少性が才能の価値を天文学的数字まで跳ね上げる。現在の遥が取り組んでいるのは遺伝子工学。人工進化と呼ばれる分野だ。遥は元々人工知能と呼ばれる分野に興味をもっていたようで、かなりの成果を短期間で上げている。本人も周囲も彼女が将来人工知能、プログラミングの世界に進むことで合意していたようだ。そのシナリオもかなり細部まで計画されていた。遥の設計思想をもとにした人工知能は世界を一変させるほどの力を秘めていたようだが、本人がプロジェクトを離れてしまったため研究自体が凍結されたままになっている。夏はどちらかというとこちらの内容に興味があった。アンドロイドは世界中至るところで活躍している。ここ数十年で最も進歩した技術だ。そこにプログラムの天才児が生まれた。天才が空想する世界を見てみたい。実際に形になった製品を所有したいと考えるユーザーも大勢いたはずだ。遥が専門を変えたことでその技術に夏は出会うことができないかもしれない。木戸遥は七歳を境にして専門を人工知能から人工進化に変えた。なぜ変えたのかは誰にもわからない。知っているのは遥本人だけだ。この選択はとても問題になったらしい。彼女に身近な人物でも理由がわからなかった。それくらい突然の変更だった。人工進化技術は遥を失ったことで十年単位で研究が遅れる見込みだ。彼女への投資額も半端な金額ではない。それでも遥は人工進化技術に執着した。難航しながらも遥は自分の意志を貫いて人工進化の世界に飛び込んだ。その結果、こんな辺鄙なところにへんてこな研究所を十四歳にして所持している変わり者になった。夏は単純にもったいないと思う。人工進化は必要ないとまでは言わないけど時代遅れの分野だ。天才の頭脳を必要としているとはどうしても思えない。もともと孤独な彼女はこの選択でますます孤独になった。ひとりになってしまった。友達と呼べる存在は私だけだと思う。もっとも遥は最初から他者を必要としていないのかもしれない。自分だけの世界に閉じこもって生きている。それで十分幸せなのだ。私のことだってこれっぽっちも必要としていないのだ。……別に構わないけど。
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